21世紀世界のテロに向き合う~バングラデシュ・ダッカ人質テロを事例に~(前半)

2016年9月17日、都内にて学生NGOバングラデシュ国際協力隊主催のイベント、「21世紀世界のテロに向き合う~ダッカ人質事件を事例に~」が開催された。

今年7月にバングラデシュの首都ダッカで起きた人質テロは、邦人7名を含む民間人20名が亡くなり、また裕福でエリート層出身の若者が実行犯の多くを構成していたことなどから、世界中に大きな衝撃を与えることとなった。

9月17日(土)、都内にて学生NGOバングラデシュ国際協力隊主催のイベント、「21世紀世界のテロに向き合う~ダッカ人質事件を事例に~」が開催された。

本イベントは、"バングラデシュ・ダッカで起きたテロに目を向け、理解することで、世界中で頻発するテロに対しての関心を深め、21世紀世界におけるテロとの向き合い方を考える1つのきっかけにすること"を目的に、バングラデシュ研究の専門家である日下部尚徳氏(東京外国語大学講師)並びに現代中東政治・中東地域研究の専門家である臼杵陽氏(日本女子大学文学部・同大学院文学研究科教授)を招待、ダッカ人質テロを始めとし世界中で頻発するテロの背景や要因、またテロとの向き合い方等を考える会となった。

本記事では、日下部氏による「ダッカ人質事件の政治的背景」に関する講演、並びに臼杵氏による「21世紀世界において頻発するテロの要因と背景について、イスラムの歴史的見地から考える」の講演終了後に行った、日下部氏、臼杵氏、並びにバングラデシュ国際協力隊代表の成田士俊氏(早稲田大学3年)によるパネルディスカッションの内容を伝えたい。

※以下敬称略

★登壇者紹介★

・日下部尚徳(くさかべ・なおのり)

1980年生まれ。大阪大学大学院にて博士号を取得。東京外国語大学講師。専門は国際開発学、災害社会学、バングラデシュ地域研究。バングラデシュでの現地調査経験が長く、同国の政治・経済状況にも詳しい。著書(共著)に『歴史としてのレジリエンス』『中東イスラーム諸国民主化ハンドブック2014第2巻アジア編』『現場<フィールド>からの平和構築論』他、多数。

・臼杵陽(うすき・あきら)

1956年生まれ。東京外国語大学外国語学部アラビア語学科卒業。東京大学大学院社会学研究科修士課程修了後、同大学大学院総合文化研究科にて博士号を取得。現在日本女子大学文学部・同大学院文学研究科教授。専門は現代中東政治・中東地域研究。著書に『イスラムの近代を読みなおす』(毎日新聞社)、『中東和平への道』(山川出版社)などがある。

・成田士俊(なりた・せとし)

早稲田大学教育学部3年。バングラデシュ国際協力隊第2期代表。

第三回現地渡航活動にて「ストリートチルドレン対警察の相互理解・関係改善プロジェクト」でプロジェクトリーダーを務める。

・原貫太(はら・かんた)(ファシリテーター)

早稲田大学文学部4年。2014年に学生NGOバングラデシュ国際協力隊を創設。第一期代表としてストリートチルドレン問題に取り組む。国内での講演多数。

派遣留学生として、カリフォルニア州立大学チコ校にて国際関係論を専攻。政治解説メディアPlatnewsライター。ハフィントンポスト日本版ブロガー。

パネルディスカッションの様子(photo by バングラデシュ国際協力隊)

――(ファシリテーター・原)日下部先生にお聞きします。今回のダッカ人質事件では海外留学、海外旅行もすることができ、また現地の大学に通うことができる裕福でエリート層といわれるような若者たちがテロを実行するに至りました。

その一方で、貧困からイスラム過激派に入るという構図もしばしば言われることだと思うのですが、なぜ今回のダッカ人質事件では裕福でエリート層と言われる若者たちがテロを実行するに至ったのでしょうか。その背景や要因で考えられることを教えてください。

日下部)一般的に、インターネットを通じて(過激な思想など)様々な情報が拡散します。バングラデシュで日常的にインターネットにアクセスできるのが全人口の一割程度ということを考えると、富裕層でなければインターネットに日常的に触れることができないのが、一つ目の理由になります。

また、インターネット上に出ているメッセージを受け取り、それを自分ごとに出来るというのはそれなりの情報リテラシーがあるということを意味するので、やはり教育も必要になるでしょう。

「それ(過激思想など)を自分ごとにする、自分の文脈で解釈する」というのは、格差(に対する不満)や差別など、色々な(不満に関する)要因が考えられるわけですが、「社会に対する不満」というのは符号的に出てくるものなので、-一概にこれとは言えないと思いますが-、その不満に対して、「自分たちが正しいと考えている社会を作る」「新しい社会の実現のためには暴力もいとわない」という考えが国際的なイスラーム武装主義ネットワークとリンクしたと考えられます。

日下部尚徳氏(photo by バングラデシュ国際協力隊)

