Deloitte Touch Tohmatsu India安井 啓人さんが語る"同質化"のなか「おもいやり」で生き残る日本企業-TechNW2016キックオフセッション(4)

日本企業の生き残りの方向性として、従前と同じく"異質化"戦略のもとハイエンドを目指し続けることも理論的にはありえます。ただし…
上瀧和子

反グローバル化、自国第一主義、大衆の感情に訴える煽情的なポピュリズムといった世界潮流の狭間で先行きを見通しづらくなるなか、穏やかなボランティア運営の会「いまだからエレクトロニクス、変わるエレクトロニクス! テクノロジー × ビジネス - エレクトロニクスの新世界」では、普段Deloitte Touche Tohmatsu India LLP、日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所といったグローバル企業のコンサルティングや研究、そしてテックポイントジャパン、メディアバンクといったスタートアップ企業の経営に携わるメンバーが、プレゼンテーションおよびパネルディスカッションを行いました。

まずは筆者が、運営団体「テクノロジー・ネットワーク」(会員サイト)の発起人として、自身が携わってきた過去20年ほどのIT業界、PRおよびマーケティングの変遷をかいつまんだ背景と趣旨を説明しました。

今年Yahoo! JAPANが20周年を迎えた日本は、アメリカにならってインターネットのうえに成り立つITビジネスが発展し、企業のPR、マーケティング活動も進展してきました。経営のデジタル化が企業生存のカギとなるなか、新たな需要を発見しイノベーションを生むために、テクノロジー自体のマーケティングに取り組もうという趣旨のもと、「テクノロジー・ネットワーク」が発足しました。

いわゆる"PR"と呼ばれる活動は、従来の関係者(ステークホルダー)との信頼構築という捉え方から、ソーシャルメディアの浸透とともにあらゆるメッセージ発信を指すまでに拡大しています。だからこそ、従来戦略ありきのPRにおける計画性の欠如を懸念して、"戦略PR"という意味重複的な言い回しが多用されているともいえる状況です。

そしてPRを包含するマーケティングも、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院フィリップ・コトラー教授を迎えて今年3回目となったWorld Marketing Summit Japan開催とともに概念が昇華し、第4段階を迎えると考えられています。

マーケティングの変遷は、①生理的欲求や安全欲求を満たす機能を提供すればモノが売れる段階(Marketing 1.0)、②帰属欲求を満たすブランディングにより信頼されて購買につながる段階(Marketing2.0)、③社会的な尊厳を満たすCSRにより尊敬とともに消費が動く段階(Marketing 3.0)を経て、④消費者の自己実現および社会課題の解決を実現する企業活動を主導する段階(Marketing 4.0)の到来を意味します。

  • "同質化"で生き残る日本企業

記念すべき第一回イベントのテーマを、あらゆるテクノロジーの根幹となる電気・電子の世界「エレクトロニクスの新世界」に絞りました。そして最初のプレゼンテーターとして、エレクトロニクスに造詣が深く、Deloitte Touch Tohmatsu Indiaで在インドの日系企業・官公庁向けのコンサルティングを行う安井 啓人さんが、競争戦略について話しました。

もと日立製作所中央研究所でハードディスクの生産技術研究者を務めた安井さんは、エレクトロニクス業界の競争環境を、普遍的な"異質化""同質化"の観点で捉えます。

これまでの産業界の栄枯盛衰は、イノベーションにより特定の国・企業が他と差別化する動きである"異質化"と、その後他国・企業により追いつかれコモディティ化する"同質化"を繰り返すことにより推移してきたとみることができます。

半導体、製品、ソフトの各レイヤーからなるエレクトロニクスの業界構造別にみると、半導体製造装置の素材では東京エレクトロン、半導体用封止材では日立化成、といったいわゆるモノづくりに強い日本企業が存在感を示しています。

しかし、設計やソフトの分野では存在感がありません。特に、ファブ、ファウンドリーと呼ばれる半導体のデバイス(チップ)を生産する半導体受託製造専門企業をもたないファブレス業界は合従連衡が進み、日本企業の活躍はみられません。

