民主党スタッフ射殺事件とウィキリークス:フェイクニュースはなぜ再び拡散したのか?

この拡散は、トランプ政権中枢とロシア政府とのつながりが指摘される”ロシア疑惑”が注目を集めるさ中に起きた。

米民主党スタッフの射殺事件をめぐり、昨夏から流れていたフェイクニュースが、今年5月半ばになって突如、ネットで再び拡散した。

米大統領選で起きた民主党のメール流出とウィキリークスによる暴露は、このスタッフの仕業で、その隠蔽のために殺された――。

そんなフェイクニュースを改めてFOXニュースが報じたことなどが、きっかけだ。そしてこの拡散は、トランプ政権中枢とロシア政府とのつながりが指摘される"ロシア疑惑"が注目を集めるさ中に起きた。

フェイクニュースは、元下院議長のニュート・ギングリッチ氏や保守派のパーソナリティー、ショーン・ハニティ氏らも拡散。

これに拒否感を示した企業が、FOXからの広告の引き上げに動き始める展開となっている。

●FOXニュースが報じる

「殺害された民主党全国委員会スタッフがウィキリークスと接触、複数の情報筋が証言」

FOXニュースがそう報じたのは5月16日だ。

昨年7月10日、ワシントンDCの自宅からすぐ近くの路上で銃撃された民主党全国委員会のスタッフが、数千通におよぶ内部メールをウィキリークスに流出させていたことが、捜査関係者らのFOXニュースへの証言でわかった。

米大統領選さ中の昨年6月15日、民主党全国委員会にサイバー攻撃があり、メールなどの内部文書が流出していたことが、調査にあたったセキュリティ会社「クラウドストライク」によって明らかにされた

その手口から、ロシアの情報機関傘下にあるハッカーグループ「ファンシーベア(別名・APT28)」によるものとされた。これは、今年1月に米情報機関がまとめたロシア政府による米大統領選介入に関する報告書でも同様に認定されている

そのおよそ1カ月後、民主党の大統領候補を指名する全国大会が開かれる直前というタイミングの7月22日に、告発サイト「ウィキリークス」が6万通を超す民主党全国委員会の内部メールや文書の公開を始める

公開された中には、全国委員会のデビー・ワッサーマン・シュルツ委員長のメールもあり、クリントン氏と民主党大統領候補を争ったバーニー・サンダース氏について、「大統領にはならない」などと否定的な内容や、選挙運動の妨害を伺わせる内容が含まれていた。

この流出の余波で、シュルツ委員長は全国大会開幕の前日、24日という異例タイミングで辞任に追い込まれている

●民主党スタッフ射殺事件

この騒動の中で、民主党全国委員会スタッフの射殺事件が起きていた

7月10日の日曜日、午前4時20分、ホワイトハウスの北東3キロの路上で、セス・リッチ氏27歳が背中などに数発の銃撃を受け、死亡した。

現場は、リッチ氏の自宅からわずか1ブロックの場所。警察の調べでは、遺体には争ったあともあり、強盗未遂にともなう犯行、と見られているが、容疑者は見つかっていない。

事件後、この射殺事件とウィキリークスのメール暴露を結びつけるフェイクニュースが流布し始める。

その火付け役の一人は、他ならぬウィキリークス創設者のジュリアン・アサンジ氏だった。「我らの情報源が危険を冒したしたのだろう」と。

●フェイクニュース再燃

このフェイクニュースが再燃したのが、すでに述べた5月16日のFOXニュースの報道だ。

それによると、事件後、殺されたリッチ氏のパソコンを連邦捜査局(FBI)が解析したところ、ロンドン在住のウィキリークスの関係者と連絡をしていたことが判明していた――匿名のFBI関係者がそう証言した、としていた。

その前日夜、リッチ氏の遺族と契約した私立探偵、ロッド・ウィーラー氏が、すでにFOXのワシントンの系列局WTTG-TVに対して、同様の証言を行っており、FOXニュースでもその証言が引用されていた。

だが、これを裏付ける証拠らしきものは、何もなかった。

そして、トランプ大統領支持の右派メディアでスティーブン・バノン首席戦略官兼大統領顧問が会長を務めていた「ブライトバート・ニュース」などが、「民主党へのサイバー攻撃は内部犯行?」などとこれらをすぐさま拡散。

「コミー前FBI長官は殺害された民主党スタッフ、セス・リッチ氏がウィキリークスの情報源であることを知っており、クリントン氏のためにそれを隠蔽した」などとする、フェイクのバリエーションも流布した

この報道にリッチ氏の遺族のスポークスマンが、即座に否定声明を発表する。「何の証拠もない」と。

そして、FOXの系列局に証言したウィーラー氏への法的措置も検討する、とした。

すると、スティーラー氏は一転して、「FOXの記者から聞いた話だ」と証言を翻す。

さらにCNNなどの取材で、私立探偵のウィーラー氏は、FOXニュースのコメンテーターで、ブライトバートにも寄稿している保守派のフィナンシャルアドバイザー、エド・ブトウスキー氏が、リッチ氏の遺族のもとに送り込んだ人物であることも明らかになる。

