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「出会い系」に翻弄される21世紀のゲイたち

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シノドスは、ニュースサイトの運営、電子マガジンの配信、各種イベントの開催、出版活動や取材・研究活動、メディア・コンテンツ制作などを通じ、専門知に裏打ちされた言論を発信しています。

専門性と倫理に裏づけられた提案あふれるこの場に、そしていっときの遭遇から多くの触発を得られるこの場に、ぜひご参加ください。     シノドス編集長・荻上チキ

はじめに


21世紀初頭におけるゲイ(男性同性愛者)の恋愛では、ゲイ男性向けオンライン・デーティング・サービスが広く利用されています(注)。その中でも、ユーザー一人ひとりが写真付きのプロフィールを持ち、それがスマートフォンの位置情報に基づいて近い順に表示されるスマホアプリがその主流となっています(以下、これを「ゲイアプリ」と呼びます)。

(注)ゲイ男性だけでなく、バイセクシャル男性が利用することもあります。

ゲイアプリは、いわゆる「出会い系」とは違った意義を持ちます。普段の生活で多くの恋愛対象・性的対象と出会える異性愛者にとって、出会い系サービスとは出会いを探すための一つの選択肢に過ぎず、依然としていかがわしい印象があります。しかし現在の日本のゲイ男性は、多くがクローゼットであるがゆえに、普段の生活での出会いが圧倒的に少なく、日常生活とは無関係な所で出会わなくてはなりません。

オープンでない日本のゲイ男性のこれらの課題を解決することに、今最も成功しているITツールが、ゲイアプリなのです。今やこのテクノロジーは、日本のゲイ男性にとって「出会いにおけるインフラ」と化しました。蛇口をひねって水が出るように、当たり前に存在し機能してくれなくては困るものなのです。

これらの画期的なテクノロジーは、ゲイ男性同士の出会いの形や人間関係を劇的に変えました。しかしゲイアプリがもたらしたのは、手軽に他のゲイ男性と出会えるという利点だけではありません。ゲイアプリを用いた活動に対して「疲れ」を感じるゲイ男性を数多く生むことにもなったのです。

本稿の目的


この論考の目的は、以下の二点です。

・ゲイアプリの登場によってゲイ男性同士の関係性がどのように変化したか、またゲイアプリがもたらす関係性が一般的な人間関係とどう違うのかを明らかにすること。

・こうした人間関係においてゲイ男性が感じている「疲れ」の原因を解明し、個人で実践できる対処法を提案すること。

この論考が、「ゲイアプリを使う悩めるゲイ男性」の皆さんが漠然と感じている「疲れ」の構造を理解し、今後どうゲイアプリと付き合っていくかを考える一助になれば幸いです(注)。

(注)また、本稿ではゲイアプリの実名を明らかにした上で、仕様や使われ方について考察しています。スマートフォンアプリは、Webブラウザ上のサービスと異なりクローゼットな印象を与えますが、実際には誰でもアクセスできるものです。この論考の本筋ではありませんが、「ゲイアプリは従来の出会い系掲示板よりアウティングのリスクが少ない」というのは神話であると理解したうえでゲイアプリを使うことを推奨します。

異性愛者の皆さんは、出会い系アプリが当たり前になり、僕たちゲイ男性が今経験しているような「疲れ」を感じるようになる、来るべき日に備えるためにこの論考をご活用ください。インターネットに顔写真を載せることが「危険」とされていた時代は、日本におけるFacebookのユーザー数が急増した2011年に終焉を迎えました。これと同じように、今はいかがわしいとされている出会い系サービスの利用が当たり前になるというパラダイムシフトは、日本社会においても必ず起こります。

AirbnbのCEOが「Tinder」という出会い系アプリでガールフレンドを見つけそれを公然と発表しているように、その流れは既に始まっているのです。日本でも、従来のような強い性愛のイメージを排除した異性愛者向け出会い系サービスの広告をよく目にするようになってきました。異性愛者のみなさんにとっても、僕たちの感じている「疲れ」が他人事ではなくなる日は近いでしょう。

また、僕たちゲイが抱えている悩みの中には、LGBTムーブメントで語られるヘテロノーマティブ(全員が異性愛者であることを前提としている)な社会におけるマイノリティとしての生き辛さだけではなく、ゲイコミュニティ内部で起こる摩擦によるものもあります。つまり虹色の旗をひらめかせているゲイたちは全員が仲良しこよしなわけではないことをお伝えし、マイノリティをマイノリティの目線から見つめる機会にしていただければ、とも考えています。

