フェイクニュースで"トランプ氏を大統領にした男"への、最後のファクトチェック

死亡説を巡って「今度もフェイクニュースでは」とメディアは戸惑い、"最後のニュース"にもファクトチェックモードに入ったようだ。

フェイクニュースで"トランプ氏を大統領にした男"として知られ、米大統領選をめぐるフェイクニュース騒動を象徴する人物、ポール・ホーナー氏が死亡した、と欧米のメディアなどがこぞって伝えている

フェイクニュースで"トランプ氏を大統領にした男"として知られ、米大統領選をめぐるフェイクニュース騒動を象徴する人物、ポール・ホーナー氏が死亡した、と欧米のメディアなどがこぞって伝えている

Kazuhiro Taira

地元警察によると死亡が確認されたのは9月18日。死因は処方薬の過剰摂取。38歳だった。

フェイクニュースの発信者は、その大半が匿名で、素性がわからないものがほとんど。その中でホーナー氏は実名、顔出しで、CNNや、果ては欧州議会にまで登場し、フェイクニュースの実態と発信者の"論理"を披露。フェイクニュース現象の代名詞のような存在だった。

大統領選の以前から、覆面アーティストのバンクシー氏になりすますなど、数々の手の込んだフェイクニュースにまつわる騒動を引き起こしてきたホーナー氏。

それだけに、その死亡説を巡って「今度もフェイクニュースでは」とメディアは戸惑い、"最後のニュース"にもファクトチェックモードに入ったようだ。

●死亡説のファクトチェック

「ホーナー氏死亡」の第1報となったのは22日、金曜日夜の、同氏の兄弟によるフェイスブックへの投稿だった。

それによると、アリゾナ州フェニックスにある母親の家で、18日朝に亡くなっているのが見つかった、という。

真っ先に報じたのは、地元の週刊タブロイド紙「フェニックス・ニュー・タイムズ」。投稿の主であるホーナー氏の兄弟にコメントを取った上で、23日の土曜日に報じている。

Kazuhiro Taira

ただ、亡くなったのはフェイクニュースの世界的有名人だ。「ニュー・タイムズ」は週明け月曜日の25日に地元のマリコパ郡検視局にも確認の上、記事を更新している。

さらに翌26日火曜日には、郡保安官事務所の広報担当も声明を発表し、ホーナー氏の死亡を認めるという物々しさだ。声明はこう述べる。

ホーナー氏の家族によると、故人は処方薬を服用し、なかんずく乱用していたことがわかっている。現場の証拠から、これは偶発的な過剰摂取によるものと見られる。

薬物不法使用を伺わせる証拠は見つかっていない、という。

ワシントン・ポストの見出しは、ホーナー氏の死亡説についての、メディアの戸惑いを表している。

同紙によると、ホーナー氏の兄弟による週末のフェイスブック投稿から週明けにかけての数日間、「ニュー・タイムズ」を除く主要メディアはこの件について、音無の構えだった、という。

これが、名うてのホーナー氏によるフェイクニュースである可能性を、捨てきれなかったようだ。

ガネット傘下の地元紙「アリゾナ・リパブリック」ですら、報じたのは26日になってからだった。

保安官事務所には10社ほどのメディアから問い合わせがあり、いずれも同事務所にまで死亡確認を求める理由として、ホーナー氏がフェイクニュース発信で知られる人物であることを理由にあげていたようだ。

保安官事務所による死亡確認の声明がメールで送付されると、一斉に報道が始まった、という。

●「大統領を生んだ男」

私のサイトはいつもトランプ支持者に取り上げられていた。トランプ氏がホワイトハウス入りができたのは、私のおかげだと思う。

トランプ新大統領の当選から9日後の2016年11月17日、ワシントン・ポストはフェイクニュースサイトの運営者として知られていたホーナー氏へのインタビューを掲載した

