ジャーナリズムを支える金に色はついているか?

米国のジャーナリズムは、様々な富豪の資金力によって支えられている面がある。ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズ、さらには調査報道のベンチャーまで。では、その金に色はついていないか?

米国のジャーナリズムは、様々な富豪の資金力によって支えられている面がある。ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズ、さらには調査報道のベンチャーまで。

では、その金に色はついていないか?

そんな疑問を突きつけるニュースがネットで話題を呼んでいる。キーワードは「ウクライナ」「イーベイ」「スノーデン」だ。

●ドリームチームの誕生

オークションサイト「イーベイ」の会長、ピエール・オミディア氏が、ウクライナ政変に絡み、前政権への反対運動グループに、米政府とともに多額の資金提供をしていた――ニュースサイト「パンドデイリー」は2月28日にそんなスクープ記事を掲載した

オミディア氏と言えば、一時はワシントン・ポストの買収も検討したという富豪だ。

ポストは結局、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏が2億5000万ドルで買収した。だがオミディア氏は昨年10月、それと同じ金額で、新たなニュースベンチャー設立を表明する。「ファースト・ルック・メディア(FLM)」だ。

このニュースベンチャーに参加したのは、英ガーディアンのコラムニストとして米国家安全保障局(NSA)の極秘情報収集活動(スノーデン事件)のスクープを手がけたグレン・グリーンワルド氏著名ジャーナリストや、ブロガーでニューヨーク大学のジャーナリズム教授、ジェイ・ローゼン氏ら名だたるメンバー。いわば、新しいジャーナリズムのドリームチームだ。

そして、今年2月にはFLMが配信する最初のデジタルマガジン「インターセプト」を公開、本格始動したところだった。

●ウクライナ政変への資金提供

そこで出てきたのが、ウクライナ政変の問題だ。

これを報じたハンドデイリーによると、親欧米の反前政権派(反ヤヌコビッチ派)に資金提供をしていたのは、まず米国の対外援助の窓口機関である国際開発庁(USAID)。この米政権による資金提供以外で、大口援助を行っていたのが、オミディア氏の慈善団体「オミディア・ネットワーク」だという。

資金提供先は、2004年のオレンジ革命で親欧米政権を打ち立てたユーシェンコ元大統領の側近で副首相でもあった、オレー・リバチュク氏が会長を務めるNGO「センターUA」。反ヤヌコビッチ派の市民団体連合「ニューシチズン」の中核団体だという。

パンドデイリーが引用するウクライナの英字紙、キエフ・ポストのデータでは、センターUAの2012年の年間予算50万ドルの36%、20万ドル近くがオミディア・ネットワークから提供され、54%はUSAIDが提供していたという。

まだ、2011年には、オミディア・ネットワークから「センターUA」に33万5000ドルが資金提供されている、という。

●報道機関の〝利益相反〟

エドワード・スノーデン氏が持ち出したNSAの極秘資料を一手に握るグリーンワルド氏をニュースベンチャーに雇い、一方では米政府と足並みをそろえてウクライナの政変を支援する――これは報道機関としては最悪の利益相反ではないか、とパンドデイリーは指摘している。

それによると、資金提供は2011年から2年間で33万5000ドル、そして2013年に77万ドルで、計110万5000ドル。日本円で1億円以上の資金だ(※パンドデイリーが2012年分としていた20万ドルは、33万5000ドルの中に含まれるようだ)。

そしてリリースは、「私たちの資金援助の結果として、センターUAが成し遂げ、推し進めたことを誇りに思う」とも述べている。

●ジャーナリズムの独立

グリーンワルド氏も「ジャーナリズムの独立性の意味について」という文章で反論している。

「グーグルを5分調べれば、オミディア・ネットワークがウクライナの問題にされている団体、センターUAを支援していることは公知の事実だとわかる:オミディア・ネットワークは当時、声明を出しているし、ウェブサイトにも掲載しているからだ」

そして、オミディア・ネットワークの資金提供については、パンドデイリーの報道まで知らなかったとも明かした。なぜなら、「インターセプト(ファースト・ルック・メディア)」では、完全な編集の自由とジャーナリズムの独立が保障されているため、オミディア氏の政治的な見解には関心もないし、何の影響もないからだ、と。