日本企業の生き残りの方向性として、従前と同じく"異質化"戦略のもとハイエンドを目指し続けることも理論的にはありえます。ただし、"異質化"戦略が巨額な研究開発投資を前提とするなか、世界のメガプレイヤーの競争にさらされる半導体、とくに製品、ソフトウェアの世界で日本企業が勝ち残る可能性は薄い、との見方ができます。

では、"同質化"を主軸におく戦略のもと新興国のニーズに合致した事業を展開するには、中印、特に今後の急成長が見込まれるインドの中所得層の需要取り込みがカギとなります。

この戦略も簡単なものではありません。コスト意識の強いボリュームゾーンへの戦略は、必ずしも日本の得意としてきたお家芸ではないからです。

  • Marketing 1.0ではなく「おもいやり」の文脈で捉える"Make In India"

実際にインドに駐在して日本企業を支援する安井さんは、あえて"同質化"に振ったポジショントークを展開してくれました。戦略のポイントは、価格や品質といった消費者視点、そして自国産業の発展を目指す為政者の視点を慮った「おもいやり」の姿勢。シンプルにいうと「社会課題解決につながる「おもいやり」の姿勢。シンプルにいうと「社会課題解決につながる提案」です。この対極にあるのが、トップ営業や、ルールの押しつけといえます。

安井さんはまた、いわゆるMarketing 1.0的な「生理的欲求・安全欲求」を満たせば新興国でモノが売れるかといえばそうではない、と見ます。

インドは、輸出向けの組立型産業を抱える中国、タイやマレーシアなど東アジア諸国と比較して相対的に、製造業の国際競争力が低いとされています(参照:日本政策投資銀行 今月のトピックス2016/3/17)。

そこでモディ政権は2014年9月に、投資促進、生産拠点の誘致、35歳以下の労働力8億人を活かした雇用創出などを通じてインドを世界の製造業の中心とすることを目指す" Make In India"(メイク・イン・インディア)政策を掲げています(参照:2015年版ものづくり白書)。

安井さんは、高スキルな労働力をもつインドの、エレクトロニクスに対するニーズを取り込むには、例えば低所得層が手価格に診断を受けられるセンサーや、筐体が分厚くても2Gネットワークで円滑に機能するスマートフォンなど、これまでの先進国の発想や基準では生まれない、社会課題に照らした新しい製品が求められる、と話しました。

インドにおける高付加価値への志向の例として、社会課題に立脚したボッシュ社の取り組みが紹介されました。

インドは、運転免許の偽造が3割、年間の交通事故死者が約15万人で世界ワースト1位。そこで、安全を確保するABS(アンチロック ブレーキ システム)を製造するボッシュは、2015年、新興成長市場向けに特別開発した同社比最大30%軽量な新世代のモーターサイクル用ABSを発表しています。

ボッシュはさらに、2013年に現地自動車部品メーカーWABCO INDIAとともに安全運転を訴えるシンポジウムSafety Drive Symposiumを開催したほか、独印商工会議所(Indo-German Chamber of Commerce)およびインド自動車部品工業会(Automotive Component Manufacturers Association of India (ACMA))など業界団体を通じて働きかけ、インドにおける2018年のABS装備義務化の一翼を担っています。

  • BtoBマーケティングを考える

ボッシュの自動車機器サプライヤー事業は企業間取引によるBtoBビジネスです。筆者がふれたマーケティングに話題を戻すと、今BtoBのマーケティングでは、ターゲット企業(アカウント)の定義とアプローチを最適化するアカウントベースドマーケティング(ABM)が注目されています。マーケティングがモノを売るための取り組みから、個人・企業・社会の課題発見・解決へと進化したといわれるなか、最新のキーワード、ABMが、テクノロジーの発展にどのような考察をもたらすか、興味深いところです。

というわけで、我田引水ですが上瀧がボランティア運営委員を務める次世代マーケティングプラットフォーム研究会では12月2日にABMをテーマに第10回総会を開きます。BtoBマーケティング、マーケティングテクノロジーに興味ある方は参考になると思います。よろしければご参加ください。

閑話休題、「いまだからエレクトロニクス、変わるエレクトロニクス! テクノロジー × ビジネス - エレクトロニクスの新世界」でのプレゼンテーションはさらに、コグニティブ・コンピューティング、ミックスドシグナルの話に進みました。

本記事はコウタキ考の転載です。

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