トランプ政権が暴露報道の「摘発」宣言。影落とすオバマ政権の先例

トランプ政権発足以来、米メディアによる暴露報道は一向に弱まる気配がない。

トランプ政権発足以来、米メディアによる暴露報道は一向に弱まる気配がない。

これらが「違法な情報漏洩」だとするトランプ大統領の意向を受け、セッションズ司法長官は4日、情報漏洩の「摘発」強化宣言を行った。

捜査件数も急増しているとし、連邦捜査局(FBI)に漏洩捜査の専門部署を新設したことも明らかにしている。

政権とメディアの緊張が、一段と高まっていることを示す動きだ。

ただこの宣言には、オバマ前政権による、情報漏洩に対する締め付け強化が影を落とす。

前政権の8年の間に摘発された情報源は9人に及び、「歴代最悪」と言われる先例を残したためだ。

すでにトランプ政権発足前から、オバマ政権の先例が「報道の自由」に対するトランプ政権への「手引書」になるのでは、と指摘していた専門家もいる。

●「刑事訴追も辞さない」

司法省は国民の信頼を乱用する者たちには、法的に、然るべき刑事訴追をすることも辞さない。

4日、ダン・コーツ国家情報長官とともに会見に臨んだセッションズ氏は、情報漏洩に関する取り組みについて、こう宣言した

セッションズ氏は、情報漏洩に関する捜査件数は、すでにオバマ前政権から引き継いだ数の3倍に増加している、と指摘。「大統領に強く同意し、膨大な数の情報漏洩によって国を守るべき政府の機能が阻害されていることを断固として非難する」などと述べた。

トランプ大統領は、特に政権発足以来、自身に批判的な報道に対し、匿名の情報源によるものである点などを挙げて「フェイクニュース」と繰り返し非難。漏洩への取り締まり強化を掲げてきた。

そして政権発足の翌月には、すでに「記者の投獄」を口にしている。

5月に明らかになった前FBI長官、ジェームズ・コミー氏のメモによれば、トランプ氏は2月、コミー氏に対し、機密情報を報じたジャーナリストは「投獄せよ」と話していたことが明らかになっている。

もっとも、トランプ氏自身も、5月にホワイトハウスでロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と会談した際、イスラエル当局が提供したものとされる「イスラム国」に関する機密情報を明らかにした、として「漏洩」批判の矢面に立たされた経緯もある

だが、一向に止まない暴露報道に苛立ったトランプ氏は7月25日、その矛先をセッションズ氏に向け、ツイッターで公然と名指しの批判をしていた。

ジェフ・セッションズ司法長官は、ヒラリー・クリントン氏の犯罪(電子メールと民主党全国委員会のサーバー問題)それに情報漏洩者たちに対して、極めて弱腰の姿勢を取ってきた!

セッションズ氏が摘発強化宣言の会見を開いたのは、それから10日後のことだった。

●ジャーナリストへの「締め付け」

セッションズ氏は、トランプ政権になってからすでに4件の情報漏洩事件を立件したと述べている。ただ、このうち報道に関わるのは1件のみ。

調査報道サイト「インターセプト」が6月、ロシアのサイバー攻撃に関する国家安全保障局(NSA)の機密指定報告書の内容を報道したことをめぐり、政府の請け負い事業者の女性が、その情報源として訴追された事件だ。

そしてセッションズ氏が掲げたのは、情報源への摘発強化だけではない。

暴露報道をめぐる、ジャーナリストへの「締め付け」についても会見で明言している。

我々は報道が担う重要な役割に敬意を払っているし、報道機関にも敬意を払うつもりだ。だが、それは無条件ではない。(政府関係者の)生命を危険にさらすようなことがあれば、処罰を免れることはできない。

ここで言う「生命を危険にさらす」とは、情報漏洩とそれによる報道が、情報機関の担当者を危険な立場に追いやる、と主張しているようだ。

セッションズ氏は具体的に、司法省の情報漏洩の捜査と訴追に関するガイドラインの見直しに着手していることを明らかにしている。

このガイドラインには、情報漏洩に関する報道機関のジャーナリストの扱いについて、「報道の自由」との兼ね合いから、通話記録の押収や召喚などについて、高いハードルが設定されている。

見直しによって、そのハードルが下がる可能性が出てきたということのようだ。

●メディアの反論

セッションズ氏の会見には、即座にメディア幹部からの反論も表明された

ワシントン・ポストの編集主幹、マーティー・バロン氏は、こう述べている。

セッションズ氏は生命を危険にさらす、と述べた。我々はそんなことはしていない。我々が取り組んできたのは、政権当局者たちの発言や行動についての真実を明らかにすることだ。多くの場合、我々の事実に基づく報道は、政権による虚偽の声明を否定することになっているが。