この中で、ホーナー氏はこう豪語していたのだ。

トランプ氏のフォロワーは何であれ、ファクトチェックというものをしない。何でも投稿し、すべてを信じる。トランプ選対の本部長は、反トランプのデモ参加者が(手間賃として)3500ドルを受け取っていた、という私の記事を、事実のように投稿していた。結構、あれは私のでっち上げだ。

●「デモ参加で3500ドル受け取った」

ホーナー氏が言う「私の記事」とは、大統領選で大きな注目を集めた1本のフェイクニュースのことだ。

これはホーナー氏が運営する「ABCニュース」というサイトに掲載した「反トランプデモ参加者の告白:トランプ集会抗議で3500ドルを受け取った」だ。

アリゾナ州フェニックス(AP)――この数カ月、インターネットにこんな噂が流れている。大統領選の有力候補、ドナルド・トランプ氏の集会での抗議行動参加者に金が支払われている、と。アリゾナ州ファウンテンヒルズで3月に行われたトランプ氏の集会に参加したという男性が、そこでの抗議行動で金を受け取った、と名乗り出てきた。 「ドナルド・トランプ氏がファウンテンヒルズで開いた集会での抗議行動で、3500ドルを受け取りました」と38歳のポール・ホーナー氏は言う。「クレイグズリストで、政治イベントへの参加者を募集しているグループの広告を見て応募しました。面接を受け、その仕事をもらいました」

Kazuhiro Taira

「ABC」は米三大ネットワークとは何の関係もない偽サイト。AP通信のクレジットも偽物だ。

「ジミー・ラスリング」という署名があるが、これは記事を書いたホーナー氏のペンネーム。記事中で本人は、金を受け取ったデモのサクラとして登場している。ホーナー氏はこの記事のために、米国で広く知られるネット掲示板「クレイグズリスト」に、実際に偽の募集広告まで出していた。

Kazuhiro Taira

ソーシャルメディア分析サービスの「バズスモー」で調べると、共有数はフェイスブックだけで42万7000件超、ツイッターなども含めると約43万件にのぼる。

●「バンクシー」になった男

ホーナー氏がメディアに取り上げられるのは、昨年の米大統領選が初めてではない。

2014年10月、「落書きアーティスト、バンクシー氏がロンドンで逮捕、身元が明らかに」という記事がネットに流れた。

その記事をフェイクニュースサイト「ナショナル・リポート」のライターとして書いたのが、当時35歳のホーナー氏だった。

記事では覆面アーティスト、バンクシー氏の正体は「ポール・ホーナー」だった、として自身の写真まで掲載していた。もちろんこの記事もフェイクニュースだ。

Kazuhiro Taira

このフェイクニュースは、3年後の今年9月初めにも、再び拡散している。

この時の見出しは、「落書きアーティスと、バンクシー氏がパレスチナのアート展で逮捕、身元が明らかに」と、逮捕場所が3年前のロンドンからパレスチナに変わっている。

しかも、こちらは動画までつけた念の入れよう。ホーナー氏が運営する「CNN」のフェイクサイトにも同じ記事が転載されており、信憑性を高める仕掛けのようだ。

焼き直しのフェイクニュースとはいえ、「バズスモー」では共有数は12万件超に及ぶ。

ホーナー氏はすでに2012年から、フェイクニュースを手がけていたという。

「フェイスブック、ユーザーに月額2・99ドルの課金開始」など、このほかにも数々のフェイクニュースを手がけた後、自分のフェイクニュースサイト「ニュース・エグザミナー」を2014年に立ち上げている。

ホーナー氏は、「ABCニュース」「CNN」のほかにも、「CBSニュース」「NBC」などの実在のメディアをまねたフェイクサイトを運営。

本物のメディアのドメインが「.com」なのに対し、これらのサイトはその後ろにドイツの国別ドメイン「.de」をつけて「.com.de」となっていたり、コロンビアの国別ドメイン「.co」をつけて「.com.co」となっていたりするのが特徴だ。