批判を浴びたFOXニュースは、報道から1週間後の23日になって、こんな声明を出す

5月16日に、2016年の民主党スタッフ、セス・リッチ氏殺害に関する捜査についての記事をFOXニュースのウェブサイトに掲載しました。この記事は当初、すべての記事について課している厳密な編集チェックが行われていませんでした。しかるべき検討の結果、この記事は我々の基準を満たしていないことがわかったため、削除しました。

だが、少なくとも27日時点で、この記事はまだネット上で閲覧可能な状態になっている。

●拡散は続く

このフェイクニュースであることが明らかになった後も、拡散は続く。

元共和党下院院内総務、元下院議長のニュート・ギングリッチ氏は、21日のFOXニュースの番組で、リッチ氏がウィキリークスにメールなどを提供していたと主張。さらにこう述べる。

ロシアによるものではないことはわかった。それはこの若者が行ったことであり、おそらくは民主党全国委員会の腐敗ぶりに嫌気がさしてのことだろう。彼は殺され、そしてこの殺人事件について、何の本格的な捜査も行われていないことは明らかだ。

保守派のパーソナリティーでFOXニュースで番組も持つショーン・ハニティー氏も、FOXが報道を撤回したことを受けても、拡散を続けた。

23日、自らのラジオ番組で、「私はFox.comでもFoxNews.comでもない。私は何も撤回しない」と宣言。こう述べたという。

今や、この件が大問題となったために、"ロシア疑惑"は丸ごと脇へ追いやられている。もし、これがリッチ氏によるものではない、とすると、民主党全国委員会の内部に別の告発者がいる、ということになる。それがウィキリークスへの情報源となった真実の告発者だ。ロシアではない。その告発者がトランプ陣営と協力して動いたことになる。

ハニティ氏が「脇へ追いやられている」と述べる"ロシア疑惑"こそが、このフェイクニュースが突如として再燃したタイミングに影を落としている。

●"ロシア疑惑"とFBI長官更迭

米大統領選における、トランプ陣営とロシア政府との接触疑惑"ロシア疑惑"は、FBIの捜査の対象となってきた。

新政権発足から1カ月足らずの2月13日、"ロシア疑惑"をめぐって国家安全保障担当補佐官、マイケル・フリン氏が更迭されている

加えてその翌月、3月20日に開かれた下院情報委員会の公聴会で、FBI長官のジェームズ・コミー氏は、ロシア政府による米大統領選介入、さらにトランプ陣営とのつながりを捜査中であることを公式に認めたのだ

するとトランプ大統領は1カ月半後の5月9日、コミー長官を突如、解任してしまう。解任の理由には、クリントン氏の私用メール問題の捜査対応に「誤りがあった」ことがあげられていた。

だが、この唐突な解任劇をめぐり、"ロシア疑惑"への注目が一気に高まる。

そしてニューヨーク・タイムズは16日、トランプ氏がコミー氏に対し、2月のフリン氏更迭の翌日、同氏への捜査を中止するよう圧力をかけていた疑いがあることを明らかにしている。

これらの動きを受けて司法省は17日、この"ロシア疑惑"捜査を独立性の高い特別検察官に委ねるとし、元FBI長官のロバート・ミュラー氏を任命した

つまり、コミー長官解任からミュラー氏の独立検察官任命までの"ロシア疑惑"をめぐる大きな山場に、1年前のフェイクニュースが突然、再燃したことになる。

●広告引き上げと両親の願い

そんなフェイクニュース拡散の動きに、拒否感を示す広告主からは、広告引き上げの動きが出始めた

バズフィードなどによると、FOXニュースのショーン・ハニティ氏の番組から、複数社が広告引き上げを表明しているという

メディアチェーンの旧ガネットから分離した放送デジタル企業「テグナ」傘下のCars.comもその一つ。クラウン・プラザ・ホテルなども、広告引き上げを表明しているという。

FOXニュースが記事撤回の声明を出した23日、ワシントン・ポストは、殺害されたリッチ氏の両親の手記を掲載している。両親はそこで、こう述べている。

どうぞ、私たちの気持ちと述べていることに、ご配慮ください。私たちの最愛のセスの思い出と残してくれたものを、政治的な目的のために利用しようとする人々がいます。この人たちは、読者のみなさんの怒りも利用して、私たちの悪夢を永遠のものにしようとしています。うそを広めている人々には、どうぞ私たちに安寧を与えて下さいとお願いします。そして、捜査機関の方々に、私たちの息子の殺害事件解決に必要な捜査のための時間とスペースを与えてください。

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(2017年5月27日「新聞紙学的」より転載)

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