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経済は選べるようになるか?メタップスCEO佐藤航陽が考える個人による時間の経済

2017年07月19日 15時43分 JST | 更新 2017年07月19日 16時06分 JST

最近ようやく手触り感を持ってお金や経済のことを理解できるようになったので、自分がこの世に在って欲しいと思う経済システムを作ってみることにしました。私はお金の在り方以外にもう1つ長年考えてきたことがありました。それは「時間」についてです。今回はお金と時間の2つの特徴を混ぜた「時間経済」を作ってみることにします。

このプロジェクトは、三つのことを実現できるかを試します。それは、①個人が主役の経済、②時間を通貨とする経済、③経済が選べる時代、この3つが実現できるかどうかの試みです。

①個人が主役の経済

インターネットが誕生してこれまで大企業がやってきた業務を個人が代替できるようになりました。作家にならなくてもブログで自分の文章を公開できて、歌手にならなくてもYouTubeで自分の曲を配信し、お店を持たなくてもネットで物が売れて、会社に勤めなくてもクラウドソーシングなどで仕事を受けることができる。

ただ、個人が企業と同じように稼げているかといったらそんなことは全くなく、ネット上だけで生計を立てられているのはほんのわずかです。大抵の人にとっては副業の小遣い稼ぎの手段に過ぎません。ネットが普及して個人の時代と言われて10年以上経ち、実際にトラフィックは個人に紐付いてますが、経済活動においては大半が企業に依存しています。

では、個人が企業に比べて何が足りないか? 現状の経済の中で、個人と企業の大きな違いは「資産」だと思いました。個人が「収入」を得る手段は増えましたが、個人が「資産」を得る手段がない限りは、個人は経済の主役にはなれないと思っています。

企業は日々の活動の中で様々な資産を積み上げていき、株式などの資産にレバレッジをかけて生産活動を拡大していくことができます。企業の安定性は「収入」以上に「資産」にかかっていることは経営者であればよく理解していると思います。資産という点では企業に比べて個人は圧倒的に不利です。

個人が企業と同じようにその専門性や影響力や信用力をもとに生きていくためには、毎日の「収入」を稼ぎながらも、日々の活動から「資産」を築き上げていくことが不可欠です。会社にとっての株式と同じように、個人にとっての「時間」を実質的な資産として機能させることができれば、個人も会社と同じように自分の価値にレバレッジをかけて経済活動を展開することができるようになります。

株式における配当収入や不動産所有者の家賃収入のように、もし最終的に時間を資産として持つ者がそこから定期収入を得ることができるようになれば、働かなくても生きていける人が増えるかもしれません。

②時間を通貨とする経済

経済システムを設計するときに、別に「時間」である必要性は全くありませんでした。ただ、自分が考える通貨の「アンカー(船の碇)」としては「時間」が相性の良いものでした。

通貨の「アンカー」とは文字どおり、船が流されないように下ろすイカリのように、通貨がふわふわと消えてしまわないように価値を下支えする「重し」を指します。アンカーの実在性が高いほど通貨は安定します。少し前は国家の発行する通貨のアンカーは金塊(ゴールド)でしたが、現在は実質的には主要国の信用のみとなりました。

通貨というほどにまではなっていませんが、明確な資産として世の中に認められているものの一つに、時間と対をなす概念である空間(不動産)があります。

一方で、時間は昔から「Time is Money」「時は金なり」と諺で言われていますが、目に見えにくい上に流動性を作りにくい性質から、財産として認識されてきませんでした。

しかし、時間という目に見えなかった曖昧なものも、ネットとスマホが普及したおかげで「データ」として認識できるようになりました。システムにとっては空間も時間もただのデータに過ぎませんから、時間が本当にアセットとして扱える技術的な土台は既に整いつつあります。

時間が通貨や資本として良いのは、経済の「新陳代謝」という点で優れているからです。経済システムが衰退する原因は、新陳代謝の機能が失われて階層が固定化して淀んでいき、活力を失っていくためです。

利子や信用の仕組みでわかるように、現在の経済では、「金融資本」は時間が経つほど価値が増大していく性質を持っています。

反対に、時間そのものが財産だった場合には時間が経つほど保有量は自然と減っていくので、自分が優位なうちに(若いうちに)行動しようとするインセンティブが強くなります。結果的に、時間を多く保有する者がリスクを取って挑戦するため、経済の新陳代謝が促されます。

よく「若者は時間はあるがお金はなく、老人はお金はあるが時間がない」と言われることがありますが、このような仕組みは少子高齢化社会でも経済を活性化させる手段になるかもしれません。

③経済を選べる時代

こういうテーマになると、既存の経済との優劣や比較が出てくるのは避けられませんが、ここで私が実証したいのはそれとは真逆のことです。

本当に言いたいのは「複数の経済システムは並存し得る」という点です。

今の経済で優位な立場にある人にとっては新しい仕組みなど必要ありませんし、噛み合わない人にとっては新たな仕組みが望まれます。今置かれている各自の状況と個人の属性によって最適な答えは違います。統一的な枠組みが必要だったのは運営する上での物理的な制約であって、ネットが発達した現在では1つの枠組みに全員を当てはめることの必然性は消えています。

ネットが十分に普及した世界では、「どれが一番正しいのか?」という考え方から「どれも正しい、人によって正解は違う」ということが徐々に受け入れられても良い頃だと思っています。1つに統一しなければいけないというのは、レイヤー化された世界が技術的にありえなかった時代の考えです。

つまり、私たちがどんな職業につき、誰と結婚して、どんな宗教を信じ、どんな政治思想を持つのも個人の自由であるのと同様に、何に価値を感じて、どんな資産を蓄え、どんな経済システムの中で生きていくのかも自分で選んで自分で決めれるようになっていく。私たちはその過程にあるのだと思っています。

そこでは優劣を決めようとしたり自分の基準を他人に押し付ける必要は全くなく、ただ個人が自分に最も適した経済を選んでいくという「選択」があるだけです。

今の世界を良くできるのは今を生きる人達だけ

経産省が作ったペーパーにこんな一文がありました。

みんなの人生にあてはまりみんなに共感してもらえる「共通の目標」を政府が示すことは難しくなっている。

昔はこの「共通の目標」を作ることが政府の役割でしたが、今は統一した価値観を形成することの意味は薄れてきています。むしろ反対に、多様化した世界をありのまま受け止めて、社会の多様性を失わないようにすることが行政の役割になってきているとすら感じています。そのために必要なテクノロジーは十分発達しています。

大手広告代理店で起きた過労死の問題も、人を死に追いやったのは過去の時代が作った「幻想」だと私は思います(Twitterのフォロワーだったので複雑な気持ちになりました)。実際は膨大な選択肢があるにもかかわらず、その道から外れると人生が詰んでしまうような錯覚を強いられてしまう。労働時間や働き方は表面的な問題で、本当に必要なのは時代に合わなくなった過去の価値観の転換のほうだと強く感じました。

30歳前後の私の世代は、親や学校で教えられた価値観と今生きている社会に大きなギャップを感じているはずです。そして、この世代はこれからの社会でおきる様々なしわ寄せからギリギリ「逃げ切れない世代」に入ります。

やはり、今の世界をより良くできるのは今を生きる人達だけです。これからの社会で何を信じてどんな価値観を持つべきか、過去の「幻想」にとらわれずにゼロから本気で考えないといけないタイミングだと最近よく感じています。

今回の試みは「今の経済とは別の可能性を探る人達」の1つの選択肢になって欲しくて作りました。これから試行錯誤を続けていきたいと思います。

(2017年7月18日「佐藤航陽のブログ」より転載)