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100日間で起きた80万人の虐殺-ルワンダ虐殺から「学んだ」、国際社会3つの歩み

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アフリカの大地で起こった20世紀最大の悲劇、「ルワンダ虐殺」。

1994年、フツ族系の政府とそれに同調する過激派フツ族の手によって、100日間で少数派ツチ族と穏健派フツ族約80万人が殺害された。4月にフツ系大統領が何者かに暗殺されたことをきっかけに抗争が激化。ツチ族系のルワンダ愛国戦線 (Rwandan Patriotic Front) が同国を制圧するまで虐殺は続いた(関連記事:なぜ「世界」は80万人の死を防ぐことが出来なかったのか?―ルワンダ虐殺から22年(前半))。

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虐殺の跡地に安置された犠牲者の遺骨(photo by 原貫太)

100日間で80万人の犠牲-。ルワンダ虐殺での死亡率は、第二次世界大戦中にナチス・ドイツによって行われたユダヤ人大虐殺(ホロコースト)の3倍に匹敵するとも言われている。

ルワンダの虐殺をこれ程までに悲劇的なものにした大きな原因として、国連を始めとした国際社会の大失敗を指摘した(関連記事:なぜ「世界」は80万人の死を防ぐことが出来なかったのか?―ルワンダ虐殺から22年(後半))。
 
この80万人の死から、世界は一体どんな反省を生かしたのか。3つの取り組みを概観する。

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虐待の跡地に安置された犠牲者の衣服。虐殺を主導したフツ族過激派は、ツチ族を「根絶」するために女性や子供を狙った。生後間もない赤ちゃんも虐殺された(photo by 原貫太)


国際刑事裁判所(ICC)の設立

1994年11月、国際連合安全保障理事会決議955が採択され、ルワンダ領域内で行われた集団殺害及びその他の国際人道法の重大な違反について責任を有する者などの訴追を目的とし、ルワンダ国際戦犯法廷(International Criminal Tribunal for Rwanda,以下ICTR)がルワンダの隣国タンザニアのアル-シャに設置された(同法廷は2015年12月31日をもってその役目を終え、閉廷された)。

その後1998年7月17日、国際連合全権外交使節会議において、非人道的な戦争犯罪など、国際社会にとって深刻な犯罪を裁くための国際裁判所設立を目的とした国際刑事裁判所ローマ規程が採択。そして2002年7月1日に発効、歴史上初となる国際刑事裁判所(The International Criminal Court、以下ICC)がオランダのハーグに誕生した。

ルワンダ虐殺後に設立されたICTRは臨時の国際裁判所とされたが、ICCは常設の国際機関とされた(なお旧ユーゴスラビア紛争後にも旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷が設置されているが、こちらもICTR同様臨時の国際裁判所とされた)。ICCでは、「ジェノサイド(集団殺害)」「人道に対する罪」「戦争犯罪」「侵略犯罪」の4種類の犯罪を取り扱うことが出来るとされた(関連記事:「正義の実現」に向けた歴史的瞬間-コンゴ元副大統領に戦争犯罪で有罪)。

その一方、このICCには批判や課題も多い。これまでの審理の対象はすべてアフリカ諸国の紛争に関わる事件であり、告発されたのは全て「アフリカの黒人」である。そのためICCは「アフリカに対して差別的」だと、特にアフリカ連合(AU)から強い批判を受けている。

また、アメリカのICCに対する消極的な関わり方も多くの批判を受けている。ビル・クリントン大統領(当時)はローマ規定には署名さえしたものの、これまでアメリカ議会によって批准はされていない。ジョージ.W.ブッシュ政権(当時)もICC、また刑事裁判におけるアメリカの主権が弱まる事に対して頑なに反対していた。ICCの運営資産は全て加盟国の出資から成り立っているが、アメリカの不参加もあり、そのしわ寄せが日本やドイツ、イギリスなど他加盟国に押し寄せている。


人間の安全保障

1994年に国連開発計画(UNDP)から出された『人間開発報告書』の中で、初めて「人間の安全保障」という概念が国際社会において公に取り上げられた。

外務省のホームページでは、人間の安全保障とは

人間一人ひとりに着目し,生存・生活・尊厳に対する広範かつ深刻な脅威から人々を守り,それぞれの持つ豊かな可能性を実現するために,保護と能力強化を通じて持続可能な個人の自立と社会づくりを促す考え方(引用元:外務省ホームページ

