アップルとFBI:「暗号は人権のツール」国連高等弁務官が動く

アイフォーンのデータ保護措置解除をめぐる米連邦捜査局(FBI)とアップルの対立に、新しいキーワードが加わった。「人権」だ。

アイフォーンのデータ保護措置解除をめぐる米連邦捜査局(FBI)とアップルの対立に、新しいキーワードが加わった。「人権」だ。

国連人権高等弁務官でヨルダン王族、ザイド・フセインさんが4日、この問題により「(FBIは)数百万人の人権に悪影響を及ぼしかねないパンドラの箱を開けようとしている」との声明を発表。

加盟国に対し、この問題に目を向けるよう呼びかけている。

FBIにとっては逆風が続く。

その4日前には、ニューヨークの連邦地裁が、FBIはアップルにアイフォーンのデータ保護措置解除を強制できない、と判決FBIの主張を退け、カリフォルニアの連邦地裁と判断が分かれた。

さらにそのカリフォルニアの連邦地裁には、フェイスブックなどのネット企業やRSA、PGPといった代表的な暗号の開発者まで、次々とアップル支持の意見陳述書を裁判所に提出している。

メディア界からも、アップル支持の声明が出た。

騒動の波紋は、広がり続けている。

●国連高等弁務官の懸念

アラブ諸国初の国連人権高等弁務官であるフセインさんは、4日付で「アップル-FBI問題は人権に深刻でグローバルな影響を与えかねない」と題した声明を発表した。

これはある一国の一IT企業だけの問題ではない。デジタル世界における個人のセキュリティの未来にとって、計り知れない影響を及ぼすことになる。

フセインさんは、この問題の回りには、全く別のプレーヤーたちがいると指摘する。

(アイフォーンのデータ保護措置解除は)独裁政権や犯罪的なハッカーたちへの贈り物となる可能性もある。グーグルやブラックベリーのようなIT企業や通信会社に対し、大規模な情報監視のために顧客データを開示するよう強制する、政府当局による組織的な取り組みは、他の国々でもこれまでに数多くあった。

そこに人権擁護のツールとしての暗号がある、という。

暗号ツールは世界中で使われており、その中には人権擁護活動家や市民団体、ジャーナリスト、内部告発者、訴追や迫害に直面する反体制派なども含まれる。暗号と匿名性は、表現や意見表明の自由、そしてプライバシーの権利を実現するために欠かせないものだ。暗号ツールがなければ、生命が危険にさらされる可能性がある。これは空想でも誇張でもない。最悪の場合、政府が市民のスマートフォンに侵入できるようになれば、単に基本的人権を行使しているだけの人々が、迫害を受けることにもなりかねない。

そして、スマートフォンはプライバシー情報の宝庫だと。

個人の連絡先、カレンダー、財務情報、健康データなど、プライバシーとして扱われるべき多くの情報は、それを悪用しようとする犯罪者やハッカー、悪辣な政府から保護されねばならない。だが、大量の個人的な、そして仕事上の日々のデータを自分のスマートフォンに保存する時代、安全装置つきの暗号システムがなければ、それらの情報をどうやって守ることができるだろう。

セキュリティを弱めることの危険性について、フセインさんはこう述べている。

(テロ容疑者の情報を得ようとすることで)結果的に、米国を含む世界中で、大量の別の犯罪を引き起こすことになりかねない。暗号をめぐる議論は、セキュリティの一側面にのみ焦点があたりすぎている。特に、テロの時代における犯罪での悪用の可能性についてだ。セキュリティのもう一つの側面から見ると、暗号による保護を弱めることで、国家的、さらに国際的なセキュリティを、はるかに大きな危険にさらしかねないのだ。

