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「デモだけの学会発表」が投げかける、研究者の情報共有のあり方

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「超音波を使って、空中に表示した映像に触れると触感を感じる技術を開発しました」。箱型のディスプレイには鍵盤の映像が映し出されている。「ぜひ、私たちのブースに体験しに来て下さい」と2分間のプレゼンテーションを締めくくったーー。

20日までつくば国際会議場(茨城県つくば市)で開催中の、最先端の触覚技術を発表する国際会議「Asia Haptics」。これまでの学会での研究発表を全く覆す新しい発表方法を導入し、研究者の情報共有のあり方や研究プロセスのあり方に一石を投じている。

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研究者が集まり最先端の研究成果を共有する学会発表と言えば、登壇者がスライドを使って講義形式で説明するのが一般的だ。ところが、Asia Hapticsでは、スライドも講義形式のプレゼンテーションもない。その代わりに、広い展示会場がある。研究者が研究成果を自分のブースに持ち込み、その場でデモンストレーションをして他の研究者たちに体験してもらうことが、研究成果を共有する唯一の方法だ。大会長で筑波大学教授の岩田洋夫氏によると、「デモがメインの国際会議は世界初」と言う。

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冒頭に紹介した研究成果では、黒い箱の中に表示される映像に触れると、あたかも実際の鍵盤に触れているような触覚が提示された。

最先端のインタラクティブ技術の研究発表は、体験しないと伝わらない

研究者の知識生産のプロセスとして、論文や学会などでの研究発表は不可欠だ。だが、触覚技術のように人とのインタラクティブ性を重視した研究開発の分野では、「学会での論文発表という形式そのものが、共有するうえでの限界に来ている」と岩田氏は説明する。

一般的な学会や研究会などでの研究成果発表では、スライドなどで発表する方法が主体だ。コンピュータ・グラフィックス技術の国際学会SIGGRAPHや日本バーチャルリアリティ学会の学術集会などでは、デモを体験できるセッションはあるが、スライド発表の補足的な位置づけだった。

バーチャルリアリティ技術やロボット技術、ヒューマンインタフェース技術といった、分野が新しく進歩も早い研究分野では、論文発表を聞くだけではなく、実際に体験しないとその研究の価値や意義がわからないことも多い。Asia Hapticsのアドバイザーを務める慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の稲見昌彦氏は、「プレゼンを聞いて良い研究と思っても、実際にデモを経験すると想像と違う、ということがこれまでもあった。従来の研究発表に限界を感じていた」と話す。「これまでにない最先端の研究発表には、実際にみんなに体験してもらうことが必要」(稲見氏)という。

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会場内にはデモブースが並ぶ。研究者がブースにいなければならないコアタイムは2時間だが、多くの研究者はコアタイム以外の時間もブースに立って参加者にデモを見せたり議論をしたりしていた。

学会発表の場そのものが研究のプロセスになる

Asia Hapticsでは3日間の会期中、1日半かけて68件の研究発表をデモンストレーション形式で行う。「デモをうまく伝える方法を工夫した」と岩田氏は言う。

研究発表は2段階に分かれている。1段階目はライブプレゼンテーション。発表者は自分の展示ブースの前に立ち、2分の持ち時間内に、研究の背景と研究内容を説明する。その様子は100人ほど収容できる別の大会場にリアルタイムで動画中継され、他の参加者たちはその部屋でライブプレゼンテーションを視聴する。

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ライブプレゼンテーションで、研究者がブースで説明する様子は、リアリタイムで動画中継していた。

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デモブースの隣の大会場で、ライブプレゼンテーションは中継上映された。セッションが終わるごとに拍手が起こる。

2段階目がデモンストレーションだ。ライブプレゼンテーションは、いわば多数の研究のインデックスのようなもので、そこで興味をもった研究者のところにデモを体験しに行く。発表者は自身のブースの前で、訪れた研究者にデモを体験してもらったり、研究について議論したりする。「学会発表の場そのものが研究のプロセスになる。また、議論の中から新しい研究の種が生まれ、ここがスタート地点にもなりうる。実際、みんな活発に議論をしている」と稲見氏は言う。

実際に体験してもらうことで、より実用的なアドバイスやフィードバックが得られる上、研究に必要なデータ収集にもこの場を活用できる。発表者で東京大学講師の牧野泰才氏は、ウェアラブルデバイス向けの情報提示システムの研究の一環として、爪の画像データを収集している。「デモを体験してもらった人から承諾を得て、爪の画像を撮らせてもらっている」と話す。

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研究を紹介しながら、体験者を対象にアンケートをとる研究者の姿も複数見られた。

誰にも広く開かれた研究のあり方へ

学会参加者からの評判は上々だ。モノの触覚を記録して、似た触覚を検索するシステムを発表した慶應義塾大学大学院博士課程1年生の花光宣尚氏は、「触覚は体験しないとわからないので、これまでも学会では論文と同時にデモも発表していた。デモで体験してもらえるのは良い」と言う。一方で、一般に研究業績として評価されるのは査読付き論文がある学会での発表だ。デモ発表のみの場合は、現状のシステムでは業績に入れられない可能性もあり、評価の仕組みは今後の課題となりそうだ。

Asia Hapticsは、来年以降もデモを重視する形式を続ける。「動画中継や短くポイントを絞ったプレゼンなど、発表の方法をフォーマット化して次回以降使っていきたい」と岩田氏は言う。初めての試みとなったデモだけの学会発表にすでに手応えを感じているが、課題は運営の手間がかかること。ノウハウや熟練されたスタッフを含むフォーマットがあれば、広く活用できそうだ。

「デモによる体験重視の学会発表は、インタラクティブ技術分野では今後多くの学会の主流にしていきたい。単に研究成果を発表するだけの場ではなく、発表そこで議論をして新しい研究につなげていく場にするべき」と稲見氏は強調する。

一方、デモや体験、2分という短時間で研究を伝えるプレゼンは、研究者だけでなく、一般の人たちにも受け入れられそうだ。今回のAsia Hapticsでは、研究者ではない素人の筆者にも、デモや発表を理解した上で楽しむことができた。

研究成果の社会還元やアウトリーチ活動の重要性が叫ばれて久しい。一般に学会では、研究者向けとは区別して一般向けのシンポジウムなどを企画することが多いが、たとえばデモ会場を会期中の週末に一般開放するなどして研究者とそれ以外の人たちが一緒に体験したり議論したりすることも可能だ。「デモだけの国際学会」は、研究者にも一般の人にも広く開かれた、これからの研究のあり方につながりそうだ。

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