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こどもが守るべきルールは、おとなも守るべきルール

2017年10月16日 12時41分 JST | 更新 2017年10月16日 12時41分 JST
Yohey Kawabe
大切なことは、意見を言い、意見を聴き、相手を待ち、沈黙を許し、時には意見を変えながら、けして仲間を傷つけないことだ。それはこども同士が守るべきルールなだけではなく、おとなとこどものあいだでも守られるルールであるべきだろう。

10月のこども哲学教室のテーマは「おばけハロウィン」だった。これは9月にこどもと話しながら決めたことで、全員がおばけのすがたで集まるという約束だった。

会場を暗くして、本物のオバケ屋敷みたいにしたいんだという声もあがった。未就学児からは「怖い」という声もあったので、怖がる子は無理して参加をしないように保護者に伝えた。

そんなわけで、先週末のこども哲学教室に集まってきたこどもは「おばけ」の着替えを持ってニヤニヤしながら、あるいは神妙な顔をしながら、こども哲学教室に入ってきた。

いつも使っている古民家の会場も、模様替えして雨戸を閉め「オバケ屋敷」スタイルでこどもたちを出迎えた。部屋の中ではお経を読む声が流れ、大人もこわい!と口を揃えた。

哲学対話を始める前には 「本物のオバケが出ないようにしようね」と、こどもたちと一緒にファシリテーターが会場裏手にあるちいさなお稲荷さんに油揚げをお供えに。

「お供えは行かない」と言っていた小学生男子たちも、みんながお稲荷さんに行って静かになった会場に残されると、「しょうがねぇな」「やっぱ行こうかな」と次々に戸外に飛び出していった。

おばけはいる?いない?

Yohey Kawabe

こどもたちはハロウィンという言葉に「お菓子がもらえる」「オレンジ色の」「なにやら賑やかな」ものを想像していただろうに、僕のせいで空気は「和風」「暗がり」「おそろしげ」な方向に向かう。

「おばけなんて怖くない」と参加してきたこどもたちに、どこまで怖い思いをさせるかはとても勇気がいる判断だ。慎重に、でも大胆に、保護者も、保育者もしないだろうギリギリの本物っぽさを考えた。

この日、哲学対話で話したテーマは「オバケはいる?いない?」。未就学児クラスは「オバケはいきてるけど死んでるんだよ」「本物のオバケはさわれる」「オバケは硬いんだよ」という話ができるこどもがいる一方、会場の空気に飲まれ静かなこども、保護者から離れられないこどももいた。

小学生クラスでは「おばけはいる」「おばけはいない」という意見に分かれたものの、全体として今日はあまり話したくないという雰囲気が広がった。せっかくオバケの格好で暗がりに集まったのに、哲学対話なんて!!と僕だったら思うだろう。

短い哲学対話を終えたこどもは、マシュマロをもらって、会場のすぐそばで焚いた火にくべて「焼きマシュマロ」を食べた。おそるおそる火に近づいて自分で焼いたこどものマシュマロは、おとなの想像するマシュマロの味よりも何倍も美味しいだろう。

マシュマロを焼いたあとはいつもと同じように、帰り際にキャンディとシールを配った。ただしその場で出たこどもの発案から「トリック・オア・トリート」が言えたこどもは(上手に言えないこどもも!)キャンディをふたつもらえることにした。

こどもが守るべきルールは、おとなも守るべきルール

Yohey Kawabe

今回のように、こどもが「やりたい!」と言った活動が実現することは、主体性を育むうえで大事にしたいことだ。

そしてさらに大事なことは、言い出したのがこどもである以上、最後までこどもの意見を汲み取り、おとなとこどもが共に活動を作り上げることだと思う。

「おばけハロウィン」がなんだかは私もわからないし、こどももなんとなく言ってみただけだ。当日になっても、何をするのかはこどもだって決めていなかったに違いない。

おばけの格好を保護者と一緒に考え、着替えをたずさえて会場に到着し、いつもとちがう会場の雰囲気に作用されながら「今日は何をするのかな」「もしかしてオバケごっこかな」とイメージを膨らませていたのではないだろうか。

小学生グループの10歳から、哲学対話を始める前に「オバケが哲学するのかよ!」という声が聞こえた。その声には「今日は哲学対話じゃなくて、もっと違う遊びをイメージしてたのに!」というこどもごころが隠れているように感じた。

丸くなって座ることや、「哲学的」なテーマについて話し合うことが哲学対話の基本スタイルだが、そうした型にハマらないようにこころがけたい。

大切なことは、意見を言い、意見を聴き、相手を待ち、沈黙を許し、時には意見を変えながら、けして仲間を傷つけないことだ。それはこども同士が守るべきルールなだけではなく、おとなとこどものあいだでも守られるルールであるべきだろう。

10月のこども哲学教室では、次回(つまり11月)に何をするかをこどもたちと話し合うことなく解散した。あえて、こどもたちのやりたいことを聞かずに、おとなが提示する世界もあっていいと僕は思う。

こどもの思いを汲み取ることと、おとなが水先案内人になることのバランスを大切にしていけたらと願っている。