テクノロジーの変遷


まず、ゲイアプリの新しさを説明する上で、従来用いられてきたゲイの出会いのテクノロジー(手段)の変遷を見てみましょう。ゲイ同士のつながりには、お互いがゲイであるという条件で結ばれたコミュニティ的なつながりと、性愛を媒介にした個人対個人のプライベートなつながりの二種類が考えられます。

森山至貴『「ゲイコミュニティ」の社会学』(2012, 勁草書房)によると、インターネットが登場するまで、ゲイの主な出会いの場は、ハッテン場、ゲイバー、ゲイ雑誌の三つでした。これらにおいては、すべて初期段階ではコミュニティ的なつながりとプライベートなつながりとが混在していました。

例えば、ハッテン場と言えば見ず知らずの人とセックスして終わったら帰る、というイメージがありますが、初期の屋外公衆トイレなどのハッテン場では温かいコミュニケーションが行われることもありました。

「だいたいいつも十人くらいの同じ顔触れで、『しばらく。元気?』なんて言葉を交わしたりして、……」(伏見憲明『ゲイという経験[増補版]』2004, ポット出版, p.326)

ここでは、性行為というプライベートなつながりに加え、挨拶を交わし合うといったコミュニティ的なつながりも同時に発生していました。ゲイバーについても、初期は売春業の営業も兼ねており、おしゃべりを楽しむコミュニティ的つながりだけでなく、プライベートなつながりも発生しました。

ゲイ雑誌においては、同じ雑誌を読んでいる(すなわち雑誌というメディアを介した)者同士のコミュニティ的なつながりと、文通欄のパートナーの募集や「複数名で集まりましょう」といった投稿を通じて発生するプライベートなつながりがありました。

しかし、時代が下るにつれて、これらの場はプライベートなつながりを提供するものとコミュニティ的なつながりを提供するものに分化していきます。ハッテン場は屋内施設化が進むに伴って、よりプライベートなつながりに特化した空間となりました。現代のハッテン場は、照明が暗く、重低音の効いた音楽が流れていて、会話などのコミュニケーション、つまりコミュニティ的つながりが発生しないような設計がされています。

また、ゲイバーも今では性的サービスを提供する店とほぼ分離し、なじみの客同士のコミュニティ的つながりの形成に特化しています。ゲイ雑誌においても通信欄が廃止されるなど、プライベートなつながりを提供する場としては機能しなくなっていきました。

森山がこうした分化を促進した原因として挙げているのが、インターネットの興隆です。1990年代中盤以降、出会いの新たなテクノロジーであるゲイ向けの掲示板やSNSが登場しますが、これによってユーザーは「友達を作りたい」「恋人をつくりたい」といった目的に合わせてピンポイントで手段を選べるようになりました。

このように出会いの手段が充実し総覧的に示されることで、ゲイ男性たちが目的を明確にして振る舞わざるを得ないようになっていき、これに伴い二つのつながりの混在が解消されていったと森山は分析しています。

インターネット以前は、場にプライベートなつながりとコミュニティ的なつながりを求める人が混在していたので、自分が望んでいないつながりを求めている人と会う可能性がありました。そして、相手と自分の求めているものが違う場合でも、「つながらないよりはマシ」と思ってつながってしまうことがあったのです。

しかし、インターネットによる出会いでは、出会う前に何を求めてつながろうとしているのかを知ることができるので、そのようなミスマッチを避けることができるようになりました。このような文脈の中で、プライベートなつながりを提供する最先端の手段として登場したのがゲイアプリです。(注)

(注)ゲイアプリ上では、友達募集・恋人募集・ヤリ目(やりもく:セックスのみを目的とすること)という三つのレーベルがよく使われています。これらは三つともプライベートなつながりですが、その中でも分化が起きており、異なる募集タイプのゲイ男性同士がつながる(会う)ことが防がれる傾向にあります。ヤリ目の人に「今週末美術館に行きませんか?」とメッセしたり、友達募集の人に突然「エッチしましょう」とメッセしてもリアルには至らないでしょう。

ただし、このProfileの「○○募集」という表明がどれほど本心と一致しているかは、状況によっても、個人によっても異なります。ゲイアプリ上でのヤリ目は、社会のオフィシャルな言説の中での「出会い系」が持ついかがわしさに似たイメージを持っており、そのネガティブなイメージを気にして、実際にはセックスの相手を探していてもそれを明言していない人も多く見受けられます。

