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手が温かいと相手を信頼する!?「触れる」の科学と触感をデザインするテクノロジー

2016年02月12日 01時53分 JST | 更新 2017年02月11日 19時12分 JST

ネット、機械、ロボット、人工知能----。テクノロジーが進み、私たちは多くの情報を機械やネットを介して扱うようになった一方で、身体を使う体験は失われつつある。例えば図書館で本を探してページを繰る代わりに、パソコンに向かってネット検索をする。人と会って握手をする代わりに、パソコンの画面に向かってスカイプを使って会話をする。

一方でテクノロジーは、情報化によって失われつつある身体の感覚を取り戻してくれるかもしれない。慶應義塾大学特任准教授の仲谷正史氏らは2007年から、テクノロジーを基盤として触感を通じた価値づくりに取り組む「TECHTILE(テクタイル)」という活動に取り組んでいる。触感の技術や表現による作品の展示やシンポジウム、ワークショップなど行いながら、触感を再現して使える「TECHTILEツールキット」を2012年に開発した。

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TECHTILEツールキット(画像はTECHTILE提供)

触感をデザインするツールキット

このツールキットでは、触感を記録したり、再現したり、新しくつくりだしたりすることができる。小型マイク、触感を伝える振動子、それに増幅装置の役割をする小型の小箱からなる。触感を伝えたいものにマイクを付け、触感を受け取る側に振動子をつければ、音が振動となって触感を伝える仕組みだ。これによって触感を自在にデザインすることができる。

音に代わって振動(触感)を伝える「糸電話」のような使い方がこちらだ。

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右の男性が左手に持っている紙コップにはマイクが、筆者(左)が持っている紙コップには振動子が付いている。男性が右手に持った紙コップから左手の紙コップにビー玉を移し入れると、筆者が持っている空の紙コップには何も入れていないにもかかわらず、あたかもビー玉が落ちてきて、紙コップの内部の壁にぶつかってゴロゴロとする感触を感じた。

また、あらかじめ記録しておいた触感を再現することで、これまであるモノをよりリアルに体験することができるだろう。

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プラレールの電車に振動子を付けて車両に触れると、電車が揺れるガタンゴトンという触感を感じる。

触感を付加するだけで、これまで体験したことのない新しい体験が生まれる。

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これは色から連想する触感を、色鉛筆で絵を描く時に再現してみたもの。あらかじめ、例えば草の上をマイクで撫でて草の感触を記録する。色鉛筆に振動子を付けて、記録して感触を再現しながら描く。色の感触がする色鉛筆は初体験(当然だが)だったが、例えば水色の色鉛筆ではヒューヒューと風が吹くように線を描くといった体験ができた。

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写真の仲谷氏がつくりだしたのが、スプレーを使ってつくる、身体を突き抜ける触感。あらかじめお腹と背中など身体の前後に振動子を貼り付け、マイクにスプレーで圧力を吹きかけると、身体の前後を突き抜けたような触感になった。

TECHTILEのメンバーは、このツールキットを使い、子供向けから大人向けのワークショップをこれまで80回以上開催してきた。触感に関する教育から、アート、クリエイティブ活動までその目的は幅広い。

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ワークショップでは、このようにさまざまな触感の素材が並び、参加者はこれらを使って、それぞれの触感をつくりだすなどして楽しむ。

このツールキットは市販の材料や機材で自作できる。作成方法や触感の記録データはこちらで公開されている。

「触れる」から人を知る

このTECHTILEのメンバーである仲谷氏、慶應義塾大学准教授の筧康明氏、同准教授の南澤孝太氏、アーティストの三原聡一郎氏が、「触楽入門」(朝日出版社)という本を出した。人の触覚の仕組みや不思議、「触れる」にまつわる最新の研究成果に加え、TECHTILEの活動やツールキットについて、誰にでもわかりやすく書かれている。

私たちは五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)によって世界から情報を自分の中に取り込み、知覚し、認知し、私たち自身をつくっている。その五感の中でも最も謎に包まれているのが、触覚だ。人が感じる「触感」は、皮膚のセンサーで感知する触覚だけでなく、記憶や文脈による心的イメージも大きく影響する。そこで、「触る」を考えることで、私たち自身に目を向けるというのが本書の狙いのひとつだ。著者はこう書く。

「触れる」を意識することは、周囲の世界をもっと知ることができるだけではなく、自分自身の身体の状態や、心が物事を捉えるやり方についても新たな発見をもたらすのです。

どういうことか。例えば、私たちが何かを決めたり、考えたり、感じたりする心のあり方には、無意識のうちに触覚が大きな影響を与えているという。本書で紹介されている、2010年に発表された米イェール大学の研究グループが実施した実験では、手が温まっているときに見た人の人柄を「あたたかい」を感じやすいことを示唆している。さらに、温度だけではなく柔らかさも人の意思決定を左右しているという。また、硬い椅子よりも柔らかいソファに座っていたほうが、相手の要求をすんなり通すことができるという実験結果もある。

触れるものや触れ方は、無意識のうちに人の意志決定や判断にまで影響を与えているというわけだ。「触れる」をもっとよく知ることで、私たちの生活や暮らし、生き方も変わってくるかもしれない。「触楽入門」は、そのタイトル通り、初心者が「触れる」を知り人間を知るための第一歩にぴったりだろう。

なお、TECHTILEツールキットは、3月6日(日)までGOOD DESIGN MARUNOUCHI(東京・丸の内)で開催中の「学ぶ・知る・体験するグッドデザイン」で体験することができる(入場無料)。(TECHTILEツールキットは2012年度にグッドデザイン賞を受賞)