アップルはニュースの〝音楽配信〟を目指すのか?

アップルがニュース配信アプリ「アップル・ニュース」の公開を始めた。10日から公開している「iOS9」の一般向けベータ版を ダウンロードすると一緒についてくる。

アップルがニュース配信アプリ「アップル・ニュース」の公開を始めた。

10日から公開しているアイフォーン、アイパッド向け次期基本ソフト「iOS 9」の一般向けベータ(試用)版を ダウンロードすると一緒についてくる。

今のところは米国版のみの提供らしいので、日本で試してみるには一手間かかる。

一通り使ってみた印象は、とてもシンプルにまとめたアプリだということだ。ニュースアグリゲーションアプリ「フリップボード」と比べても、見た目にほとんど飾り気がない。

ただその一方で、ニューヨーク・タイムズなどの既存メディアや個人ブログも含めて、参加メディアがかなりの数にのぼっていて、ちょっと数え切れない。

コンテンツの〝たっぷり感〟や、ユーザーへのおすすめコーナー「フォー・ユー」など、「アップル・ミュージック」をニュース配信にもってきたようなサービス設計だ。

果てしない品揃えを陳列するバザール(市場)のようなプラットフォームで、〝ニュースの音楽配信〟を志向しているようにも見える。

さらに、フェイスブックの「インスタント・アーティクルズ」のような、モバイル画面に最適化したリッチコンテンツも用意されており、見どころは十分にある。

●デフォルトアプリの力

「ニュース」が話題になるのは、なんと言ってもまず、i0Sのデフォルト(既定)アプリだという点だろう。iOSを更新することで、自動的にユーザーの手元に届く。

累計出荷10億台というiOS端末のうち、「9」に対応するのはアイフォーン4以降。今秋の正式リリース時には、「ニュース」は米英豪の3カ国のみが対象だとしても、スタートから桁違いのユーザーを抱えるアプリになることは間違いない。

WWDCでの発表当初は、ニューヨーク・タイムズやCNNなどのメディア約20社、50タイトルとの提携が明らかにされていた。

アップルの新アプリ『ニュース』にメディアとして登録してみた」でも紹介したが、メディアやブロガーは、「ニュース・パブリッシャー」として登録申請をし、審査を経て自分の「チャンネル」を開設することができる。

いま確認してみると、メディア企業の数もはるかに増え、マーケティング論で知られるセス・ゴーディンさんら、著名人の個人ブログなども相当数が登録されている。

正式リリース前から、スケールについては圧倒的だ。

●チャンネル登録と5つのタブ

まずアプリを開くと、ニューヨーク・タイムズ、CNN、ESPN、アトランティック、スレートの5つのチャンネルがデフォルトで登録されていて、それらに加えて、さらに最低3つのチャンネルを登録するよう、求められる。

ここでいくつかのサイトを指定するだけでアプリの利用が開始できる。

チャンネルは、あとからいくらでも追加・削除することができる。また、チャンネルとして登録されていないサイトでも、ユーザー側でチャンネル登録することが可能だ。

iOS 9では、ブラウザの「サファリ」の共有ボタンに「ニュースに追加」という機能が新設されている。サイトを開き、このボタンを押すだけで、「ニュース」へのチャンネル登録ができる。

「ニュース」のタブは「フォー・ユー」「フェイバリッツ」「エクスプロア」「検索」「保存」の5つ。

キモになるのはユーザーのホームページとなる「フォー・ユー」。

ユーザーの登録チャンネルからアグリゲートしたおすすめ記事が、アルゴリズムに従ってまとめられているようだ。

それぞれの記事には、「ラブ(ハートマーク)」「共有」「保存」のボタンがある。気に入った記事にはこの「ラブ」を押し、そのデータなどをもとに、おすすめ精度を上げていくという仕組みのようだ。

好みのジャンル選び、おすすめタブの「フォー・ユー」、「ラブ」によるおすすめ精度向上。

これはまさに「アップル・ミュージック」で使われているサービス設計と全く同じだ。

●各チャンネルの展開

「フェイバリッツ」タブでは、ユーザーが登録したチャンネルがまとめて表示される。

各チャンネルのデザインはほぼ統一されていて、左3分の2が見出しと記事のスニペット(断片)、右3分の1がサムネイル画像、というシンプルな構成だ。

ニューヨーク・タイムズを自社アプリと「ニュース」で比べて見ると、自社アプリの方は写真サイズにメリハリをつけたり、表現幅の広いレイアウトで新聞に近い印象を与えるのに対し、「ニュース」のパターン化したデザインは、通信社電のリストのような、一覧性のスピード感を重視した見た目になる。

また、画面上部にあるメディアロゴの表示部分は、それぞれ背景色の指定ができるようだ。

ジャンルタブの指定もできる。

バズフィードでは「トップストーリー」から「LGBT」まで9つのタブを表示している一方、ニューヨーク・タイムズにはジャンルのタブが全くない。

各チャンネルの配信記事量は、1日に10~50本といったところだ。

主なチャンネルでは、CNNが計200本超(1日当たり50本前後)、ニューヨーク・タイムズ100本超(同10本前後)、アトランティック50本超(同10本前後)、バズフィード50本超(同20本前後)となっている。

記事の配信スタイルにも違いがある。

ニューヨーク・タイムズやCNNは、配信記事については全文を掲載している。

その一方、ロサンゼルス・タイムズやマイアミ・ヘラルドは、アップルへの配信は写真と前文程度にとどめ、全文は自社ページを読ませる、というスタイルを取っている。

このあたりの違いも、「ニュース」をどう自社の戦略に組み込むかという、各社の構えが見えるポイントだ。

●モバイルリッチ

「フェイバリッツ」の中には、「アップル・ニュース・セレクションズ」という毛色の違ったチャンネルがある。

これは、iOSのモバイルに特化した「アップル・ニュース・フォーマット」を使ったマルチメディア特集の配信コーナーだ。

ちょうど、フェイスブックのモバイルリッチなニュース配信「インスタント・アーティクルズ」のiOS版だ。

今のところ、CNN、アトランティック、ニューヨーク・タイムズ、ワイアード、などによる12本ほどの特集記事が掲載されている。

いずれも画像や動画のインパクトと、モバイルの画面サイズを意識した、新しい表現方法に挑戦した内容になっている。

「エクスプロア」タブでは、ユーザーの閲覧履歴をもとに、おすすめのチャンネルや、話題ごとにニュースをまとめた「トピックス」を紹介している。

「トピックス」は、アルゴリズムに加えて人間の編集者がニュース価値を判断して記事のアグリゲーションをしているようだ。

●ソーシャルの要素

「ニュース」と、「インスタント・アーティクルズ」やフリップボードの大きな違いは、ソーシャルの要素だろう。

「インスタント・アーティクルズ」とフリップボードでは、ユーザーの「いいね!」などの反応が可視化されており、デザインに深く組み込まれている。

一見したところ、「ニュース」には共有ボタンこそあるものの、ソーシャルな反応を可視化する作り込みはない。

ソーシャルよりも、パーソナライズに関心が向いているようにも思える。

〝バザール〟を広げたその先の展開をどうするのか。

今の段階では、まだよく見えない。

(2015年7月18日「新聞紙学的」より転載)

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