また、ニューヨーク・タイムズの編集局次長、マット・パーディー氏もこう指摘する。

政府に気まずい思いをさせる暴露と、人の命を危険にさらず暴露は別物だ。我々は人の命を危険にさらすような情報は掲載したことがない。

●「秘密を暴く、より多くのジャーナリストを」

暴露報道に対するトランプ氏の攻撃をめぐっては、これまでもメディアから反論の声が上がっていた。

ワシントン・ポストのコラムニスト、マーガレット・サリバン氏は、トランプ氏が報道への攻撃を強めていた6月のコラムで、プロパブリカ創設者、ポール・スタイガー氏のこんなスピーチを紹介している。

秘密を報道することが、国の安全を脅やかすわけではない。秘密を報道することで脅かされるのは、それを秘密にしてきた人々だ。誰にも見られていないと思った時、権力者たちが何をするのか。報道によって私たちはそれを知ることができ、公共の利益は守られるのだ。

そしてスタイガー氏は、こう指摘していた。「私たちは、より多くの秘密を暴く、もっと多くのジャーナリストが必要だ。より少なく、ではない」

さらにサリバン氏はコラムの中で、ベトナム戦争の極秘報告書「ペンタゴン・ペーパーズ」や調査報道がニクソン大統領辞任に追い込んだ「ウォーターゲート事件」、NSAによる世界的な情報監視の実態を暴いた「スノーデン事件」など、情報漏洩がなければ、社会が知ることのなかった事実を改めて呼び起こした。

●オバマ政権の先例

ただ、情報漏洩に関して、締め付けの姿勢を強く打ち出したのはトランプ政権が初めてではない。

よく知られているのは、オバマ前政権だ。

NPO「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」は2013年10月、オバマ政権による情報漏洩の取り締まりと情報監視の実態をまとめた特別報告書を公開している

執筆を担当したのはワシントン・ポストの編集主幹、副社長を務めたレナード・ダウニー氏と、CPJのサラ・ラフスキー氏だ。

報告書は、その突出ぶりをこう指摘している。

(オバマ政権発足の)2009年以降、6人の政府職員とエドワード・スノーデン氏を含む2人の外部嘱託が、報道機関に機密情報を漏洩したとして1917年スパイ防止法違反で刑事訴追されてきた――これに対して、歴代政権では同種の訴追は合わせて3人しかいない。そして、さらなる漏洩事案についての刑事捜査も継続中だ。

●トランプ政権への「手引書」

大統領選の期間中から、一貫してメディアに批判的な立場をとってきたトランプ氏の当選を受けて昨年末、すでに情報漏洩に対する締め付けの危険性を指摘していたのが、ニューヨーク・タイムズ記者、ジェームズ・ライゼン氏だ

ライゼン氏は9.11同時多発テロの取材チームのメンバーとして2002年にピュリツアー賞を受賞。さらにブッシュ政権による令状なしの国内盗聴の実態などを暴き、2006年にも同賞を受賞している

そして、2006年の著書『戦争大統領 CIAとブッシュ政権の秘密』で、米中央情報局(CIA)によるイラン核開発の妨害工作を暴露。その情報源の証言拒否をめぐり、最高裁が「情報源の秘匿」を否定したことでも知られる。ブッシュ、オバマ両政権を通じて、この問題の渦中にいた人物だ。

ただこのベテランジャーナリストも、先月末、ニューヨーク・タイムズのリストラ(早期退職募集)に応じて、同紙を去ることが明らかになっている

記事の中でライゼン氏は、こう予言していた。

もし、ドナルド・トランプ氏が大統領として、記者に連絡しようとした内部通報者を投獄したり、FBIにジャーナリストのスパイをさせようとするなら、そのような権力の膨張を、遺産として残してくれたことに感謝すべき人物がいる。バラク・オバマ氏だ。

そして、オバマ政権時代に、ブッシュ政権よりも厳しい締め付けが行われた情報漏洩の実態をつづっている。

その一例として挙げるのが、当時のフォックス・ニュースのワシントン支局長、ジェームズ・ローゼン氏のケースだ。

ローゼン氏による北朝鮮の核開発疑惑報道をめぐり、司法省は、同紙をスパイ容疑の「共謀者」と認定。個人用のGメールのアカウントまで捜索令状の対象とし、役所の入退出記録、さらに通話のタイミングまで追跡していたことが、裁判資料などから明らかになっている。

このようなジャーナリストへの行動追跡が先例とされ、さらにライゼン氏自身の裁判では、「情報源の秘匿」までが最高裁によって退けられている。

ライゼン氏は、こう指摘していた。

報道の自由の擁護者たちは、すでにトランプ氏が司法長官に指名したジェフ・セッションズ上院議員の下で、司法省がジャーナリストやその情報源の追及に動くのではないか、と懸念している。少なくとも、オバマ氏がやったのと同じぐらいには、攻撃的に。(メリーランド大学ジャーナリズムスクール学部長)のルーシー・ダルグリッシュ氏は、もしセッションズ氏がそのような動きを見せるなら、「オバマ氏が、その手引書を渡した、ということです」と述べている。

政権発足から半年。ライゼン氏の予言は、ますます現実味を帯びている。

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(2017年8月5日「新聞紙学的」より転載)

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