この場合でも、当人同士が会う(つながる)前にメッセージのやり取りでお互いが本当に募集しているものを判明させることでミスマッチが解消されます。

「ゲイアプリ」とは


それではいよいよ、ゲイアプリの仕様を見ていきましょう。数あるゲイアプリの中から、今回は現在世界・日本で最もシェアの大きいゲイアプリの一つであり、スタンダードな機能を備えている「Jack’d」を通して分析を進めていきます。

Jack’dは、2010年、元祖ゲイアプリである「Grindr」のリリースの一年後に、よりソーシャルな要素を加えて登場しました。Jack’dがどのくらいゲイライフに浸透しているかというと、一般の人にとってのLINEやTwitter並みと言っても過言ではありません。公式HPの発表では、Jack’dはリリースされてから2015年12月までの間に、世界で約500万人のユーザーを持ち、毎日新たに1万ダウンロードされています。

まず、Jack’dのインターフェースとともに、主な機能を説明していきます。

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1.Member・Filter

他のユーザーの写真が、自分のスマートフォンの位置情報から近い順に表示されます。写真をタップすることで、個人のプロフィールを見ることができます。

Memberタブにおいて、Filter機能を使って、身体的特徴・人種・写真の有り無しなどでふるいをかけて表示することができます。このインターフェースとFilter機能が、ユーザーの価値観に大きな影響をもたらします。

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2.Profile・Insight

個人のプロフィールページです。まず、名前、活動拠点、自分からの距離、何分前にアプリを開いたかが表示されます。続いて年齢・身長・体重・人種、自己紹介欄があり、以下、Activity、興味、音楽、映画、本などの詳細事項が続きます。公開写真は3枚まで、秘密写真は2枚まで登録できます。秘密写真は、顔写真を公開していない人は顔写真を、顔写真を公開している人は裸の写真を登録するといったように利用されます。

Profileタブの中には、Insightという機能があります。ここではメッセージ返信率と相手の好みに関する統計が見られます。好みの年齢層、身長・体重、好みのタイプ(注)・人種の分布が分かります。この機能は、(1)相手の好みからの自分の乖離度を確認し、アプローチするかしないかを決めるため (2)アプローチする上での自分のスタンスを選定するために利用されます。

(注)Jack’dではこれをsceneと言います。ユーザーは一人ひとり自分のタイプを選ぶのですが、タイプはTwinks(普通・スリム)、 Bears(熊系)、 Big Muscles(ガチムチ・マッチョ)、 Strictly Friends(友達)、LTR(恋人候補)、 Bi/Straight-curious(バイ・ノンケ)という被りのある分類がなされており、ユーザーを困惑させています。

3.Inbox

メッセージの送受信ボックスです。開封・未開封の表示があり、受信ボックスでは自分が開封したかどうか、送信ボックスでは自分が送信したメッセージが相手に開封されたかどうかを確認できます。多くの場合、気に入った人とJack’d上のみでつながっていることは少なく、他のツール(LINEやTwitterなど)に移行して、連絡を取ります。Jack’dはあくまで「出会いの窓口」的存在なのです。


4.Favorite・足跡

ユーザーをファボることで、その人をFavoriteユーザーとして登録することができ、メッセージボックス以外でユーザーを管理することができます。Favoriteはお気に入りのゲイ男性をリスト化するブックマークとしての機能と、Facebookの「いいね!」のように、相手に好感を持っていることを示す役割があります。足跡は、自分のProfileをチェックしたゲイ男性が時間順に表示されます。土日なのに3人しか足跡がないときとかは、泣きたい気持ちになります。

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5.Match

Jack’dが古株アプリGrindrからユーザーを勝ち取った要因のひとつがマッチング機能です。Member上で接触が少なく、かつ現実的にリアル(注)可能な10~20km離れた人のプロフィールが表示され、「興味あり・保留・興味なし」のいずれかを選択します。お互いが「興味あり」を選択した場合のみ、双方に”You’ve got a new match!”と通知され、メッセージをスタートするきっかけになります。

