ピュリツァー賞記者たちがPR業界に転職していた理由

ピュリツァー賞が発表された20日、かなり残念なニュースもあわせてネットを駆け巡った。受賞の知らせを受けた新聞社の中で、少なくとも2人の記者が、すでにジャーナリズム業界から転職していた、というのだ。

98回を迎える今年のピュリツァー賞が発表された20日、かなり残念なニュースもあわせてネットを駆け巡った。

受賞の知らせを受けた新聞社の中で、少なくとも2人の記者が、すでにジャーナリズム業界から転職していた、というのだ。

転職先は、いずれもPR業界。その転職理由は「暮らしていけない」という切実なものだった。

米国の職業ランキングで、新聞記者が木こりと最下位を争う厳しい状況にあることは、「『最下位の職業』新聞記者のサバイバルに必要な、シンプルな4つの心得」で紹介したばかりだ。

それに、追い打ちをかけるようなニュースではある。

●記者7人の報道局

今年のピュリツァー賞で注目を集めたのは、地域報道部門で受賞したカリフォルニア州南部、トーランスのローカル紙「デイリー・ブリーズ」だ。

財政難の学校区教育長らによる法外な不正報酬の実態を明らかにした、調査報道が対象だった。

記者はわずか7人、6万3000部の同紙がピュリツァー賞を受賞するのは今回が初めてだという。

だが、50本以上の記事を書いたメインライター、ロブ・クズニアさんは、すでに昨年8月に同紙を退職。

南カリフォルニア大学でホロコーストのアーカイブ化に取り組むショア財団の広報部門に転職していたのだという。

●生活できない職業

ニュースサイト「デイリービースト」のインタビューに、クズニアさんはこう答えている

家賃を払うことはできた。でも、それ以上のことは何もできなかった。貯金は無いに等しく、持ち家なんて全くの夢物語だった。

大学卒業後、様々なローカル紙で経験を積み、デジタルの激変にももまれ、リストラも経験したクズニアさん。

ロサンゼルスの高額な家賃は、クズニアさんとウェブデザイナーのガールフレンドの収入を合わせても、かつかつだったという。

38歳だったクズニアさんは、40代を前にして、気持ち的にも追い込まれていたようだ。

家賃は払えたが、それもかなり厳しかった。そして次第に怖くなってきたんだ。

同紙には5年いたが、結局、転職を決意した。

ピュリツァー賞受賞の知らせを受け、クズニアさんはかつての職場を訪れ、元同僚たちと祝杯をあげたという。

ロサンゼルス・タイムズやニューヨーク・タイムズから声がかかるかもしれないが、との質問に、クズニアさんはこう答えている。

どう返事をするか、どんなリアクションをするかなんてわからない。でも、もしそんなチャンスが来るんなら、思い切ってやってみるんじゃないかな。

●仕事と家庭のバランス

7部構成の長期企画「死が2人を分かつまで」で地元の「ドメスティックバイオレンス(DV)」の実態とその背景を追ったのは、報道局77人、発行部数約8万部という新聞社だった。

その署名欄に名を連ねるナタリー・カウラ・ハウフさんも、やはり受賞の発表前に、同社を退職していた。

コロンビア・ジャーナリズム・レビュー」などが伝えているところによると、受賞を知った瞬間、転職先の郡庁舎で、ハウフさんは泣き崩れたという。

直前まで警察担当記者だった31歳のハウフさんは、この企画では、データ分析を担当していた。

だが、昨年8月、記事が掲載される数日前に同社を退職。チャールストン郡の広報担当官の職についたようだ。

最近、結婚して、子どもも欲しいと持っているハウフさんは、こう思ったという。

妊娠して、あるいは生まれたばかりの赤ちゃんがいて、事件現場にいる自分を考えてみた。仕事は一生懸命やりたいと思うけれど、でもそんな自分を想像できなかった。人生のこの時点で、これは正しい判断立ったと思う。

つまり、仕事と家庭のバランスが問題だったのだ、と。

今も広報の仕事をしつつ、利益相反にならないテーマで、フリーライターとして同紙に記事を書いているのだという。

●記者を引きつけるPR業界

ワシントン・ポストのブログは、ピュリツァー受賞者が2人もPR業界に転職していたことの背景を追っている。

一つは、大都市への記者職の集中だ。

ワシントンではこの10年で記者が1,450から2,760人へとほぼ倍増しており、ロサンゼルスでも20%増、ニューヨークは横ばい。

だが、それ以外の地域では、合わせて1万2000人の記者職が失われたという。

一方で、PR業界では三大都市以外の地域で、2万人近い採用が行われており、13%の増加となっているようだ。

さらに年収。

PR業界はこの10年右肩上がりで20万ドル(約2400万円)を超えているが、記者は5万ドル(約600万円)を割り込んでいる。

ジャーナリズムにとっては、切実な話だ。

(2015年4月25日「新聞紙学的」より転載)

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