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東大病院が初会見 白血病治療薬タシグナの臨床研究SIGN研究へのノバルティス社の不正関与について

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■はじめに

東京大学医学部付属病院(以下「東大病院」)の血液内科が主導して行った、白血病治療薬タシグナに関する医師主導の中立的臨床研究「SIGN研究」に、当該薬の製造元である製薬会社のノバルティス社が不正に関与していた問題について、2014年3月14日に東大病院が内部調査の中間結果につき初めて記者会見を行い外部に発表した。
 
出席者は門脇病院長・齊藤副院長・竹田事務部長の3名であり、研究責任者である黒川教授の出席はなかった。記者会見は16時半から4時間に及ぶ長丁場であり、概要については各紙が報道している通りである。

ここでは各紙が書いていないような内容を中心に指摘し検討していきたい。

■その日付はわざとですか?

会見内容に入る前に、まず記者会見を行った日付に注目してみたい。
 
なんという偶然か、SIGN研究の記者会見は、昨今マスコミを賑わしている割烹着の若手女性研究者こと小保方晴子さんの、STAP細胞に関する理化学研究所の記者会見と同日の午後に行われたのである。
 
SIGN研究の記者会見を行うと突然マスコミに通知されたのは会見前日である3月13日、当然STAP細胞の記者会見が3月14日に行われるとの情報を受けて急きょ同日に記者会見を行うことにしたのであろう。
 
計画は見事に成功(?)したのか、夜のニュースは各社ともSTAP細胞については取り上げたものの、SIGN研究について取り上げたTV報道は私が見た限りでは無かった。
 
おそらく今回最も成功した危機対応はこれだろう。次回の記者会見の日付も楽しみである。

■他に4件臨床研究でノバルティス社の不正関与が有った!

質疑応答中に突然、門脇病院長から「東大病院において行われた全てのノバルティス社の薬品に関する臨床研究につき調査を行った」との報告がなされた。データベースからノバルティス社の薬品が対象となっている研究を抽出し、研究担当者にヒアリングをするという形で調査を行ったとのことである。

対象となった研究の件数は28件で、そのうちSIGN研究を含めた5件においてノバルティス社の不正関与が有り、その5件はいずれも今回のSIGN研究を主導した東大病院の血液内科によるものであるとのことである。
 
つまり「SIGN研究以外にまだ4件も製薬会社が不正関与した臨床研究がある」という事実が東大病院から発表されたのだ。

東大病院の血液内科は巨大組織というわけではない。公開されているスタッフ情報からも、教授は黒川峰夫教授ただ一人という体制である。したがって今回のSIGN研究と同じようなことが、ノバルティス社と血液内科の黒川教授以下同一スタッフによって行われていたという事であろう。
 
この事実は記者会見で配られた資料の中には無かった、しかし質疑応答の途中であれ、東大病院が自主的に公表したことは高く評価したい。留意したいのはこれが「ノバルティス社」に関してのみの調査という点である、他の製薬会社について東大病院が今後さらに調査を進めていくことを期待したい。

■203名分の患者IDがノバルティス社の手に渡っていた
 
今回新たな事実として、SIGN研究に参加した患者さん203名分の患者IDがノバルティス社に流出していたことが報告された。患者IDとは各病院が患者さんに対して割り当てている番号であり、それだけを見ても氏名などがわかるわけではない、しかし病院側に対して利用することで不正に情報を入手することが可能となる番号である。

既に各紙が報じているように、患者さんに実施されたアンケートや調査の結果がノバルティス社のMR(medical representative=医薬情報担当者)の手に渡っており、「患者の白血病に関する情報」「性別」「イニシャル(姓)(名)」「生年月日」「年齢」「施設名」「主治医」などの患者さんの個人情報が流出している状態である。今回ここに新たに「患者ID」が加わった形だ。
 
白血病という血液がんに関する個人情報を流出させている中で、なぜ東大病院が患者IDを重視したのかは不明だが、初めて記者会見を行う中で、今まで判明していなかった個人情報流出が有ったという事を報告した点については評価できる。
 
門脇病院長もはっきりと認めたことであるが、今回のSIGN研究では「個人情報の流出」が有ったということである。

■東大病院が描いているストーリー
 
東大病院の報告によると、今回のSIGN研究を主導していたのは血液内科のA医師(記者会見では実名で報告されていたが、ここでは以下の経緯から仮名とする)であり、当初はA医師が研究責任者となっていた。しかし多くの病院が関わることになる臨床研究で「責任者が教授でないと座りが悪い」との意見が出て黒川教授が研究責任者となり、倫理員会の承認を経て臨床研究が行われた、ということである。
 