ただしマッチしたからといって、メッセージを送って必ず返事が来るとは限らないのが、ゲイの世界です。

(注)リアル…ゲイアプリを使って知り合った人と、実際に会うこと

ゲイアプリがもたらした意義


Jack’dをはじめとするゲイアプリは、日本のゲイ男性たちに以下のような意義をもたらしました。


A.ゲイ界への垣根を下げ、ゲイを可視化した

ゲイアプリの登場によって、ゲイ界への参入がバーチャル化し、非常に簡単になりました。ハッテン場・ゲイバー時代におけるゲイ界への参入は、(1)手間がかかる上に、(2)誰かに目撃されてしまうリスクがありました。しかし現代では、多くのゲイ男性がゲイアプリ上に集まっており、ダウンロードした瞬間に誰もがそれを実感できます。二丁目に出向かなくても、沢山のゲイが日本にも存在していることを知り、また彼らとコンタクトを取ることができるのです。


B.ゲイ男性に行動規範を示した

ゲイアプリは、インターネット時代におけるゲイライフのスタンダードツールとして存在することで、ゲイライフの行動規範を定めました。ゲイアプリは、二丁目のどのゲイバーに行けば良いのか、どのゲイ雑誌を買えばいいのか、どの出会い掲示板がいいのかという悩みをすべて吸収し、何から始めれば良いかというスタンダードを再定義しました。

特にJack’dは世界・日本で最大の利用者数を誇る唯一無二の巨大で網羅的なプラットフォームです。知らないことがあった時に何の迷いもなくGoogleで検索するように、ゲイライフを営むためにゲイ男性が圧倒的な信頼を委ねて利用できるサービスがゲイアプリなのです。


C.ゲイライフに「選ぶこと」を与えた

出会いにインターネットを利用しない場合、ゲイ男性との出会いは非常に限られます。僕自身、生まれてから今まで、プライベートでインターネットを介さずにゲイ男性として知り合えた人は一人もいません。インターネットによる出会いが普通でなかった時代は、もし他のゲイ男性に会えた時には「彼との関係を大切にしなくてはいけない」というプレッシャーが発生していたと考えられます。

しかし現代のゲイ男性は、ゲイアプリを利用することで非常に多くの他のゲイ男性にアクセスすることができます。このことによって、今のゲイ男性はつながる(会う)かどうか、関係を保つかどうかを選べるようになりました。

――開けばすぐそこに、無限に広がるゲイの世界。現在地から半径500m以内に好みの男性は5人。誰にでもメッセージができて、好みのタイプだけ表示することも可能。さて、今夜はどのゲイ男性と会いましょう――

このアプリさえ持っておけば最高のゲイライフが送れる。ゲイアプリを初めてダウンロードした時、僕自身もそう思いました。しかし、僕がゲイアプリを通して出会った多くのゲイ男性は、このテクノロジーの在り方や使い方に疑問を抱いていました。

よくある恋愛 vs ゲイアプリを使ったゲイの恋愛


ここで、よくある恋愛プロセスと、ゲイアプリを使った恋愛プロセスを比較します。


よくある恋愛プロセス

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1.Meet him/her
まず、あなたが所属するコミュニティ(学校・会社など、参加とコミットがある程度強制されるもの)で誰かと出会います。

2.Commit to activity
そのコミュニティの掲げる目的の達成に向かって活動することで、相手のいい点も悪い点も知っていきます。

3.Know each other
関係が悪くなっても、会わなくてはいけません。彼/彼女の悪い点を受け入れる時間があり、それを補完する良い点があるという考えに至る時間もあります。

このようにコミュニティの中で行われる恋愛では、多くの場合お互いの悪い部分を付き合う前に受け入れることになります。


ゲイアプリを使ったゲイの恋愛プロセス

一方、ゲイアプリを使った恋愛プロセスはどうでしょうか。

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1.Tap him
気になる男性のサムネイルをタップします。

2.Meet him
会います(アプリ上で知り合ったゲイ男性と会うことをゲイの間では「リアル」と言います)。

3.Continue him / Finish him
気に入れば続けて、気に入らなければ切り捨てます。

このように、21世紀初頭のゲイアプリを使ったゲイの恋愛プロセスは非常にシンプルかつ、スピーディーです。

3回目のデートで告白するのがちょうどいいという定説は、異性愛者間でもゲイ男性間でも同じです。しかし異性愛者間では、所属するコミュニティの活動を通してお互いをある程度知っていることが前提とされていますが、ゲイ男性間ではそれがないため、短期間の中でお互いの多くの(良い)部分を知ってもらおうと、必死になってしまいます。