そして、フセインさんは、FBIの請求を棄却したニューヨークの連邦地裁判決にも言及。

加盟国に対し、強力な暗号がセキュリティと人権を守るということの重要性を念頭に、この「アップル-FBI問題」に注目するよう呼びかけている。

つまりこの件は、米国の国内問題として終わることはできなくなった。

●ニューヨーク連邦地裁の判決

カリフォルニアのテロ事件とは別の、麻薬事件で押収したアイフォーンのデータ保護措置の解除要求をめぐる裁判だ。

判決は、カリフォルニアの連邦地裁が、データ保護措置の解除要求の根拠として認めた1789年制定の「全令状法」の適用を退けた。

判決はこう述べる。

(法執行とプライバシー保護などの)最適なバランスをどうとるかというのは、我々の社会にとって非常に重要な問題だ。テクノロジーの進歩の潮流は、ほんの数十年前には均衡すると見えた境界線を、遥か彼方に流し去り、新たな境界線を見いだす必要が、日増しに高まっている。しかしながら、その議論はまさに、先人たちが思いもよらなかった世界の、技術的、文化的リアリティーを考慮できる今日の議会においてなされるべきだ。(全令状法が制定された)1789年、建国の父たちが、すでににこの議論を行い、結論を出していたかのような物言いをすることは、裁判官にとって、我々の憲法の伝統、さらには民主的な統治を求める人民に背くことになる。

つまり本件、さらには国内の同種の事案において、答えを出すべき問題とは、政府がアップルに対して、特定の端末のロック解除に協力させることが可能であるべきかどうか、ではない。全令状法によってこの問題、さらには今後の同種の問題が解決できるかどうか、だ。上記の理由から、私は、それはできない、と結論づける。政府の申し立てを棄却する。

●「議会に委ねよ」

「議会の議論に委ねよ」

判決が述べるこのポイントは、まさにその翌日、下院司法委員会のこの問題をめぐる公聴会で、FBI長官のジェームズ・コミーさんに向けられた言葉でもある。

ガーディアンなどによると、民主党のジョン・コンヤーズさんはこう述べたという。

当委員会を出し抜いたとしか見えない(FBIの)やり方に対する、私の不満を理解できるかね。

シリコンバレーを地盤とする同じ民主党のゾーイ・ロフグレンさんは、FBIの要求を、サイバーセキュリティを毀損する「バカげた行い」と切り捨てたという。

●暗号の専門家、そしてシリコンバレー企業

FBIへの協力を命じたカリフォルニアの連邦地裁に対し、アップルは不服申し立てをしており、3月22日にその審理が行われる予定だ。

そこに向けて、様々な意見陳述書が提出されている。

一つは、アップル支援を表明しているオンライン人権擁護団体「電子フロンティア財団」の意見陳述書。裁判所の命令は「言論の自由」を保障した修正憲法1条に違反する、などとするこの陳述書は46人の専門家との連名になっている

その中には、ディフィー・ヘルマン鍵共有(DH法)で知られるスタンフォード大名誉教授のマーチン・ヘルマンさん(※ホイットフィールド・ディフィーさんと2人で今年のチューリング賞を受賞)や、RSA暗号のMIT教授、ロナルド・リベストさん、暗号ソフト、PGP(プリティ・グッド・プライバシー)のフィリップ・ジンマーマンさんなど、著名人たちがずらりと並ぶ。

アマゾン、ボックス、シスコ、ドロップボックス、エバーノート、フェイスブック、グーグル、マイクロソフト、モジラ、ネスト、ピンタレスト、スナップチャット、ワッツアップ、ヤフーも連名で意見陳述書を提出

このほか、ツイッター、イーベイ、スクエア、リンクトイン、エアビーアンドビー、ミートアップなどによる意見陳述書も提出されている

デジタルジャーナリズムの非営利組織「オンライン・ニュース・アソシエーション(ONA)」も、ジャーナリストにとっても脅威である、としてアップル支持の声明を出した。

この問題がはらむ、多面的な影響の大きさについて、様々な声があがり始めている。

(2016年3月5日「新聞紙学的」より転載)

注目記事