そして実際に臨床研究が進められる過程でのノバルティス社との関わりを持っていたのはもっぱらA医師であり、黒川教授は研究の中心となっている東京CMLカンファレンス(以下「TCC」)という任意組織にノバルティス社が関わっていることは認識していたが、昨年12月に同社MRがアンケートの運搬をしていたことを知ると、SIGN研究を中断するよう判断した、というのである。

以上の東大が説明したストーリーの骨子は2点である。
・ノバルティス社の不正関与と関わっていたのは、もっぱらA医師である。
・黒川教授は研究責任者であったが実質的に研究の監督はしておらず、個人情報の流出を知ってからはむしろ研究を中断する役割を果たした。
 
つまり「黒川教授には監督責任を果たしていなかったという点では責任があるが、ノバルティス社の不正関与に対する対応は評価できる。悪いのはA医師だ」ということだ。
 
本当にそうだろうか?実はこのストーリーは今回の記者会見で配布された資料自身によって疑問を抱かざるを得ない。
 
まず一般論として、教授でないA医師が同じ血液内科で唯一の教授である黒川教授を無視して臨床研究を遂行することなどあり得ない。また東大病院の血液内科くらいの人数であればかなり密な関係であり、特に奨学寄附金という形で多額の現金収入元になる製薬会社との関わりを教授が知らないという事はおよそ考えられない。
 
そもそもTCCは黒川教授が教授になる際に作られた組織であり、代表世話人は黒川教授本人である。仲間内では「TCCはノバルティス社が黒川教授のために作った組織だ」とまで言われている。そしてこの組織の実質的な内部運営を同社のMRが行っていたことは、他の病院の関係者ですら知っている言わば公然の秘密であった。つまり黒川教授はノバルティス社が実質的に運営するこのTCCが今回のSIGN研究に関わることを当初から認識・認容していたということである。

さらに強烈な新事実が配布資料には記載されている。なんとTCCのA医師と黒川教授のメールアカウントはノバルティス社のMRによって管理されており、同MRがA医師と黒川教授に確認を取った上で、それぞれの名義でメールを出していたというのだ。
 
以上のことからもわかるように、これだけノバルティス社が深く関与していることを知っているはずの黒川教授が「MRがアンケートを運んでいた」という事実を聞いただけで研究を中断したとは考え難い。仮に黒川教授が本当に真摯な思いでSIGN研究を中断したのであれば、その段階で即座に東大病院に対して報告するはずである、しかし黒川教授は結局マスコミにより不正関与が報道され、東大病院による内部調査が始まるまで何の対応もしていなかったのである。
 
このように東大病院が描いているストーリーと、実際の黒川教授の行動にはかなりの乖離が有る。

むしろ黒川教授は昨年12月頃に、今年1月の報道に向けたNHK等の取材の動きを察知してSIGN研究を中断したのではないだろうか。黒川教授が12月に研究の中断を決断したという話は質疑応答中に口頭で述べられただけである、一方で配布資料には「2014年1月10日 事務局より本臨床研究中断を参加施設に通知」との記載が有り、UMIN-CTRで「参加者募集中断」の変更がされたのは報道後の1月27日である。

昨年12月に黒川教授がSIGN研究の中断を決断したという証拠は今のところ何も提出されていない、仮に中断していたとしてもその動機については依然として不明のままであるし、どうしてNHK報道のちょうど1週間前である1月10日になるまで参加施設に研究中断を通知していなかったのかについても疑問が生じる。

なぜ東大病院がそこまでして黒川教授を守りたいのかは不明であるが、少なくとも若手のA医師に全ての責任を押し付けて、トカゲの尻尾切りをするという定番の流れは許容されるべきではない。

■利益相反は無かった!?