では、ゲイのこのようなスピーディーな恋愛プロセスは、いったいどのように「疲れ」をもたらすのでしょうか。これを、ゲイ特有の人間関係の特徴を用いて説明していきます。

ゲイ同士の人間関係の特徴


FacebookやTwitterなど、人と人をつなぐSNSは世の中に数多くあり、それらも人々のつながり方を大きく変えました。しかし、Jack’dをはじめとするゲイアプリがもたらしたつながり方は、こうしたSNSとは以下の二点で決定的に異なります。

(1)人生の文脈外の人と出会う。
(2)関係が直線的である。

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(1)ゲイアプリは、現実において今まで全く無関係だった二人を結びます。図のように、AさんにはAさんが所属している社会があり、BさんにはBさんが所属している社会があります。製薬会社で研究員として働いている薬師丸研さんと、工事現場の作業員である鋸木つくるさんは、たとえ同じ地域に住んでいたとしても、知り合いになる確率(特にゲイとして知り合う確率)は0に近いでしょう。

人付き合いの多くは所属している社会やコミュニティを基に始まるので、お互いが認識する共通の知人がいない人と親しくなるなんてことは、パンをくわえながら走って曲がり角にさしかからない限り、そうそうないものです。しかもその人がゲイ男性である確率なんて言ったら、本当に天文学的です。しかしゲイアプリは、本来なら一生出会い得ないような、自分が歩んできた人生とは全く無関係の人との出会いをもたらします。

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(2)そして、ゲイアプリがもたらす人間関係は直線的です。従来の人間関係は、人と人が様々なもので結ばれた多角形的なものでした。まず、共通の友人や知人など第三者によって結ばれています。また、二人が会社で働く同僚であれば、会社の達成すべき目的によっても結ばれています。さらに、その活動を通してお互いの共通点を発見することで、お互いを繋ぎ留める要素は増えていきます。

しかし、ゲイアプリによる人間関係の場合、AさんとBさんを繋ぎ留めているものはお互いのお互いに対する興味のみであり、関係が直線的です。

「切り捨て可能性」


ゲイアプリに対して多くのゲイ男性が感じている「疲れ」の大きな原因は、この(1)人生の文脈外の人との出会い、(2)直線的な関係性という出会い方の特徴によってもたらされます。何故なら、この二つによって「切り捨て可能性」が生まれるからです。

「切り捨て可能性」とは、関係の断ちやすさのことです。ゲイアプリによって生まれる人間関係の切り捨て可能性は多くの場合100%です。相手は、(1)人生の文脈外の人物なので、切り捨てても本来の生活に一切支障をきたさず、また、(2)彼とのつながりが非常に直線的であるために、片一方が興味をなくした時、お互いを結ぶものがなくなってしまいます。

なので、僕たちは関係の修復の余地を残さずに、簡単に互いを切り捨ててしまいます。

切り捨て可能性の高さは、ゲイ男性同士の社交を不必要なものにしています。一回リアルして「なんとなく違うな」と思った場合は、その人をゲイアプリ上でブロックすれば関係が終わるので、その人に愛想良くしたり礼儀正しく振舞ったりするモチベーションが発生しなくなります。お互い全く別の人生を生きてきているので、切り捨てたあと、お互いの人生に全く影響を及ぼしません。

出会いをなかったことにして、翌朝何食わぬ顔で通勤電車に揺られるのです。

また、多くのゲイ男性が可視化され、その中の誰にでもアクセスできる状況が、切り捨てる行為自体を促進しています。ゲイ男性がアプリによって可視化される以前は、ゲイであるということの「希少価値」があり、お互いがゲイであるというだけで仲良くしておくべき理由になっていました。しかし現在では、あるゲイ男性との関係が悪くなっても別のゲイ男性が沢山いるので、その人とこれ以上関係を保っていくモチベーションが発生しません。

さらに、相手が人生の文脈外にいることによって、実際には切り捨てられていないのに、切り捨てられたと感じてしまうことがあります。出会いの初期段階では、彼が彼の人生において今どんなフェーズにあるのか、どんな人柄なのか、知り得ません。仕事でとても忙しい人なのかもしれないし、そもそも連絡不精なのかもしれない。