とある。

冷戦崩壊後に登場した新しいタイプの武力紛争に対応するためには、従来の「国家の安全保障」という考え方だけでは不十分だと考えられた。これは、本来国民を保護するべき役割を担うのが政府であるにも関わらず、ルワンダ虐殺ではフツ族系政府(とそれに同調するフツ族系過激派組織)の主導により80万人もの人々が犠牲になったこと、また現在進行形のシリア紛争において、一般市民の多くがアサド政権の手により犠牲になっていることを考えてみれば、人間一人一人に着目した安全保障の必要性が感じられるだろう。

「国家の安全保障」という考え方だけでは、国家を存続させることが最重要と考えれば、国家に逆らいその転覆を狙う民衆を虐殺することが正当視されかねない。

2000年に開催された国連ミレニアム総会において、コフィ・アナン国連事務総長(当時)は「恐怖からの自由、欠乏からの自由」というキーワードを使い、グローバル化がますます進展し相互依存を深める今日の世界で、貧困、環境破壊、自然災害、感染症、テロなど、人々を襲う地球規模の課題に対していかに取り組むべきかを論じた。

また、日本政府・外務省はこの人間の安全保障の概念普及に大きく貢献しており、元国連難民高等弁務官である緒方貞子氏とノーベル賞・経済学者であるアマルティア・セン氏が共同議長を務めた「人間の安全保障委員会」、また「人間の安全保障基金」の創設などに携わった。

その一方で、元国境なき医師団理事長であり、またNPO法人宇宙船地球号の理事長である山本敏晴氏は、自身のブログ(Twitter)で、人間の安全保障に対してこう苦言を呈している。

「人間の安全保障」が根本的に間違っているのは、「人間」しか考えていないこと。世界の持続可能性を考えた場合、人間の都合だけを考えていると、人口は果てしなく増え続け、やがて世界中の資源を食い潰し、社会は壊滅する。「生命の安全保障」に概念を進化させる必要があると考えるのは、私だけか?(引用元:山本敏晴のブログ

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ニューヨーク国際連合本部(photo by 原貫太)


保護する責任

「保護する責任(Responsibility to Protect)」とは、「国民の保護という基本的な国家の義務を果たす能力の無い、もしくはその意思の無い国家に対し、国際社会は本来当該国家の保護を受けるはずの人々の『保護する責任』を負う」という新しい概念である。2000年9月にカナダ政府によって設置された「干渉と国家主権に関する国際委員会」(ICISS)が作成した報告書に基づいて定義され、2001年に国連に提出。その基本原則について、2005年9月の国連首脳会合成果文書において認められ、2006年4月の国連安保理決議1674号において再確認された。

この保護する責任は、それまでの国際政治で絶対視されていた「国家主権」と「内政不干渉の原則」に風穴を開けるものであり、この概念の誕生により、人道危機の文脈における国際社会の役割は進歩を見せると期待された。

しかしながら、今年で6年目へ突入するシリア内戦では既に25万人以上が亡くなっており、多くの一般市民が人道危機に瀕している。そしてその多くが、本来国民を保護するべき役割を担うはずのアサド政権によるものだ。そのような事実があるにも関わらず、安全保障理事会は、拒否権という国連を成立させるための米ソ妥協の産物によりその正義を果たせていない。シリア内戦に関して、ロシアはこれまで拒否権を4回行使しており(2015年9月23日現在)、これはロシアと長らく同盟関係にあるアサド政権を擁護するためとされている。

結果として、シリア内戦に見る国際政治の動向は国家主体のままであり、国連(国際社会)はその解決に向けて本来期待される役割を果たせていないのが現実である。

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国連安全保障理事会議場(photo by 原貫太)

ルワンダ虐殺当時12歳だった人は、私に一言こう語った。

「世界は何も学んでいない。」

ルワンダ虐殺から22年の月日が経つ。私たちは80万人の死から、一体何を学んだだろうか。

世界から「虐殺」が絶えていない今、改めてなぜ虐殺が起こり、止められなかったのか、真摯に学び、国連、安保理の変革など、更なる「歩み」が求められている。
 
記事執筆者:原貫太
Twitter:https://twitter.com/kantahara
Facebook:https://www.facebook.com/kanta0422

(2016年4月29日 政治解説メディアPlatnews「100日間で起きた80万人の虐殺-ルワンダ虐殺から「学んだ」、国際社会3つの歩み」より転載)