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"コスト感覚"を一瞬忘れる有権者と政治とマスコミ

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今月2日の東京都議会選挙で大勝した小池百合子知事。即日"都民ファーストの会"代表の座を降りたが、事実上、不動の都政リーダーとなったに違いない。咋夏の都知事就任以来、政治的大争点の一つである『築地市場から豊洲市場への移転』問題については「築地を守る、豊洲を活かす」としている。

移転に向けて既に拠出した費用は約6千億円。東京都が今年4月中旬に都議会に提出した試算によると、昨年11月上旬に予定されていた移転の延期に伴う経費は、今年3月末までで約95億円に達している。内訳は、経営に影響を受けている市場業者への補償費で50億円、両市場の維持管理費などで約45億円。

豊洲市場を開場しないまま築地市場が存続するのは"二重投資"でしかない。別の言い方をすれば、単なる"ムダ遣い"。両市場並存の状態が解消されなければ、このムダは更に加算されていく。また、築地を守るとの趣旨で新たに考案された『食のテーマパーク』再開発の事業規模は4千億円を超える追加負担の拠出を伴うと想定されている。

私は小池知事を支持しているが、この市場移転問題への対応は支持できない。政治家を支持するかどうかと、その政治家が提起する個別の政策を支持するかどうかは、必ずしも一致しない。(因みに、7月4日のNHKインタビューで小池知事は、いわゆる受動喫煙に係る条例案について、議員が条例案を早期に提出して成立させることが望ましいという考えを示した。これに関しては、私は小池知事の方針を支持する。)

先の都議選でもそうだが、有権者が投票する判断基準とは何なのかと改めて思ってしまう。莫大な追加コストを強いる今回の市場移転問題への対処に関して、有権者はどう評価しているのだろうか。もちろん、都議選の争点は市場移転問題だけではなかった。しかし、ムダ撲滅への"コスト感覚"を有権者は一瞬忘れてしまったかのようだ。或いは、多くの有権者は、その時々のマスコミ論調に左右されてしまうだけなのだろうか・・・。

長きに亘って多くの利害関係者や専門家を交えて検討されてきた、或いは実行されてきた施策を、選挙の際に巻き起こる一瞬の熱狂的な空気だけでひっくり返すべきではない。予想外の莫大なコストが発生するからだ。後になって大損するのは結局、有権者自身。市場移転は、当初予定通りに進められるべきであった。

近年、日本人の"コスト感覚"がおかしくなったと思うような話がある。と言うより、政治もマスコミも、意図的に議論の俎上に載せることを避けてきたものがある。エネルギーコストに関することだ。

2011年3月の東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故を契機として、全国の原子力発電所が強制的に再稼働を止められている。九州、四国、関西の各電力会社の管内では一部の原子力発電所の再稼働が始まっているが、その他多くの原子力発電所は今も停止"塩漬け"状態のまま。

日本の電源構成における原子力比率は、2010年までは3割前後であったが、震災による福島事故をきっかけとして、定期検査後の再稼働などが容認されなくなった。停止させられた原子力発電による電力量を補うため、天然ガスや石油など化石燃料発電の追加に依存せざるを得なくなった。その結果、震災以降での追加燃料費は年間2〜4兆円の規模に上っている。2016年度末までの累計では14兆円を超えた。

福島事故によって国民全体に原子力への不安が蔓延したことは確かだろう。今後は、震災の教訓も十分踏まえながら、今まで以上の原子力安全が求められることは言うまでもない。官民一体となった原子力安全への取組は、一層重要なものとなっていくはずだ。

他方で、原子力発電所の停止"塩漬け"によって、既に累計14兆円を超える国民負担増が発生していることへの反省があって然るべきである。福島事故の前までに、我々人類は大きな原子力事故を二度経験した。1979年の米国・スリーマイル島事故と、1986年の旧ソ連・チェルノブイリ事故だ。この二度の事故の際、米国も旧ソ連も、同国内の他の原子力発電所を強制的に停止させてはいない。

日本では違った。国内全ての原子力発電所を強制的に停止させ、今も厳しい規制の下で再稼働をなかなか容認していない。そうした原子力発電に係る異常な政策運営により、結果として、巨額の国富を海外に流出させ続けている。

また、電力各社の経営状況も厳しいままである。自己資本比率について、2008年では電力9社で26.1%であったが、震災後は急落し、2012年に11.9%、2015年には15.0%となった。電力自由化も進められる中で、電力事業に関する予見性が著しく低下し、投資回収に係る不安感が蔓延し、電力各社の経営悪化が深刻化している。電気料金については、震災前後(2010年→2015年)で、家庭用は2割、産業用は3割それぞれ上昇した。

現在、九州電力川内1・2号機、四国電力伊方3号機、関西電力高浜3・4号機の再稼働が容認されている。今年中には、関西電力大飯3・4号機と九州電力玄海3・4号機が再稼働すると見込まれている。それでも原子力依存度は5%程度にしかならない。

日本では、2030年での原子力依存度20~22%が目標とされている。核燃料サイクルを始めとした原子力バックエンド事業に要する費用は約20兆円で、数十年に亘って回収される手はずとなっている。これは、政府による原子力発電コスト試算10.1円/kWhの中に含まれるもので、2円/kWh未満に過ぎない。

原子力発電所の使用済燃料の再処理事業を担う使用済燃料再処理機構は今月3日、日本原燃(青森県六ヶ所村)の再処理事業費を13.9兆円、MOX燃料加工事業費を2.3兆円、再処理工場の新規制基準対応工事費を7500億円と見積もり、公表した。原子力発電所の再稼動を目指す電力10社の新規制基準対応工事費は4兆円程度と見込まれており、その半分は既に実際の投資が行われている。数十年で回収する予定となっている。

上記の新規制基準対応工事費7500億円のうち、500億円は従来の事業費に含まれていたもの。同機構が新たに日本原燃に対して手当てするのは7000億円で、それだけ審査が進展したため工費が見込めるようになったことを意味する。だが、いったん終了した審査会合が何故か再開され、審査合格への今後の道筋は予断を許さない。

太陽光や風力などの再生可能エネルギーを規定された値段で買い取る"固定価格買取制度(FIT)"が施行されてから、今年7月で5年が経過する。福島事故を契機とした原子力バッシングの中で、再生エネの普及を促す仕組みとして導入されたのがFIT。ここに至り、電気の需要家が支払う"再生エネ賦課金"の重さが目立ち始めている。

標準家庭(月々の電力消費量300kWh)の平均的な再生エネ賦課金は年間9500円で、5年前に比べて10倍以上となっている。これは電気代の1割に相当。昨年施行された電力小売全面自由化は、電力小売事業者どうしの競争で電気代の抑制を目指すとしているが、実際の電力コスト負担は重くなるばかり。

ドイツでは、再生エネの導入を急激に進めた結果、電気代は10年で2倍になった。日本でも、国民負担となる再生エネ賦課金(再生エネ買取総額)は2016年度で1.8兆円(2.3兆円)、2017年度で2.1兆円(2.7兆円)、そして2030年度では3.6兆円(4.7兆円)になる見通し。これらは全て各年度の負担額であり、累計していくと天文学的な金額に膨れ上がる。

エネルギー政策を語る時、以上のような再生エネに関する国民負担も、原子力に関する国民負担も、バランスよく見極めていかなければならない。それを国民全体に対して丁寧に説明していくのは政治・行政・報道の役割である。

しかし、国民一人一人は、それぞれ仕事や家事で毎日忙しく、エネルギー問題を十分理解するには至らないだろう。だからやはり最終的には、政治による冷静な判断が必要となるのだ。