それゆえ彼からの連絡が少しでも遅くなると被害妄想になり、これが相手からの切り捨てであると確定する前に、自分から切り捨ててしまうケースが非常に多く見受けられます。

オンライン・プラットフォーム特有の弊害


「疲れ」は切り捨て可能性に加え、リアルとバーチャルの乖離をもたらしやすいオンライン・プラットフォームの特徴によっても引き起こされています。

まず、ゲイアプリの使用はユーザーの相手に対する理想を過度に高めてしまいます。ここで、恋愛において、人々の間に需要と供給という概念があり、それに基づいて「恋愛市場」がイメージされていると仮定します。

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従来「恋愛市場への参入」は現実世界で起き、生身の人間と接触し他人の目にさらされることで、自分の市場価値を意識することができました。しかし、ゲイアプリを使うと恋愛市場に参入するという行為がオンライン化し、客体としての自分を意識するタイミングが遅れ、それまでの期間に自分の市場価値に見合っていないゲイ男性とのファンタジーを抱いてしまいます。

相手に対する理想は、ゲイアプリの設計によっても高められてしまいます。ゲイアプリ上では、どのユーザーも平等に、他のどのゲイ男性にもコンタクトを取ることができます。それに加え、MemberタブのFilter機能によって、自分の好みの男性のみを表示することができます。この見せかけの平等と偏ったゲイ男性閲覧生活が、理想の上昇に拍車をかけています。

また、オンライン・プラットフォームはユーザーに自分を取り繕わせてしまいます。人々が統一されたフォーマットを使って自分を紹介することで、プラットフォーム上で比較に使われる項目が明確になります。そしてSNS上のプロフィールやメッセージでは、自分のイメージを簡単に操作することができるため、その項目一つ一つにおける自分の最大値を提示してしまうのです。

そしてオンラインの自分の像をつくることが、どんどん作品作りのようになってしまっています。そういう意味で、ゲイアプリを使うゲイはみんなアーティストなのかもしれません。

例えばゲイアプリ上のプロフィールに登録されている写真は、そのユーザーの奇跡的に写りが良かった写真(盛れ写、詐欺写)がほとんどです。また、Instagramをはじめとする画像編集アプリの登場により、写真と実物の乖離にはますます拍車がかかっています。写真とプロフィールはもはやリアルするかどうかの判断基準とならなくなってきているため、合う前に電話をして判断要素とする人達も見受けられ、隠したい欲と知りたい欲がせめぎあっています。

また、ゲイアプリ上ではしばし男らしさの追求、又は女らしさの排除が求められます。これを踏まえて、リアル前のメッセージの段階での顔文字・絵文字・スタンプの使用(女らしさ)や、初期のリアルにおいてスカーフの着用を控えるなど、普段の自分を隠しつつ相手の出方を窺うゲイ男性が存在します。

このように、切り捨て可能性を恐れてコミュニケーションが過度に慎重なものになり、ゲイアプリはITツールとしての性質上それを助長してしまうのです。

切り捨て可能性と、オンライン・プラットフォームの弊害。この二つによって実際に築かれる人間関係が持続不可能なものになってしまい、ゲイ男性たちはその量産された出会いのほとんどが不毛であると感じ、疲れてしまいます。

就活との類似性


以上を踏まえると、ゲイアプリが引き起こす問題の背景にある構造は、現代の大学新卒就活市場の構造と多くの点で共通していることが分かります。2年前の冬、当時大学3年生だった僕は、忙しい就活の合間を縫ってJack’dを使いできる限りリアルをしていました。しかしある日、就活でもプライベートでも同じ構図で疲弊している自分に気付いてしまったのです。

現代の大学新卒の就活では、多くの有名企業とほぼすべての学生がリクナビやマイナビと言った就活サイトに集結します。これらのナビサイトは学生に企業との出会いを提供するインフラ的存在であり、ゲイにとってのJack’dそのものです。ここで学生たちはどんな会社がホットなのか、どういう会社が人気なのかを知ります。

トップページには様々な種類の人気企業ランキングが表示され、ここで多くの学生たちの価値観が築かれます。ちょうど自分の価値をかえりみることなくFilterを使って自分の好みの男ばかりを見てファンタジーを抱いているゲイ男性のようです。

さらに公平性・透明性が問われる現代社会では、どんな学生も、受けてきた教育の内容やレベルを問わず、表面上は全企業の選考プロセスへの参加権が保証されています。僕もそろそろ身の丈に合わないイケメンマッチョにばかりメッセするのをやめた方がいいのかもしれません。

