ニューヨーク・タイムズのデジタル購読者100万人達成は何を意味するのか

ニューヨーク・タイムズが、6日に発表した第2四半期の決算と合わせて、デジタル版のみの有料購読者が100万人を超えたことを明らかにした。

ニューヨーク・タイムズが、6日に発表した第2四半期の決算と合わせて、デジタル版のみの有料購読者が100万人を超えたことを明らかにした。

By David under Creative Commons license (CC BY-NC 2.0)

有料化から4年半での100万人達成は何を意味するのか?

象徴的なマイルストーン(節目)としての評価がある一方、「タイムズ以外の新聞には何の意味もない」と冷めた見方もある。

ただ一致しているのは、「100万人」が何か特別な福音をもたらす数字ではない、ということだ。

●課金、挫折、課金

タイムズの課金については、2010年1月の計画発表段階(「NYタイムズ『課金』の背景」)や、若者向けモバイルアプリ「NYTナウ」などの課金計画第2弾「ぺイウォール2.0」の準備に取り組んでいた2013年末(「メディアの正しい課金の仕方」)など、継続的に紹介してきた。

タイムズの取り組みは、課金と挫折の繰り返しだ。

2005年の最初の課金「タイムズセレクト」は、読者78万7400人を集めたが、うち紙との併読(無料)を除くデジタルのみの有料購読者は22万7000人(年間購読料49.95ドル)と低迷し、2007年に閉鎖した。

そして、バブルの波に乗って広告モデルに舵を切ろうとした矢先に、リーマンショックに見舞われる。

広告低迷で、再び課金に乗り出したのが2011年3月末だ。

それから4年。当時のCEO(ジャネット・ロビンソンさん)、編集主幹(ビル・ケラーさん→マーシャル・プロジェクト、後任のジル・エイブラムソンさん)、デジタル担当役員(マーク・ニーセンホルツさん)、デジタル担当編集局次長(ジム・ロバーツさん→ロイター→マッシャブル、アーロン・フィルホファーさん→ガーディアン)ら、幹部陣もすっかり入れ替わった。

そして今年7月30日、デジタルのみの有料購読者がついに100万人を突破した。これが、いいニュースであることに間違いはない。

問題は、誰にとって、どういいニュースなのか、という点だ。

●編集局の記者を支える

タイムズを継続的にウオッチしてきた元ナイトリッダー・デジタル副社長のメディアアナリスト、ケン・ドクターさんは、いくつかの数字から今回の100万人達成を読み解いている

まずデジタル有料購読者100万人は、ウォールストリート・ジャーナルの90万人、日経が買収したフィナンシャル・タイムズの52万人に比べても、未来に向けたグローバル展開の足がかりになる数字だ、とドクターさんは見る。

さらに、100万人の購読料(週3.75ドル~8.75ドル)で、今年タイムズが手にする収入は約1億8500万ドルと見立て、編集局の記者1,300人分の経費(×15万ドル+α=)2億ドルにほぼ匹敵する、とも指摘する。

ただ、デジタル化にともなうエンジニアの人件費なども加えると、これだけでは編集局を支える財源にはならない、とも。

収入の構成を見ても、デジタルは購読料で全体の2割強、広告で3割強を占めるにすぎず、紙に依存する状況が変わったわけではない。

ドクターさんはさらに、過去の読者数との興味深い対比もしている。

1995年当時のタイムズの平日の紙の購読者数は150万人。現在は62万5000人と半減以下だが、これにデジタルの有料購読者100万人を足せば、ほぼ同じ読者規模だとし、ここに持続可能なモデルのカギがある、としている。

一方で、タイムズ全体の2013年の売り上げの伸びは0.5%、2014年の伸びは0.7%、つまりゼロパーセント台で伸び悩んでいる現状も指摘している。

先にあげた若者向けモバイルアプリ「NYTナウ」も、昨年4月に月額7.99ドルの有料でスタートしたが、不振続きで今年5月には無料化に踏み切るなど、デジタル戦略の二の矢、三の矢が見通せてはいない。

●「何の意味もない」

どうみても、これは素晴らしい快挙だ―しかし、タイムズのこの課金の成功は、他の新聞社やメディア企業にどんな意味を持つのだろうか?

その答えはこちら:実質的に何の意味もない、だ。

そう辛口の論評をしているのは、やはり新聞出身の人気ブロガーで、現在はフォーチュンのシニアライター、マシュー・イングラムさんだ。

イングラムさんは、極めて現実的な問いかけをする。

平均的なユーザーは、いくつのメディアやニュースソースに金を払おうとするか? いくつの新聞社のアプリをダウンロードするか? どれだけの新聞社の課金サイトに月々の購読料を払うだろうか? その答えは、あって1つ、それどころか全然なし、という方が現実的だろう。

その限られた〝1席〟を、ジャーナリズムの質もブランド力もずば抜けているニューヨーク・タイムズが押さえているということだ、とイングラムさんは指摘する。

イングラムさんは、以前からメディアの「バーベル理論」を提唱している(「『プラティッシャー』の頓挫:〝バーベルの中間〟はデッドゾーン」)。

グローバルな競争力とブランド力がある大手と、ローカルなニッチに根を張る小規模メディアには持続可能性があるが、その間の中規模メディアに待っているのは〝死の谷〟だ、と。

つまりグローバルブランドのトップクラスにあるニューヨーク・タイムズの100万人達成は、他の新聞社やメディアには学ぶ点も、入り込む余地もないのだ、と。

そしてドクターさんの指摘と同様、そのタイムズ自身にとっても、この達成が長期的戦略にどうつながっていくのかは、なお不透明なのだ、と。

●100万人の〝天井〟

タイムズは課金を実施する前、マッキンゼーに市場予測を依頼していたという。

このときマッキンゼーは、月額購読料15ドル~30ドルのケースで購読者は100万人以下。80万~90万人規模にとどまる、と見積もったようだ。

実際の購読料は月額に換算すると15ドル~35ドル(ウェブ+スマホ、ウェブ+タブレット、デジタル全部の順に購読料が上がる)でほぼ予測と同じ価格帯。

つまり、100万という数字はあらかじめ想定購読者数の〝天井〟として設定されていたわけだ。

それを乗り越えたタイムズ社内の心理的インパクトは、大きいだろう。

それぐらいは、同業者としてお祝いしておきたい。

(2015年8月8日「新聞紙学的」より転載)

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