――(原)ダッカ人質事件が富裕層出身の若者によって実行された一方で、フランスやベルギーなどの欧州各国で計画・実行されたテロ、また北アフリカや中東からISIS(Islamic State of Iraq and Syria/イラク・シリアのイスラム国)に参加する若者の多くが貧困層であるという話もよく聞きます。

この「貧困からイスラム過激派に参加する」という構図は1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻の頃から見られると言われていますが、この構図(貧困からイスラム過激派に参加する)の背景について、そもそもこの構図は本当に正しいものかどうかにも言及しつつ、最近の情勢も踏まえて臼杵先生にお聞きしたいと思います。

臼杵)私の考え方から言うと、貧困でテロを説明するのは間違いだと思います。というのは、2008年のリーマンショック以降、中東において構造調整が行われ、-これは世界的に、アルジェリアやチュニジアにおいても行われたものですが―、結局無理が生じてしまいました。結果として、中間層の数が減り、裕福な人と貧しい人との格差が出てきたのは間違いありません。しかしながら、それがテロに直結するというのはありえない。

何が問題かというと、「没落することによって希望が無くなる」ということです。さらにひどいことは何かというと、「人間としての尊厳が傷つけられる」ということです。

これはチュニジアのジャスミン革命の発端となった話ですが、チュニジアの学生、―これは大学生とは言われていますが実は専門学校の学生だったのですが―、彼は職が無いために路上で野菜を売っていました。それを官憲がやってきて、非合法だからという理由でその野菜を売る台を壊し、彼は(当局の度重なる摘発に抗議して)焼身自殺を図りました。

それは、「人間としての尊厳が傷つけられた」ということが発端になっているわけであって、必ずしも貧しい人はそこまで考える余裕はなく、貧困だからというよりはむしろ、高学歴の人が貧困になっていくプロセスの中で、人間としての生活が保障されなくなる中で起こる問題であると考えています。

臼杵陽氏(photo by バングラデシュ国際協力隊)

――(原)台頭初期のIS(Islamic State/イスラム国)は地元の徴兵制度や他組織に比べると「待遇が良かった」という点で、若者が誘引される一つの要因があったように思われますが、当然の事ながら貧困に苦しみながらも過激派に走る人と走らない人がいるわけで、その点についても考えさせられるお話でした。

臼杵先生に続けてお聞きします。現在アメリカ率いる有志連合による空爆強化、また経済制裁などによってISISはその勢力を急速に弱めていますが、一方で昨年11月に起きたパリ同時多発テロから、ベルギー、トルコ、レバノンなど世界中で「ISによる」テロが頻発しています。勢力を弱めながらも、世界中ではISが犯行声明を出すテロが頻発していますが、その背景についてお聞きさせてください。

臼杵)ISが登場する前は、世界中でアルカイダを名乗るテロが起きていました。そして今はというと、ISを名乗るテロが起こっているわけです。

要するに、組織的には何の関係もないということがはっきりしている、つまりブランドとして(ISやアルカイダの名前を)利用しているわけです。直接的な組織的関係というのはありえない話で、結局それぞれの個人がISに対して忠誠を誓おうという形でテロを行っている。

例えば、ナイジェリアのイスラム過激派組織ボコハラムであってもそうですし、またアルジェリアでも同様なことが起こっています。

つまり、テロ組織にもある種のプレステージ(prestige)というものがあり、流行り廃りの世界であって、今アルカイダはビンラディンが亡くなってから人気が無くなり、ISに人気が奪われてしまっているという現状だと思います。

――(原)先日もニューヨークタイムズの記事で、『ISの時代において、誰がテロリストで、誰が単に気の狂った人か?』という記事を拝見しました。

「ISによるテロ」の境界線が曖昧になっている時だからこそ、人々の恐怖を植え付けるのがテロの狙いであるとしたら、何か事件が起きた際に「ISによるテロだ」と簡単に判断を下してしまうことは、テロリストの策略にはまりうる危険なことではないかと私自身も感じています。

続いて、日下部先生にお聞きします。バングラデシュ政府は、先ほどの講演の中にもあったように同国におけるISの存在を否定する姿勢を取っていますが、ISにせよ他の組織にせよ、今後も同様のテロが継続する可能性は高いと思われます。

また、経済成長によって富裕層や中間層が増加し、インターネットへアクセスできる人口が増えることも、ISやその他過激派組織の思想に同調する人の増加に繋がるかと思います。

今後バングラデシュでテロやイスラム過激派の脅威が存在し続けると、南アジア一帯の安全保障に影響は及ぼされるのでしょうか。

日下部)「過激な思想に同調」ということですけれど、過激な思想そのものには問題はなく、過激な思想を持ったって良いわけです。ただ、それを暴力で成し遂げようとすることに問題があるわけです。

自分たちの主義主張が絶対に正しいと思い、それを暴力で成し遂げようとするのには、暴力を正当化するに至る何か要因があるはずです。

現状、インターネット上に暴力を称賛する言葉、-例えば、何か事件が起きれば「素晴らしい、よくぞやった。」というような-、暴力的に主義主張を訴える人を肯定するような表現が多く使われており、バングラデシュの事件を受けて彼ら犯人たちはネット上では(一部で)高評価をされている。それを見て、同調する人たちがさらに出てくることは十分にありえます。

