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橋口一法 Headshot

「仕事してるように見えるか」じゃなくて「仕事したか」で評価されたい

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わたしが今勤めているニュージーランドの企業には、日本でのサラリーマン時代と比べて気に入っている部分がいくつもあるが、そのひとつに「勤務時間中に何をやっても許される」点がある。

お菓子を食べたりジュースを飲んだりしながら仕事してもいいのはもちろんのこと、ヘッドホンで音楽を聞いたり、ブラウザで Facebookや YouTubeを観たりしてもいいし、ポケモンGOで遊んでいたっていい。ランチタイムにお酒を飲むのも問題なしだ。

そんなので仕事になるのか? と不思議に思うかもしれないが、大丈夫。仕事したかどうかはきっちり管理されている。各人のタスクはチケットとして管理され、完了状態になったチケットの内容を見れば成果は一目瞭然。だからみんな、ちゃんと仕事できる範囲で、好き勝手に振舞っているのだ。

つまり、「仕事してるように見えるか」より「仕事したか」の方が大事。いま働いているのはそういう会社だ。

「仕事してるように見えるか」を重視する企業は多い


対して日本の企業では、「仕事したか」より「仕事してるように見えるか」が重視されるところが多いように感じられる。

定時で帰る社員より、残業が多い社員の方が熱心に働いていると評価されたり、始業時間に出社することが必要以上に厳しく求められたり、そんな話はよく耳にする。

1日に何時間働いたか、朝9時キッカリに出社しているかどうかより、実際にどれだけの成果を上げたかのほうが大切なように思われるのだが、どうもそうとは限らないらしい。

わたし自身も、かつて日本で働いていたとき、デスクでおにぎりを食べながら仕事をしていたら上司から注意を受けたことがある。また、同僚がイヤホンで音楽を聞いているのを咎められたところを見たこともある。自社内でのシステム開発業務なのだから、それくらい構わないと思うのだけど。

先日、「会社は出勤することに意義がある」という眠気覚ましドリンクのキャッチコピーが炎上していたが、これも日本企業で「仕事してるように見えるか」が重要とされることの一面ではないだろうか。

多少体調が悪かったとしても、1日休んで次の日からがんばることは許されず、無理をしてでも出社して仕事する。そのほうが仕事してるように見えるからだ。たとえパフォーマンスが最悪で、出社しないほうがマシだったとしても。

「仕事してるように見えるか」が重視されるのは人を信用していないから


「仕事してるように見えるか」を重視する企業は、業績が上がらないのは労働者が怠けているからだと考えている。端的に言えば人間を信用していないのだ。

だから、遅刻をしたり、仕事中に食事をしたり、有休をとったり定時に帰宅したりという行動すべてをサボりだとみなす。そして、労働者をできるだけ長い時間、デスクの前に拘束し、手を動かすことを強制する。なぜなら、稼働率を上げれば上げるほど高いパフォーマンスが出ると勘違いしているからだ。

当然ながら、人間は機械ではない。デスクの前にずーっといるだけでパフォーマンスが上がるならわたしだって喜んでそうするが、実際はそう簡単にはいかない。

働いていれば疲労がたまるし集中力も落ちる、お腹だって空いてくる。だから適度に離席して散歩したり、お菓子をつまんだり、休みを取ってリフレッシュすることも必要だ。

システム開発やグラフィックデザインなどの、創造性が求められる仕事であれば、デスクの前にいなくとも、カフェでコーヒーを飲みながら思索にふけることだって、立派に仕事の一部となるだろう。

現場で働いている人間は、みないい年のオトナだ。管理職の皆さんは、どうか我々を信じて、「仕事してるように見えるか」ではなく「仕事したか」で評価してほしい。

さもなければ、本当に仕事のできる人はあなたの元から離れ、仕事してるように見える人だけが残る。そのときに後悔しても、もう遅いのだから。

(2016年8月25日「NZ MoyaSystem」より転載)