ただ、ホーナー氏による選挙関連のフェイクニュースは、必ずしもトランプ支持派に向けたものばかりではない。

フェイク「ABCニュース」ではトランプ氏当選後、「オバマ大統領、選挙結果の調査を指示する大統領令に署名/再投票、12月19日に予定」といったフェイクニュースも流している。

これも、「バズスモー」によると26万件ほど拡散している。

そして、フェイク「CNN」では、「ツイッター社、ドナルド・トランプ氏のツイッター・アカウントを削除:"人種差別とヘイトに耐えられない"」。

Kazuhiro Taira

この2017年1月9日付(その後、日付を更新)の記事も、ホーナー氏によるものだ。「ニュース・エグザミナー」に掲載されているホーナー氏による自己紹介記事によると、一連のフェイクニュースの中で、これが一番のお気に入りだという。

●拡散する理由

ホーナー氏のフェイクニュースは、なぜ拡散するのか――ワシントン・ポストのインタビュー記事で、こう答えている。

正直に言うと、みんな本当に、思った以上にバカだ。ただ次から次へと転送するだけ。もう、誰も何のファクトチェックもしない――つまり、こんな風にトランプ氏は当選したんだ。彼は何でも言いたいことを言う。みんなそれを全部信じる。彼が言ったことが事実でないとわかっても、誰も気にしない。みんなそれを受け入れてしまっているんだから。これは本当に恐ろしい。こんなの見たことがない。

フェイクニュースを拡散させる動機を聞かれると、ホーナー氏はこう答えている。

バカげたことを信じる奴らを、笑いものにしてやろうと思っていたんだ。ところがそれが拡散してしまった。彼らはそれを、本当に信じてしまったんだ。

トランプ氏の当選はあり得ないと思っていたし、トランプ氏のことは嫌いだ、とホーナー氏は言う。

全部で10ほどのサイトを運営。それらのサイトにグーグルの広告ネットワーク「アドセンス」が配信する広告から収入を得ており、月額で1万ドル(100万円)ほどになるという。

ただ、自身のサイトはあくまで風刺とパロディーのサイトであって、他のフェイクニュースサイトと一緒にされたくはない、とホーナー氏は述べていた。

●欧州議会でのスピーチ

ローリングストーンによると、ワシントン・ポストの記事をきっかけに、ホーナー氏にはテレビ局などから、60ものインタビューの依頼があった、という。

表立って発言をするフェイクニュースの発信者が、ホーナー氏ぐらいしかいない、ということもあったようだ。CNNや英国のチャンネル4、ロシア政府系のRTなど、ホーナー氏は様々なメディアに露出していく。

そして2017年3月8日、ホーナー氏はベルギー・ブリュッセルの欧州議会で開かれたフェイクニュースのイベントに招かれ、ジャーナリズムやメディア・リテラシーの専門家らとともに登壇。フェイクニュースについての持説を約15分にわたって述べた

ホーナー氏は「よいフェイクニュースと悪いフェイクニュースがある」と言う。自分のやっていることは風刺やパロディーであり、募金活動にも貢献するなど「よいフェイクニュース」なのだと。

私は人々を教育し、と同時に楽しませるために、風刺をやっている。人々はそれを誤解している。(中略)排除されるべき多数の"悪いフェイクニュース"があることは私も認める。何の目的も気の利いたところもないものを、配信し、広告収入を得るためだけにやっている。私の場合は、収入への関心はずっと低い。フェイクニュースをやっている人々の中で、専門家としてインタビューを受けているのは私だけだ。それだけ自分のやっていることに誇りがあるからだ。

そして、主張はいつしかメディア批判へと展開していく。

すべてのメディアはフェイクニュースだ。あらゆるメディアは読者を獲得しようとする。真実を報じるジャーナリズムの誠実さよりも、多くの広告収入を得ようとする。それは最悪のフェイクニュースの犯罪者だ。リアリティに疑問を持つことを人々に気付かせる。それが私

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