しかし、「これだけ沢山いるし、だれか一人くらい返事くれるんじゃないか」という気持ちは、「人気企業もこれだけあるし、沢山受けとけば何個か引っ掛るだろう」と思っていた去年の12月の僕のようです。

採用プロセスの根幹である面接も、ゲイ界のリアルとよく似ています。企業は18時に帰れる日のスケジュールは紹介しますが繁忙期には言及せず、学生も学業と課外活動の両立の話をしても、その学業が代返によって支えられていた事実は明かしません。

そして、学生も企業も少しでも自分と合わないなと感じたらメール一本、もしくは無言で縁を断ち切れます。就活においても切り捨て可能性が存在するのです。

個人が実践できる試み


毎年全国で100人以上の20代が自殺する就活というイベント(自殺未遂はその10倍と推測されています)と同じことが起きている、疲れて当然なゲイアプリ上の出会い。最後に、僕たちユーザーがどのようにゲイアプリと付き合っていけば良いのかを考えていきます。


実践案1『ゲイアプリで多角形的な人間関係を築く』

実践案の一つ目は、まずゲイアプリ上で友達をつくり、その友達を足掛かりに人間関係を広げることです。お互いが初めから恋愛を前提としてつながった場合、その関係は直線的になりやすいですが、友達を介して知り合うことでその直線性が解消され、多角形的な人間関係の中で親しくなっていくことが可能です。

僕の周りの彼氏持ちの友達は、『友達の友達』が彼氏になったケースがほとんどです。使用する目的を「将来彼氏をつくるための土台づくり」という長期的なものに設定することで、一喜一憂することなくゲイアプリを使っていけるでしょう。


実践案2『自分が既に所属しているコミュニティの中でゲイを発見するツールとして使う』

次にできることは、思い切って会社や学校でゲイアプリにログインしてみることです。自分が所属しているコミュニティでゲイを発見することで、彼と「よくある恋愛」を実践できる可能性があります。


実践案3『様々なITツールを併用する』

Jack’dがユーザーに提供している価値観は、外見重視であったり、高望みを引き起こしてしまったりと、持続可能な関係の構築に向いていません。一方で他のオンライン・デーティング・サービスでは、ユーザーに性格と外見を同等に扱わせようとしている「okcupid.com」や、高望みを是正する機能を備えたものなど、それぞれユニークな価値観をユーザーに提供しています。

それらを併用することで、ある一つのゲイアプリが提供する価値観にとらわれることなく人間関係を構築することが出来るかもしれません。

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おわりに


以上、IT時代を生きるゲイがどのような恋愛活動をしているかを分析し、その問題点と解決策を考察しました。ゲイの皆さんは、今自分が置かれている状況を理解することができたでしょうか? また異性愛者の皆さんは、来るべき日への準備はできそうでしょうか? この論考が少しでも皆さんの課題解決に役立てたならとても嬉しいです。

Jack’dの問題点の解決に向かっている他のゲイアプリの分析や、Jack’dのアプリ設計の改善案、またゲイ界に必要な新たなプラットフォームについては、いずれ稿を改めて論じることができればと思います。

ITツールは便利です。しかしそれを使って、僕たちはどこに行こうとしているのでしょうか。右手の中で何もかもを可能にするその魔法の道具は、いつの間にか樹海の中のコンパスのようにクルクルと回っていて、僕たちは何も知らずにそれを使っているのかもしれません。ゲイであろうとなかろうと、皆さんがテクノロジーに翻弄されることなく、現代を生き抜くことができるように願っています。

それでは今夜もリアルが控えているので、僕はこの辺で。

※本稿は、『にじいろわせだ Vol.6』(早稲田大学セクシャルマイノリティサークルGLOW フリーペーパー制作班発行, 2014)掲載 「ゲイとITの社会学」を改稿したものです。リンク

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かずかず(かずかず)
フリーランス・エッセイスト
1991年生まれ。首都大学東京都市教養学部卒業。生まれてから20年間の暗黒の完全ノンケ生活を経て、アメリカ留学を機にゲイライフスタート。サンタモニカ大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校にて、マイノリティの人権について学ぶ。外資系IT企業勤務を経て、現在エッセイ執筆や映像制作などの表現活動を行っている。現在の関心は、オンライン・プラットフォームや都市空間の設計によって生まれる弊害や、マイノリティ・コミュニティ内部の問題。ブログ「かずかずのたまご」を運営中。

(2016年2月1日 「SYNODOS」より転載)

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