「東京から男女平等を実現する女性勝手連」への苦言

東京から男女平等を実現する女性勝手連は、東京都でどのような実行可能なビジョンと政策プランを持つのかを公平に分析し、都民に伝えることを優先すべきではなかったのか。

著名なフェミニストたちを中心にして「東京から男女平等を実現する女性勝手連」が、都知事選で鳥越氏を応援するべく結成され、鳥越氏に要望書を手渡したという。鳥越氏を支持する理由が、鳥越氏だけが男女平等を実現できる候補だからだという。

これが分からない。断っておくが、この勝手連の主要メンバーである竹信三恵子氏、大沢真理氏、浅倉むつ子氏らは今まで素晴らしい仕事をされた人たちだと思っている。竹信氏は『ルポ雇用劣化不況』や『ルポ賃金差別』などジャーナリストとしての優れたルポに基づいた著作で、わが国の男女賃金格差や非正規雇用の問題を見事に浮き彫りにしてきた。

大沢氏は男女共同参画基本法制定に貢献し、学術的にも優れた業績を残してきた。浅倉氏は女性差別に関する裁判などで優れた意見書を書き、わが国で女性が置かれた現状改善に多大な貢献をしてきた。だから余計にそう思うのだ。

つまり今回の運動を彼女たちが推進することが納得できないと。なぜ、男女平等実現は鳥越氏でないとダメなのか、という多分誰でも抱く素朴な疑問についてである。

勝手連はなぜ、鳥越氏だけが男女平等を実現すると思うのだろうか。もし自民党に近い候補はダメ、野党の候補なら良いというのであれば、それこそ男女平等実現の名を借りた左翼政治運動であるとのそしりを免れない。比喩が適当ではないかもしれないが、昔日本社会党が「米国の核兵器保有は戦争のため、ソ連の核兵器保有は平和のため」とまことしやかに言っていたことを思いだした。

自民党の女性の活躍推進は「偽物」で、野党支持候補の鳥越氏なら「本物」の女性活躍推進ができる、という論理はそれと似ている。事実は安倍政権により「女性活躍推進法」は作られた。

この法は、間接差別の問題などへの対応は未だ不十分であったと筆者は考えるが、これはこれで大きな進歩であったと思う。これは野党の出した法案ではない。政策評価はどの政党の政策かではなく、どういう政策かで判断すべきなのはいうまでもないと思うが。また鳥越氏は何より動機が問題だ。

国政に不満があるからとの理由で、また東京都には多くの解決すべき問題が有り、また国際都市としての役割もあるのに対し、それらについて問題意識も具体的ビジョンや政策もないままで都知事に立候補するなど、筆者に言わせれば、都民と都政をバカにしているとすら思える。

国政は国政、都政は都政である。勝手連は国政への態度の基準で都知事の候補者を判断しているように思えるが、それはおかしい。都民や都政のことを優先していないからだ。

都知事候補者評価にはその政治哲学とともに具体的かつ実行可能な東京都独自の政策プランを持っているかが重要だ。一例だが増田氏は子育て支援について、既にフィンランドのネウボラ制度(自治体による妊娠期から子育て期まで家庭を切れ目なく細やかにアドバイスする制度)を取り入れた世田谷区の事例を上げ、そういった制度をより広く普及することをテレビの討論会で述べていたが、これは「外国産」と言っても無理なく、わが国に持ち込める良い制度で、是非とも実現して欲しいものだ。

また、付け加えると、フィンランドは教育とケアを結びつけたEduCareという思想に基づき、小学校就学前児童に広く教育機会を広げようというプログラムも持っている。近年親の貧困と生徒の習熟度格差との関係は主に就学以前の家庭環境の違いによるという研究結果が、ノーベル経済学者でもあるシカゴ大学のジェームス・ヘックマン教授等の研究で明らかになっている。

EduCareの思想は、そのような家庭環境による学習機会の不平等も改善する意図がある。子どもの平均的習熟度では最も成功しているフィンランドの制度である。増田氏にかかわらず新都知事はネウボラと共に是非参考にして欲しいものだ。子どもがみな生き生きと育つ社会環境の実現は、都政にとって最重要事項の一つであることは言うまでもないだろう。保育所の待機児童問題だけが社会による子育ての重要問題なのではない。

また、女性の活躍推進は当然男女平等を推進と関連するが、小池氏は少なくとも他の主要2候補より以前から女性の活躍推進には積極的であった。未だ女性知事が少ない中で彼女が首都東京の知事になれば、それだけで女性活躍の推進に貢献するというのも事実である。

勝手連は彼女の政治哲学が嫌いで小池氏を支持しないようだが、それなら鳥越氏が「東京から男女平等を進める」のに最適だからという表向きの理由はおかしい。

また勝手連のフェミニストたちは、貧困や福祉問題と関係する男女格差問題や女性に対する暴力問題は気に掛けても、政治や経済で有能な女性が男性と同様の機会を与えられず、責任の重い仕事や重要な意思決定に関わる仕事からは排除されがちであったことには、比較的無関心であるように思えるが違うだろうか。

なお「主要3候補」以外の人について言及しないのは、筆者の知識不足のせいで他意はない。また知事候補を比べるのが本稿の目的ではない。

いずれにせよ、女性の活躍推進には筆者などより遙かに長く熱心に関わって来られた勝手連のフェミニスト諸氏には僭越だが、今回の旧態依然たる左翼的発想と異ならない運動は完全に「アウト」だと思う。

専門家なら特定候補の支援ではなく、各候補が女性の活躍推進に向けて東京都でどのような実行可能なビジョンと政策プランを持つのかを公平に分析し、それを都民に伝えることを優先すべきではなかったのか。また鳥越氏に対して勝手連は具体的政策の要望を提出したが、そのような要望は小池氏や増田氏を含む有力候補者全員に提出すべきではなかったのか。

もし自分たちの支援者が当選したら意見が通ると期待して特定候補を支持し要望を提出したのなら、従来の利権がらみの組織的支援と類似の構造で、開かれた市民社会の実現とは全く逆の方向ではないか。

【編注:山口一男氏より7月30日、以下のコメントが寄せられましたので追記いたします。(2016年8月1日12時00分)】

この記事が出た翌日に勝手連はそのFACEBOOKのホームページhttps://www.facebook.com/TokyoF

に「鳥越氏を支持する理由と都政における男女平等政策の不可欠性」という文章を掲載しました。この記事のことは掲載と同時に勝手連代表にも通知がされたので、それへの応答だと思います。発表された理由への賛否は別にして、そのような対応を勝手連がすぐ行ったことは大変誠実なことだと感謝いたします。山口一男

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