ビットコインは「通貨のインターネット」か

大手取引所「マウント・ゴックス」が破綻しても、ビットコインに著名投資家や一般利用者のマネーは流れ込み続ける。ビットコインは、その特徴から「通貨のインターネット(Internet of Money)」と呼ぶ人々もいる。

大手取引所「マウント・ゴックス」が破綻しても、ビットコインに著名投資家や一般利用者のマネーは流れ込み続ける。

ビットコインは、その特徴から「通貨のインターネット(Internet of Money)」と呼ぶ人々もいる。

オープンで国境がない、中央の管理組織がなく自律分散、イノベーションの可能性の一方で不安定さも抱える。そして、投機を呼び込むバブルと、犯罪への利用......。

いくつかの点で、インターネットと共通する特徴は、確かにある。

では、バブルとイノベーションの境界は、どのあたりに線引きできるのだろうか。

●「ビットコインは邪悪だ」

ビットコインに対する懐疑派の代表格が、ノーベル経済学賞受賞のプリンストン大学教授、ポール・クルーグマン氏だ。

クルーグマン氏は昨年末、ニューヨーク・タイムズに「ビットコインは邪悪だ(Bitcoin Is Evil)」とインパクトのあるタイトルのコラムを掲載した。

ただ、その中身はタイトルほど挑発的なものではなく、「ビットコインが信頼できる価値の保存手段なのか、誰も納得できる説明をしてくれない」という疑問を表明した、穏当な内容だ。

このコラム(のタイトル)は、特にビットコイン推進派の神経を刺激し、猛烈な反響があったようで、クルーグマン氏は翌日、すぐさま「ユーモアのテスト(The Humor Test)」というタイトルのコラムを掲載した。

内容はタイトル通り――ジョークなんだから冷静に、と。

さらに翌日も。友人の手紙を引用する形で――システムが優れているのはわかる。電子マネーの二重払いの防止という、技術的問題を解決している。だが技術的な解決と、それが経済の中でうまく機能するのかは別問題だ。実際の運用は難しいだろう、と。

●クルーグマン教授の予言

だが推進派はおさまらなかったようだ。1998年にクルーグマン氏が書いたという、こんな「予言」を誰かが見つけ出し、ネットに放流した。

インターネットの成長は劇的に鈍化するだろう。〝メトカーフの法則〟の欠陥が明らかになるにつれて――この法則は、ネットワークのつながりのポテンシャルが、参加人数の2乗に比例すると述べている:だが大半の人々は、お互いに言いたいことなど持ち合わせていない! 2005年ぐらいまでには、インターネットが経済に与えるインパクトが、ファックスと同程度であることが明らかになっているだろう。

1998年といえばグーグルが創業した年だ。そして同社は2004年には、大騒ぎの中で新規株式公開(IPO)を行っている。同年にはフェイスブックも創業。ウェブ2.0のブームもこの年に始まる。

少なくともインターネットは、ファックスよりは大きなインパクトを経済に与えていたことになる。

ニュースサイト「ビジネスインサイダー」の問い合わせに、クルーグマン氏が釈明している

同氏の「予言」は雑誌「タイム」の100周年記念企画で、2098年から振り返る近未来という発注だったため、不慣れな技術予測を、あくまで話題としての面白さやインパクトに重きを置いて行ったのだ、と。

●ネットブームの立役者の参入

クルーグマン氏の騒動の2週間ほど前、サンフランシスコを拠点にするビットコインの決済サービスベンチャー「コインベース」のリリースが、関係筋の話題を呼んだ。

シリコンバレーのベンチャーキャピタル「アンドリーセン・ホロヴィッツ」が同社に2500万ドル(約25億円)の出資を行うことが明らかにされたからだ。

共同創設者のマーク・アンドリーセン氏は、初期のウェブブラウザ(閲覧ソフト)「モザイク」「ネットスケープ・ナビゲーター」の開発者で、1995年のネットスケープ・コミュニケーションズ社のIPOは、ネットバブルの幕開けとされた。

フェイスブックイーベイヒューレット・パッカードなどの社外取締役も務めるこの著名投資家が、ビットコイン推進に参入したのだ。

アンドリーセン氏は今年1月、「ビットコインが重要な理由(Why Bitcoin Matters)」と題したコラムをニューヨーク・タイムズに寄稿している。この寄稿の注記で、アンドリーセン・ホロヴィッツが、合計で5000万ドル近いビットコイン関連投資をしていることが明かされている。

アンドリーセン氏は、こう述べる――。

政治的な理想主義者は、そこに解放と革命のビジョンを投影し、エスタブリッシュメントのエリートは侮蔑と軽蔑を浴びせる。そしてテクノロジスト(ナード)は釘付けになり、計り知れないポテンシャルを見い出し、夜間や週末はそれにかかりきりになる。やがて、主流の製品、企業、産業が姿を見せ、それを事業化していく。


私が語っているのは何のテクノロジーのことか? 1975年のパーソナル・コンピューター、1993年のインターネット、そして、私はそう信じているが、2014年のビットコインだ。

●イノベーションとバブル

アンドリーセン氏のネットスケープは、その後マイクロソフトのブラウザ「インターネット・エクスプローラー」に押され、AOLに買収される。そのAOLは2001年1月、ネットバブルの絶頂期を象徴する「ネットとメディアの融合」、タイムワーナーとの大合併を果たす。

だが、直後のバブル崩壊とともに、イノベーションどころか「合併失敗」の代名詞へと坂を転げ落ちていった。ネットスケープの遺伝子は、その後、ブラウザ「ファイアフォックス」に受け継がれていく。

そして、アンドリーセン氏が後押しするビットコインも、バブルに沸いた。

「まさに驚くべきバブルの実例だ(It's just an amazing example of a bubble.)」と述べたのは、バブルの専門家で、ノーベル経済学賞受賞のイェール大学教授、ロバート・シラー氏だ。

昨年11月末の1124ドル76セントをピークに崩れ始め、今回のマウント・ゴックスの破綻が象徴的な決定打となったように見える。

ネットバブルの崩壊は、インターネットの崩壊ではなかった。イノベーションで生き抜いたのがアマゾンやグーグル、アップルなどの企業だ。

ビットコインのバブル崩壊では、その生態系はどうなるのだろうか。

(※マウント・ゴックスの騒動を受けて、クルーグマン氏はこんなコメントをニューヨーク・タイムズに載せている。「ビットコインは、ある部分、リバータリアンの夢を満たすためにつくられたものだ。あなたの資産を政府が税金や通貨切り下げで盗むことができないよう、貯蓄しておくための手段として。まさにその通り! ビットコインのおかげで、あなたの資産は代わりに、民間のハッカーに盗まれることになるわけだ」)

(2014年3月2日「新聞紙学的」より転載)

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