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憲法記念日に思いをはせる「公」と「個」

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来る7月には参議院議員選挙があります。18歳に選挙権が拡大された最初の選挙としても注目されていますが、安倍首相がその在任期間中に「憲法改正」を実現すると明言しているとおり、改憲か護憲かをうらなう重要な選挙となることは間違いありません。それに関連して、徐々にではありますが、改憲をめぐる議論が盛んになり、多くの人がその議論に参加するようになってきたと感じています。

安倍首相は、正式な憲法改正の手続をとる前から「解釈改憲」という手法を使って、一昨年7月には集団的自衛権の行使を容認する閣議決定、さらに昨年9月には集団的自衛権の行使を定めた安全保障法制の成立を実現してきました。

集団的自衛権の行使容認については、歴代内閣が憲法違反と表明。また、安保法の国会審議の中で、元最高裁判所長官、元内閣法制局長官、大多数の憲法学者、全弁護士会、多くの国民から違憲の声があがりました。それにもかかわらず、安倍首相は安保法の成立を急ぎました。そして現在では、テロや自然災害をとらまえて緊急事態条項の必要性が声高に唱えられています。

もちろん、個別のテーマごとに賛否それぞれの意見があると思います。私は、主権者である国民が憲法について大いに自らの意見を主張し、大いに討論することは民主主義にとってとても大切なことだと思っています。まさにいずれの意見にも真摯に耳を傾ける必要があると考えています。

もっとも、憲法が改正されていないという現状では、現行の憲法の枠組みで政治をすることが政治家には求められます。現行憲法の枠組みを超えることをしたいのであれば、それを国民に提案し、国民的な議論を行い、憲法に規定された改正手続を経なくてはなりません。しかしながら、一昨年来の安倍首相のやり方は、現行憲法の枠組みを超えていると言わざるを得ないのが実情です。それは、解釈改憲などというもっともらしい言葉で語れるものではなく、単に憲法違反なのです。そしてそれらは、見方を変えるなら、いずれも自民党の改憲草案を先取りする行為だとも言えます。

憲法が「政治をする人」をしばるルールである以上、安倍首相がそのしばりから抜け出ている現状に対して、私たち主権者は「憲法を守って政治をしなさい」というべきですし、来る参議院選挙では、そのような意思表示をする必要があります。憲法は、私たち主権者と選挙で選ばれた議員との約束です。その約束が破られているのであれば、約束違反の政治家には、私たちの生活や将来を任せておくことはできません。

自民党の改憲草案の話が出たので、そこにも少し触れておきたいと思います。

自民党の改憲草案の中に「公益及び公の秩序」という言葉が何度も出てきますが、現行の憲法にはこの言葉はありません。特に、個人の人格的発展や民主主義の発展に大変重要な意義を持つ「表現の自由」について、自民党の改憲草案では、新たに「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」との規定を追加しています。これは、「公」を守るという口実の下に、個人の大切な権利が制限されるおそれが大いにあるものと危機感を持っています。戦争を防げなかった戦前の大日本帝国憲法が「法律の範囲内」で表現の自由を保障していたのと同じように、不十分な人権保障では、政治をする人の恣意的な運用が人権侵害を起こし得ることを私たちは認識しなければなりません。

一般に、現代憲法は「公」よりも「個」を大切にしています。「個」が大切にされることに一番の価値があるのです。むしろ、「公」などというあいまいな概念で、「個」の人権を制限することは、これまでの歴史が繰り返してきた過ちを再度繰り返すことになりかねません。「公」のために「個」が犠牲にならないためにこそ、憲法が政治をする人をしばり、私たちの暮らしを守っているのです。

もちろん「公」も大切です。ただし、それは「個」が尊重されることが前提です。私は、「個」よりも大切な「公」などないと考えています。現行の憲法で一番大切な条文はどれかと問われれば、選ぶのは難しいですが、私は憲法13条をあげます。憲法13条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しています。「個人の尊厳」「幸福追求権」と呼ばれるものです。社会生活を営んでいる以上「公」ももちろん大切ですが、あくまでも「個」が基本であり、「個」が最大の尊重をしなければならないことが明記されています。その意味では、いまの憲法は、とてもバランスがとれた憲法だといえます。

そして、その絶妙なバランスの上に、私たちの生活と将来は守られているのです。私たちは、憲法の存在を日々の生活の中で強く意識することは必ずしもないかもしれません。しかし、憲法は、私たち一人ひとりが「個」としてイキイキと生きていけるよう、政治をする人を絶えずしばっているのです。それは、ふだんは意識はしないけれど、なくなってしまえが生きてはいけないほど、私たちの生活に大切なもの――まるで水や空気のような存在で、文字通り「おはようからおやすみまで」私たちの暮らしを見つめる最高法規なのです。

このような憲法の「存在」を知ってほしいという思いから、昨年の憲法記念日に「だけじゃない憲法~おはようからおやすみまで暮らしを見つめる最高法規~」(猿江商會)という本を出版しました。私は、水や空気のような存在の憲法がないがしろにされることで、私たちの暮らしが踏みにじられかねないということを多くの皆さんに知ってほしいと思います。日々の暮らしも大変ですが、政治家にすべてを任せっきりにしていれば、その大切な生活も守れなくなる危険性があります。

憲法が危機にあると言われ、参議院選挙を目前に控える今年の憲法記念日、ひとりの主権者として、きちんとそのことに思いを巡らせるべきことだと考えます。日々の生活で憲法をあまり意識することがないのと同様、ふだんはGWの祝日のひとつとしか意識していない憲法記念日。1年に1度のこの日だけでも、憲法についてあらためて考えてみるのもよいことだと思います。