パンドデイリーの記事を書いたマーク・エイムズ氏も認めていることだが、パンドデイリーも富豪たちの出資で成り立っている。その中には、オミディア氏のイーベイの社外取締役を務める投資家で、初期のブラウザー「ネットスケープ」の開発者、マーク・アンドリーセン氏や、イーベイ傘下のネット決済サービス「ペイパル」の創業者、ピーター・シール氏もいる(ちなみに前回「ビットコインは『通貨のインターネット』か」でも紹介したが、アンドリーセン氏は代表的なビットコイン投資家の一人で、シール氏もビットコイン関連ベンチャーへの投資で知られる)。

シリコンバレーの世間は狭い。だが、妙な気遣いをしてないところが、ジャーナリズムとしては、健全といえば健全だ。

グリーンワルド氏は、パンドデイリーにこんな反論もしている。

「アンドリーセン氏は、(共和党大統領候補だった)ロムニー氏の支持者だし、NSAの最も熱心な擁護者の一人だ。ペイパル創業者のシール氏の会社、パランティール・テクノロジーズは、多くのCIAの仕事を請け負い、ジャーナリストやウィキリークス支持者、商工会議所の批判派に対する謀略を暴露されたことがある」

●発行人としての立場

これに対して、パンドデイリーの調査報道エディター、ポール・カー氏はこう反撃する

「記事のポイントは、オミディア氏とファースト・ルック・メディアが、繰り返し、米国政府の権力に対峙すると表明していながら、一方では米国政府とともに資金提供を行い、外交政策を自らの世界観に沿うよう仕向けようとしている点だ」

そして、アンドリーセン氏もシール氏も、パンドデイリーの出資者ではあるが、取締役ではなく、編集チームとも分離されている、と指摘する。

「ピエール・オミディア氏は、ファースト・ルック・メディアの出資者というだけでなく、創設者であり、発行人だ」

●ルールを表明する

これには様々な反響があった。

ワシントン・ポストのメディアブログを担当するエリック・ウェンプルさんは、この件を「スキャンダル」と表現したり、オミディア氏が米国政府と協力関係にあるかのような印象を与えるのは、パンドデイリーが煽り気味のところもある、と指摘する。

その上で、こう述べる。

「グリーンワルド氏がオミディア氏の事業の利害に見て見ぬふりを決め込むのは、逃げ口上のように感じられる。ジャーナリズムの倫理に拠って立っているようには見えない」

ウェンプル氏は、グリーンワルド氏とのQ&Aも、ブログに掲載している。

さらに、著名ブロガー、ライターであり、ニューヨーク市立大学のジャーナリズム准教授でもあるジェフ・ジャービス氏も議論に加わっている。

ジャービス氏はグリーンワルド氏の反論を支持する。そして、この機会に、ファースト・ルック・メディアの立ち位置や独立性、透明性をはっきりと読者に向かって表明してはどうか、と提案する。

●富豪はほかにもいる

富豪がメディアに出資している例はほかにもある。

ニューヨーク・タイムズには、メキシコの富豪でフォーブスの2014年版世界長者番付2位(※1位はビル・ゲイツ氏)のカルロス・スリム氏が出資している。

4位の著名投資家、ウォレン・バフェット氏も、69紙もの新聞社を買収している(ちなみに、アマゾンのベゾス氏は18位、オミディア氏は162位だ)。

ファースト・ルック・メディアのような〝騒動〟は、今後も起きるだろう。

ジャービス氏の提言は、割といいポイントかもしれない。

※【追記】

文脈は違うが、ウクライナ政変をめぐる〝メディアスキャンダル〟は他にもある。フォーブスだ。

ウクライナの新興財閥で、ヤヌコビッチ前大統領ともつながりのあったセルゲイ・クルチェンコ氏が、政変の中で、国庫から10億ドル以上を盗み出し、行方をくらましてしまった、という疑惑だ。ウクライナ警察とEUが行方を追っているという。

フォーブスの発行人、ミゲル・フォーブス氏が昨夏、そのクルチェンコ氏にフォーブス・ウクライナ版を売却することを承認しており、非公式なアドバイザー契約にもサインしていた、とバイラルメディア「バズフィード」が報じたのだ

いろんなことが起きる。

※【追記2】

GQ JAPANのウェブサイトに、「ジャーナリズムの伝統と流行」というテーマで、筆者のインタビュー記事が掲載されている。「ジャーナリズムが得た新たな表現方法──平和博」。よろしければどうぞ。

(2014年3月10日「新聞紙学的」より転載)

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