ニューヨーク・タイムズ、〝増益の謎〟と編集局のコスト削減

純利益は好調だ。四半期で5169万ドル(48.2%増)。通年では6325万ドル(89.9%増)とほぼ倍増している。ただ…

ニューヨーク・タイムズが4日、2015年の第4四半期と通年の決算発表をした。いずれも売上高はほぼ同額なのに、純利益が四半期で約50%増、通年で約90%増、という奇妙な結果になっている。

この増益はただ見かけで、早急に組織効率化に踏み出さないと手遅れになる――。

社内メモからは、そんなタイムズの危機感が伝わってくる。

●紙の減収とデジタルの増収

タイムズの決算発表によると、第4四半期の売上高は4億4469万ドル(約520億円)で前年同期と変わらず。通年では15億7922万ドル(約1846億円)で0.6%減だった。

紙の減収で、デジタルの増収がほぼ相殺されている形だ。

購読収入で見ると、第4四半期が2億1330万ドル(前年同期比1.3%増)、通年で8億4550万ドル(前年比1.0%増)。

このうちデジタルのみは、四半期で5040万ドル(13.3%増)、通年で1億9270万ドル(13.8%増)と順調に伸び、紙の落ち込みを支えている。

昨年7月末に100万人を突破したデジタルのみの購読者数は、第4四半期に5万3000人増加し、昨年末で109万4000人(前年比20%増)になっている。

広告収入では、四半期が2億485万ドル(1.3%減)、通年で6億3871万ドル(3.6%減)。

四半期では紙が6.6%減に対し、デジタルが10.6%増。デジタル広告収入は6990万ドルで、広告収入全体の34.1%。

通年でも、紙の落ち込み(8.0%減)をデジタルの伸び(8.2%増)で埋めている。通年のデジタル広告収入は1億9710万ドル。

●増益の〝原資〟

だが、純利益は好調だ。

四半期で5169万ドル(48.2%増)。通年では6325万ドル(89.9%増)とほぼ倍増している。

ただ、この利益の増額分は、ある支出項目の減額分と符合している。

通年で見ると、2014年の退職手当は3608万ドルだったのが、2015年では703万ドル。実に80%減、金額にして2905万ドルの減額だ。

結果的に、この退職手当の減額分が、ほぼ2015年の純利益の増額分を生み出している形になる。

この減額分がなかったとすると(退職手当が前年と同額だったと仮定すると)、計算上、通年の純利益は3420万ドルとほぼ半減し、対前年の伸び率はわずか2.7%になってしまう。

デジタル化に向けた、幹部級を対象としたリストラだった。

この時には、経済専門の名コラムニストとして知られたフロイド・ノリスさんや、論説委員のデビッド・ファイアストーンさんら、数々のベテランがタイムズを離れ、メディア界の大きな話題にもなった

今回の純利益倍増の〝原資〟のかなりの部分は、この前年の大リストラのコストだったと見ることができる。

そしてタイムズの実態は、紙とデジタルの相殺により、成長が伸び悩みの状態ということになる。

タイムズは、昨年10月にまとめた戦略ペーパー「未来への道」の中で、2020年までの5年間で、デジタルの売上高を4億ドルから8億ドルに倍増する、という目標を掲げている。

そのためには、限られた社内資源をよりデジタルに投下していく必要がある。

そこで、バケー編集主幹が切り込むのは、レガシー(過去の遺産)な組織体質や文化が残る、編集局のコスト削減だ。

●「我々は財政難にある」

ジャーナリズムと、そのプレゼンテーションの新たなスタイルの実験は、編集局内に素晴らしい創造性を巻き起こした。しかし、新しいものと古いもののバランスをとるうち、記者、編集者たちは、時に疲れ果て、困惑することもあった。つまり、我々は次々に仕事を追加してきた。すばらしいビジュアルジャーナリズム、ライブニュースブログ、迅速な独自ニュース、ポッドキャストなどを、拡大し続ける新たな競争相手と、増え続けるニュースに対峙しながら続けてきたわけだ。何かを取りやめたりすることも、一切なく。

ここで一息ついて、この先、我々の報道は、そしてニューヨーク・タイムズの編集局はどうあるべきか、共有ビジョンを考える時だ。

ただ、その内容は「一息つく」といった表現とは裏腹の、シビアな提案になっている。

編集局改革をリードするのは、ワシントン支局長からデータジャーナリズムページ「アップショット」の創刊編集長になったデビッド・レオンハートさんだ。

レオンハートさんは、同紙コラムニストへの就任が決まっているが、執筆開始を夏まで延期し、改革に取り組むことになる。

バケーさんのメモは、こう続く。

どの速報ニュースにより注目すべきなのか、デジタル、印刷、ビジュアルのリソースを総動員するほどの重要度ではないニュースとは、どれか。我々の強力なデスク体制は、担当部がわかりにくい大ニュース―例えば気候変動や教育―の取材に効果的だろうか。それとも、時にはその体制が邪魔になっているか? 我々は編集の仕事を大変重視している。しかし、デジタル時代に、すべてのニュースのすべての更新作業を、全く同じレベルで続けていく必要があるだろうか?

記事の編集作業もメリハリを持たせて、省力化・効率化できるんじゃないか。バケーさんは、そう指摘しているわけだ。

さらには、こうも言う。

担当分野の重複を解決せずにきたため、どれだけの取材が重複してしまっているのか? 編集局の中で、十分なスピードで成長できていない部署はどこか? 編集局がよりグローバル対応にフォーカスする場合、どのように変化するべきか?

編集局の神経に触れる、〝縄張り争い〟にメスを入れるとも言っている。さらに、デジタル対応、グローバル対応で動きの遅い部署はないか、と。

そして、メモはコスト削減に切り込む厳しい文言が並ぶ。

もちろん、コストもこの取り組みポイントだ。ビジネスは変化している。デジタルの売り上げは堅調に伸びているが、紙のビジネス部門での落ち込みの影響を受け続けている。つまり、タイムズは注意深くコストを管理し続ける必要があるということだ。

(中略)

これはごくシンプルな事実だ。経済的な成功と我々のジャーナリズムの発展を、長期にわたって確実なものにするには、タイムズは全社的に、賢明な判断によるコスト削減を受け入れていく必要がある。それは、編集局も例外ではない。

我々が取り組むすべてのことは、(ジャーナリズムとしての)使命、あるいは収入を生み出すことにつながる必要があり、それが我々のジャーナリズムの優位性を維持することになるのだ。いくつかの取り組みは中止し、一方でタイムズを際立たせるような、新たな分野をつくり出す必要もある。我々は、真っさらな目で、報道のあり方を吟味しなければならない。それは読者に最も知るべきことを伝えるという喫緊の目標にかなうものなのか、それとも、これまでの古い習慣を優先させてしまっているのか。

1300語を超す長いメモは、編集局の組織体質そのものの改善を迫る内容だ。

ニューヨーク・タイムズ自身が決算を伝える記事の中で、バケーさんのこんなコメントが紹介されている。

我々は読者の閲読スタイルが変わったという事実を認めなければならない。そして、ニューヨーク・タイムズが財政難にあるという事実もまた、認める必要がある。

ウォールストリート・ジャーナルの改革の取り組みと合わせて、編集局改革が今、米新聞界の大きなテーマとなっていることが伺える。

(2016年2月6日「新聞紙学的」より転載)

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1945年8月1日付朝日新聞(東京本社版)1面

1945年8月の新聞紙面

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