例えば、隣国インドにおいてイスラム教はマイノリティであり、またミャンマーにおいてもイスラム教徒(ロヒンギャ)は厳しい社会状況下に置かれていますが、当然そのようなマイノリティであれば社会的な差別を感じやすくなるので、彼らの中の一部が同調して行動に移し、ブランドとしてISを名乗るということは十分に考えられると思います。

バングラデシュ首都ダッカの様子(photo by バングラデシュ国際協力隊)

――原)ここからバングラデシュ国際協力隊代表の成田さんにもディスカッションに加わってもらいます。

私たち日本人としても、テロという存在とどのように向き合うか考える必要性に迫られているかと思います。バングラデシュ現地で活動に取り組んできたこともあり、特にバングラデシュ国際協力隊のメンバーは今回のダッカ人質事件に大きな衝撃を覚えたかと思います。

事件を受けてバングラデシュ国際協力隊ではこの8月に実施する予定だった第五回現地渡航の中止を決めましたが、その背景や理由について教えてください。

成田)私たちの団体は毎年二回、春と夏に現地渡航に行っていますが、今年の春に関しても、現地の情勢が良くないということで、外務省の渡航危険レベルが引き上がっているのを見て、通常2週間の滞在をするのですが、今年の春に限っては一週間に短縮し、かつ目立ったプロジェクトの実施を控えて、現地団体との意見交換をするだけに留めました。

その状況で今回の事件が起きてしまったので、メンバー間での第五回現地渡航に関する議論というのもたくさん行いました。

ただ今回の渡航を中止にした場合、また次の渡航を行う際のハードルがあがってしまうだとか、次にどういう基準で渡航に行くことを決めれば良いのかという難しさを感じました。

その一方で、私自身の考えとしては、この団体は設立してまだ2年ということもあり、急いでプロジェクトを進める必要はないと思ったので、最終的に中止とすることを決めました。

成田士俊氏(photo by バングラデシュ国際協力隊)

――(原)成田さんに続けてお聞きます。この現地渡航中止の決断を下すにあたって、現地のコネクションのある人、もしくはその他の現地団体から、「バングラデシュに今は来ないほうがいい」など、何か情報やアドバイスはもらったのでしょうか。

成田)ジアさん(筆者註 : バングラデシュ国際協力隊が現地渡航活動の際にお世話になっているバングラデシュ人の方)というのはガイドの方なので、やっぱり向こうからすれば私たちに来てほしいということで、バングラデシュは今は安全だというようなことをいろいろ言ってくれて、来てほしいと言われたんですけど、やっぱり情報が私たちにあまり伝わって来なかったので、最終的には、現地団体からも来てほしいということだったのですが、メンバー間で考えて、渡航を中止としました。

ダッカで活動するバングラデシュ国際協力隊のメンバーたち。第二回現地渡航より(photo by バングラデシュ国際協力隊)

――原)今回のバングラデシュ国際協力隊の現地渡航活動中止の決断について、現地での経験が長い日下部先生はどのようにお感じになるでしょうか。今後、バングラデシュのみならず、テロが起きる危険性が少しでも存在する国へ渡航する際の注意点などにも触れつつ、お答えいただければと思います。

日下部)結論から言えば、渡航すべきかどうか判断するのは非常に難しいとしか言いようがありません。東京外国語大学も、基本的に今はバングラデシュへの渡航は認めていません。また、私自身も政府関連の研究機関の仕事で夏に渡航するはずでしたが、研究所の方から「渡航中止」と言われ、キャンセルになりました。

実は今回のテロを受けて、イギリス・アメリカは、大使館、その他援助関係者の本人以外の家族を全員帰国させる方針を打ち出しています。今回被害にあったイタリアと日本だけが、それをしていない。

そこには、恐らく政治的な理由があると思います。日本は近年バングラデシュとビジネスにおける関係が深く、日本人を帰国させるとなると、バングラデシュ-日本間のビジネスは停滞してしまいます。

何が言いたいかと言うと、そのくらい欧米の大使館は非常にピリピリした状態にあります。そのような状況の中で、今成田さんもおっしゃっていたように、バングラデシュ国際協力隊も渡航を中止せざるを得なかったのだと思います。

このような難しい状況は今回のテロが起きる前にもあり、2015年に日本人の星さんが殺された段階で、青年海外協力隊はほとんど撤退することになりました。

星さんは現地の人と同じ物を食べ、ベンガル語を話し、イスラム教のモスクでお祈りまでもしていた人です。NGOにしても青年海外協力隊にしても、一番のリスク管理は「現地に溶け込むこと」だという理念の下活動してきたわけですが、今回それを最も実践しているような人が狙われて殺害されてしまった。

では、どうやって私たちは身を守れば良いのか。「これを実践していれば大丈夫」というようなことが言えなくなってしまったわけです。

結果として、この事が青年海外協力隊のほとんどが撤退する判断材料になりました。これから成田さんが(渡航実施是非の)判断をしていくというのは、本当に難しいと思います。答えになっていなくて恐縮ですが。

(後半へ続く)

記事執筆者:原貫太

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