コカイン中毒、がん・・・メディア激変を伝えたNYタイムズ名コラムニストの急死

ニューヨーク・タイムズのコラム「メディア・イクエイジョン(メディアの方程式)」で知られる名物メディアコラムニスト、デビッド・カーさんが12日夜、急死した。

ニューヨーク・タイムズのコラム「メディア・イクエイジョン(メディアの方程式)」で知られる名物メディアコラムニスト、デビッド・カーさんが12日夜、急死した。

58歳。タイムズの〝顔〟でもあり、同社を扱った2011年公開のドキュメンタリー映画「ページワン」でもメインキャラクターとして登場していた。

午後9時前、タイムズの編集局内で倒れているところを発見され、搬送先の病院で間もなく死亡が確認されたという。検視の結果、カーさんは肺がんを患っていたことがわかり、死因は肺がんによる合併症だったという。心臓疾患もあったといい、死因の一つとしてあげている

日に15本のキャメル・ライトを吸う、愛煙家だったようだ

独特のしわがれ声、ユーモアと辛辣さ。際立ったキャラクター。

「メディア・イクエイジョン」にはこんなサブタイトルがある。

「メディアとテクノロジーの交差点にフォーカスしたデビッド・カーのコラム」

深い洞察によるメディア批評、特にネットがもたらしたメディア激変の行方を見通す眼力は、幅広い信頼を集めていた。

それだけに突然の死は、米メディア界にとって大きな衝撃だったようだ。

●「スノーデン事件」イベントの司会の後

亡くなる直前、カーさんは、タイムズ本社から車で10分ほどの、ニュースクール大学にいた。

スノーデン事件を扱ったドキュメンタリー映画「シチズンフォー」を巡り、監督のローラ・ポイトラスさん、事件をスクープしたグレン・グリーンワルドさん、さらにネット中継で参加したエドワード・スノーデンさんとのトークイベントの司会を務めていたのだ。

約1時間のイベントの模様はビデオで見ることができる。

話の途中に咳き込む様子が目につくが、いたって自然に、スノーデン事件の当事者たちとの会話を楽しんでいたように見える。

トークの最後の方で、スノーデンさんに対してこんなジョークも飛ばす。

ここでちょっとだけ、聴衆の中にいるお母さんたちの質問も代弁しておかないと。あなたはロシアにいるんだろ。きちんと食べてんの? 食べ物は口にあう?

だがイベント終了後、タイムズ本社に戻ってから、間もなく亡くなったようだ。

翌朝、グリーンワルドさんはツイッターにこう書き込んだ。

一緒に過ごした1時間で、デビッド・カーは人々から愛されるその持ち味のすべてを見せてくれた:一風変わっていて、陽気で、しかも信頼感と、深い人間性がある。

●1面で悼む

タイムズの電子版はトップページの最も目立つ扱いで訃報を掲載。翌日の紙面でも1面(ページワン)で大きく追悼記事を載せた。

タイムズ会長のアーサー・サルツバーガーさんは声明の中で、「デビッド・カーは、タイムズの歴史の中でも最も才能のあるジャーナリストの一人だった」とたたえた。

業界で広く愛され、ツイッターなどの新しいメディアにも積極的に取り組んだカーさん。ツイッターのアカウントはフォロワー数が46万9000人にものぼる。

特集ページは、そんなカーさんの追悼にふさわしく、ブログやツイッターなど、ネット上の反応を幅広くアグリゲートしている。

例えば、ツイッターCEOのディック・コストロさん。

ヴァージン・グループ創設者のリチャード・ブランソンさん。

ニューズ・コーポレーションの戦略担当上級副社長のラジュ・ナリセッティさん。

ゴーカー・メディア創設者のニック・デントンさん。

CNNアンカーのアンダーソン・クーパーさん。

ワシントン・ポストのオピニオンライター、エリック・ウィンプルさんや、「ヴォックス」編集長のエズラ・クラインさんら新旧のメディア人たちも追悼文を載せた。

ジャーナリストでアリゾナ州立大ジャーナリズムスクール教授のダン・ギルモアさんや、ニューヨーク市立大ジャーナリズムスクール教授のジェフ・ジャービスさんらメディアブロガーも、自らのブログでカーさんの死を悼んでいる。

●新興メディアを一喝する

カーさんが時折見せる〝凄み〟も、また持ち味の一つだ。

タイムズのカーさんの特集ページには、様々な動画を集めたコーナーもある

その中には、ドキュメンタリー映画「ページワン」で、若者読者を中心とする新興メディア「ヴァイス」の創業者らをインタビューする場面がある。

西アフリカのリベリアを取材で訪れ、トイレも満足になく浜辺に人糞が散乱する現状を目にし、至る所で人肉食の話を聞いた、というCEOのシェーン・スミスさん。「常軌を逸した現場だ。そんな時、ニューヨーク・タイムズはサーフィンの話をしている」とタイムズの報道ぶりへのあてこすりを口にする。

すると、機関銃のようにメモを打ち込んでいたノートパソコンのキーボートの手を止め、こう一喝するのだ。

ちょっと、待った...あなたがそこへ行く以前に、我々の記者たちは現地に入り、虐殺に次ぐ虐殺の報道を続けてきた。現地でくそったれサファリヘルメットをかぶって、浜辺にクソがころがってるのを見たてきただけで、我々の仕事を侮辱する権利はない...さあ話を続けて、続けて。

いきのよかったスミスさんは、あっけにとられて謝罪する。

〝凄み〟の裏には、カーさんがどん底を見て、そこから這い上がった経験がある、ということもあるのかもしれない。

カーさんは2008年に自伝「ナイト・オブ・ザ・ガン」を出版している。

その中で、20歳の頃からコカインに手を染め、ディーラーだったガールフレンドとの間に双子の娘をもうけたという過去を告白している。

80年代末には中毒となり逮捕歴もあるという。リハビリの末にジャーナリストに復帰したようだ。

その他にも、リンパ系のガン(ホジキンリンパ腫)を克服した経験もあるのだという。

「ナイト・オブ・ザ・ガン」はカーさんの死後、再び人気が急上昇している、とAPが伝えている。

2010年には、メディアチェーン、トリビューンの破綻にいたる内幕を、ランディ・マイケルズCEOのセクハラ発言や社内での罵詈雑言など不適切な言動とともに暴く。

マイケルズCEOは間もなく辞任に追い込まれる。その取材の様子は、「ページワン」でも見ることができる

この人のコラムは、ずっと読んでいたかった気がする。

(2015年2月15日「新聞紙学的」より転載)

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