ダイバーシティ推進―お茶の水女子大学講演での質疑応答を顧みて

厚労省の調査では、女性の管理職が少ない理由として「勤続年数が短い」ことと「経験不足」が最も多く指摘されている。しかし、問題はそれらが真の原因かどうかという点だ。

筆者は7月9日にお茶の水女子大学グローバルリーダーシップ研究所主催、同大学附属図書館および経済産業研究所(RIETI)協力で「ダイバーシティと『ダイバーシティ』―性別によらず多様な個人が生き生きと生きられる社会とは」という講演を行った。後者の『ダイバーシティ』は2008年出版の同名の小説のことである。

幸い企画オーガナイザー(谷口幸代お茶の水女子大学准教授)の努力により講演情報伝達について多方面の協力(朝日新聞、関東社会学会、国立女性教育会館、ワーキング・ウィメンズ・ネットワーク、ジャパン・ダイバーシティ・ネットワーク)が得られ、また社会科学と文学の両面からのダイバーシティ論という企画も注目され、一般応募定員200人、お茶大の学生定員100人、計300人の定員枠も事前に満員となった。筆者が上記の拙著を書いた当時は「ダイバーシティ」といっても「なにそれ」という反応であったが隔世の感がある。

当日は多数の参加を見越して質疑応答をより密度の濃い物にするためあらかじめ「質問コンテスト」の形でダイバーシティおよび拙著の内容について、参加者からの事前質問を受けつけたが、これにも170件を超える質問があり、その多くに応えることが時間的制約で出来なかったのだが、その中から当日回答した代表的質問を3つ紹介し、また筆者の「回答」について述べたい。

ダイバーシティ推進で何が問題か

筆者の講演に対する質問のうち多かったのは「これまで『男性向き』と思われ、構成員のほとんどが男性である組織や職に女性に参画してもらうには、どうしたら良いか。またこの対策としてポジティブ・アクションを歓迎しない企業も多いが、どうしたら良いか」という趣旨のものである。

筆者は慶応大学の樋口美雄氏との共編著『論争 日本のワーク・ライフ・バランス』でも議論しているが、員数あわせのようなポジティブ・アクションには反対である。

しかし留意すべき重要な点が2点有る。厚生労働省の企業対象の調査では女性の管理職の少ない理由として「勤続年数が短い」ことと「経験不足」が企業の人事担当者に最も多く指摘されている。しかし、問題はそれらが真の原因かどうかという点だ。

1点目は「勤続年数不足」についてであるが、女性が未だ高い育児離職率を持つことは事実である。しかし筆者はそれと同時に同じ学歴、同じ勤続年数でも、男性に比べ女性の管理職昇進率は著しく低く、むしろそちらがより大きな女性活躍の阻害原因であることを示した(関連論文は『日本労働研究雑誌』に2014年に発表)。つまり実際には女性優先のポジティブ・アクションどころか、逆の男性優先の「ネガティブ・アクション」とでも言うべき慣行が広く日本企業に行き渡っており、その撤廃だけでも女性の活躍は十分進むと言うことである。

2点目は「経験不足」についてだが、これはより根の深い問題である。従業者100人以上の日本企業のホワイトカラー正社員女性の実に7割以上(男性は約25%)が事務職者であり、これは女性のホワイトカラー職を男性の職の補佐的なものと見てきた日本的雇用慣行から生じている。

また割合の上では増えた女性の専門職でも、日本では初等中等教育、養育、看護・介護など「女性向き」の職に大きく偏り、その結果医者、研究職、大学教員など高度な専門職の女性割合は国際比較をするとOECD諸国の中で一貫して日本が最低、韓国がビリから2番目という状態が続いている。

つまり潜在的職業能力においては女性の能力は男性同様ダイバーシティ(多様性)があるのに、実際に女性に就業機会が開かれている職にはダイバーシティが無く、そのため勤続年数が長くても事務職など「女性向きの職」以外は経験不足という結果が生まれ、またそれを理由に企業が管理職などに女性を登用しないという悪循環が生じている。

女性の活躍におけるダイバーシティ推進の意味はまさにその日本的雇用慣行の悪循環を断ち切り、女性の職業経験に男性同様の多様性をもたらすことで、多様な女性人材の活躍を推進することにある。

職業機会のダイバーシティの欠如は身体障害者についてもいえる。たとえば米国では筆者が大学院生だった1970年代に既に全盲の人が光センサーで文字を読み取って寸時に点字に変換する器具を用い、文字の読み書きに不自由せず大学内でコンピュータ・プログラマーなどのホワイトカラー職についているのを見て感激した経験がある。全盲ならば按摩指圧師にしかなれない、日本ではそんな状態だったからであり、それは現在でも大きく進展していないように思える。

ダイバーシティ推進と労働生産性

講演には関連議論は含まれていなかったのだが他の質問に「ダイバーシティを受け入れている企業は本当に(生産性が)向上するのか? 対立や社員間の混乱が生じるのではないか」に代表される質問も多かった。