「利益相反」とはある薬を研究するにあたって、研究主体が当該薬の販売者等から資金提供等を受けている場合、その事実を公表しなければならないという基本的なルールである。
 
SIGN研究は医師主導の中立的臨床研究であるため、製薬会社の支援を受けていないことになっている。そしてこの利益相反についてSIGN研究では「倫理委員会の承認時」「患者の臨床研究参加同意取得時」「学会発表時」に説明がなされており、いずれも「利益相反なし」と述べられていた。
 
まず配布資料において、今回の内部調査でノバルティス社のMRはSIGN研究の「研究実施計画書、登録票、アンケート等の作成」「研究データの送信」「SIGN研究進捗状況の管理」「研究結果の処理について」に関わっていたと結論付けられている。
 
それにもかかわらず同じ配布資料内で「学会発表で開示すべき利益相反なしとしたことは、現在の学会の利益相反既定の下では問題はないが、本件においては透明性の観点から研究自体の利益相反も開示しておいたほうが適切と思われた。」と述べている。学会発表には学会が定める利益相反開示のルールが有り、SIGN研究が発表された学会では筆頭演者個人との利益相反が無ければ「利益相反なし」として良い、という理解らしい。
 
学会のルールとやらの存在意義もわからなければ、なぜわざわざ一番ゆるい「学会発表時」を選択して今回の記者会見で報告したのかもわからない。一番問題なのは明らかに「患者の臨床研究参加同意取得時」に製薬会社のMRが配布資料で結論付けたような役務提供をしているのに、「利益相反なし」と説明していることである。この点について検討していかなければ「利益相反について検討している」とはとても言えないだろう。

■再発防止策には銭がいる?
 
配布資料内の「再発防止策」の箇所に「臨床研究における倫理や利益相反の教育」と題して以下のような一文が有る。「臨床研究における倫理や利益相反の教育が最も重要な事項である。平成15年度より東大研究倫理セミナーを年3回開催し、臨床研究を行う者に2年に1回の受講義務を課してきたところである。」
 
2013年2月19日に行われた第31回のこのセミナーでは、黒川教授が病院臨床試験審査委員会委員長として「病院臨床試験審査委員会への申請と臨床研究支援センターの支援」と題した講習を行っている。この事実からもセミナーがどれだけ役に立っているのかは慎重に検証する必要があるだろう。
 
またセミナーの他にも「この度の事の重大性と緊急性に鑑み、利益相反や臨床研究の信頼性確保についての理解を改めて深めさせるためのe-learningを急遽作成し、平成26年2月19日より全教職員を対象に実施した。(中略)3月14日現在の受講率は、91.5%である。」と説明されていた。
 
何らかの講習を行う場合、「オンラインで行う」「受講対象が広い」「強制的である」といった項目が相乗すると通常は講習効果が著しく下がる。実際、受講したという東大関係者は「全く意味が無かった」と言い切っている。やるなとまでは言わないが、もう少し意味のあることに精力を向けたほうが良いのではないか。
 
そして再発防止策で一番印象的だったのは質疑応答の際に門脇病院長が、今回のSIGN研究については倫理審査につき、本来「病院」では無く「臨床研究支援センター」で処理されるべき事案であり、臨床研究への監督機能を強化するためにも国には更なる予算拡充をお願いしたい、との趣旨の発言をした場面である。
 
確かに臨床研究支援センターの活動は意義があるし、予算を拡充すれば解決できる問題は多々ある。しかしSIGN研究は本来臨床研究支援センターで処理されるべきところを意図的に回避した形跡がある、また実施団体であるTCCにノバルティス社が関わっていることはほぼ全ての研究参加者が当初から知っていたことである。問題はもっと根本的なところにあるのではないだろうか。
 
転んでもタダでは起きない門脇病院長の姿勢は、経営者としては見習いたいところであるが、臨床研究の倫理を監督する立場の人間としてはどうだろうか。

■置いてけぼりの患者さん
 
配布資料内に「患者への説明と謝罪」と題して「当院から患者個人データが流出したことは極めて遺憾である。まず患者への状況の説明と謝罪を早急に完了する。」との記述がある。
 
この点について、質疑応答で「まだ患者さんへの説明を行っていないのか?」という質問に対して「中間結果がまとまっていなかったのでできていない」との回答がなされている。1月17日のNHK報道以来、3月14日の記者会見まで、およそ2カ月が経過しているが、東大病院では未だ患者さんに対して何らの対応をしていないということになる。
 
この回答を嘘だと考えたいところであるが、もし本当なら「まず患者への状況の説明と謝罪を早急に完了」してもらいたいものである。

■最後に
 
記者会見で配られた資料の中に良い一文が有ったので、引用して結びとしたい。

「利益相反について正しく理解して不適切な関係を避け、必要に応じてこれを開示することの意味をよく理解する必要がある。さらに、臨床研究に参加してくれる被験者の思いを真摯に受け止め、その尊厳を尊重し保護することを忘れてはならない。」