一般にダイバーシティやワークライフバランス推進が高い生産性と相関していても、「余裕のある企業がやっている結果ではないのか」という疑問はよく耳にする。これに対する筆者の答えは、最初にRIETIの研究論文として発表され、改訂版が武石恵美子氏編著『国際比較の視点から日本のワーク・ライフ・バランスを考える』所収の慶応大学の山本勲・松浦寿幸両氏による論文(「ワーク・ライフ・バランス施策と企業の生産性」)の内容である。

山本・松浦両氏は経済産業省の企業活動基本調査の対象企業に対しワークライフバランス(WLB)施策の導入と企業の生産性の変動の関連を分析した。結果はワークライフバランスセンター設置などの積極的WLB推進や、フレックスタイム勤務導入に関し、企業の生産性は施策導入後数年のタイムラグをおいてその後向上することが示された。つまり見かけ上の関連でなく因果関係がある。

一方「法を超える育児休業制度」については、既に生産性の高い企業がその後導入する可能性が高いために起こり、因果関係ではないことも示された。これらの知見は去る6月に行われた男女共同参画全国会議における村木厚子氏の基調講演でも引用され、男女共同参画に関わる行政担当者の共有認識となっている。

また筆者は今年3月に行われた「ダイバーシティ経営とワーク・ライフ・バランス」と題する日本学術会議とRIETIの合同シンポジウムで、企業のWLB施策は諸刃の剣で、「性別に関わらず職員の能力発揮に努めている」という人材活用方針を持つ企業では、その方針自体の影響を超えてWLB施策が女性の賃金を上げ、男女賃金格差を縮小させるが、そのような人材活用方針を持たずにWLB施策を導入した企業では、おそらく「マミートラック」の女性を増やすためと思われるが、かえって男女の賃金格差が増大するという分析結果を報告した。

これらは日本の結果であるが米国では、企業のダイバーシティ推進施策の成功はいわゆるダイバーシティ経営の質に関わっているとの実証結果がある。結論として、余裕のある企業が行っているのではないかとの批判は一部の施策を除いて該当しないが、企業の労働生産性向上や、男女賃金格差の縮小には、性別によらず人材活用に努めているか否かを核とする、ダイバーシティ経営のあり方が重要なのである。

空気を読んで合わせることの弊害とその誤解

参加者の質問の中には拙著『ダイバーシティ』の内容に関するものもあった。

拙著の中では寓話を通じ「空気を読んで行動する」ことの弊害について議論している。人々が空気を読んでそれに合わせると、空気に合う情報は出すが、合わない情報は出さない結果、見かけ上の合意は得られても多様な知識・経験を生かせないため、合理的な結論が得られにくい。また会議の初めに誰がどういう意見を言ったかというような偶然の事柄によって合意の結果が変わりやすく、これも合理的でない。そういう議論を拙著ではしていた。

それに対し講演会参加者からは「空気を読まない社会では好きに発言する人が増えてまとまらないのでは?」に代表される質問が多く出された。

実はこの質問は2つのことを混同している。

英語では「空気を読む」に相当する言葉は無いが、あえて英語で区別するとConformity(同調)とCooperation(協力)の違いである。前者は弊害が大きいが、後者は重要かつ不可欠だ。原義ではコンフォーミティは「形を合わせること」、コオペレーションは「共同作業」を意味する。

これも筆者の経験だが、米国で研究資金財団による、ある大学の社会疫学研究所の研究資金継続申請の審査員団の1人として初めて参加した1980年代のことである。8人ほどの審査員は社会科学や生命科学の学者で専門分野はそれぞれ異なり、筆者にとっては全員初対面であった。

審査員団の仕事は研究所の今後の研究計画についての資料について研究主査などに質問の後、審査員団のみで約一日半かけて議論し資金継続を推薦するか否か、また推薦する場合にはその推薦度に数値評価を与え、またその理由を共同で提出することであった。

1日目に大学からの説明を聞いた後、審査員の会合でそれぞれが意見を述べたときは、みな観点が違う事もあり、これでまとまるのかと危惧した。筆者が驚き、また感動したのは2日目の議論である。共同で報告を作る契約義務を負ってはいるのだが、各委員が他の委員の論点を理解しようと努力し、一致点を見いだし、合意できる共同報告を作成することにみなが積極的に協力したからである。

ここではコオペレーションとは単に協力的態度を取るだけではなく、他者の多様な専門的観点の一致点や相違点を理解し、その上で共通の目的に向かって共同作業をすることを意味し、筆者はまさにその生きた経験をしたのであった。

ダイバーシティを生かすにはまさにこのコオペレーションが欠かせない。一方前述の「空気を読んで合わせる」という意味でのコンフォーミティは、同調が最後の統合手段ではなく、最初から優先されていることが問題だ。日本では「協力すること=人に合わせること」という大きな誤解があるようだ。でもそれでは人々の多様な知識や経験を生かすことは全く出来ないのである。

質問には、まだ多くの重要なものがあったが、それに対する筆者の回答の幾つかは、お茶の水女子大学で刊行の講演報告書に掲載される予定である。

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