けいざい早わかり:骨太の方針2016とニッポン一億総活躍プラン

2015年9月に安倍首相は、アベノミクスは第2ステージに入ったとし、それまでの三本の矢にかわる「新・三本の矢」を打ち出しました。

Q1. 骨太の方針2016のポイントは何ですか?

2015年9月に安倍首相は、アベノミクスは第2ステージに入ったとし、それまでの三本の矢「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資を喚起する成長戦略」にかわる「新・三本の矢」を打ち出しました。第一の矢は「希望を生み出す強い経済」、第二の矢は「夢をつむぐ子育て支援」、第三の矢は「安心につながる社会保障」です。これらを推進していくことにより、それぞれ「GDP600兆円」、「希望出生率1.8」、「介護離職ゼロ」の実現を目指しています。

骨太の方針2016では、「新・三本の矢」を一体的に推進することにより、「成長と分配の好循環」の実現を目指しています。

「新・三本の矢」が打ち出された背景には次のような考え方があります。日本では、少子高齢化が進展しており、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」によると、日本の人口は2050年には9708万人と1億人を下回る見通しです。人口の減少により、今後、国内需要の伸びを期待することは難しくなります。

そのうえ、少子高齢化の進展により、労働力人口の減少が続くため、人手が不足し、経済成長が抑制される可能性が高くなると考えられます。このような人口動態の見通しの下、人々の将来に対する見方は悲観的なものとなってしまいます。

安倍政権は、こうした状況を変えるには、国民一人一人が活躍できる社会をつくることが重要であるとしています。そして、そのための課題として、結婚・子育ての希望を実現しづらい状況と、介護と仕事を両立しづらい状況を克服することを挙げています。

合計特殊出生率は近年緩やかな上昇傾向にあるとはいえ、2015年時点で1.46にとどまっています。これに対して、結婚して子どもを持ちたいと考える人の希望がかなった場合の出生率とされる「希望出生率」は1.8であり、現状は希望通りに子どもを持つことができていない状況であると言うことができます。

子育て支援などを充実させ、希望通りに子どもを持つことができるようになれば、合計特殊出生率が上昇し、人口減少のペースは緩やかになります。また、子育て支援の充実は、子育てに専念していた女性が社会で活躍する可能性が広がることにもつながるでしょう。介護サービスの基盤が整備されれば、介護のために離職をせざるを得ない人が仕事を続けることができるようになります。

第二の矢「夢をつむぐ子育て支援」、第三の矢「安心につながる社会保障」の推進は、労働供給の減少を緩和させることになり、第一の矢「希望を生み出す強い経済」の実現へつながります。また、「希望を生み出す強い経済」が実現すれば、税収が増加して、「夢をつむぐ子育て支援」や「安心につながる社会保障」を推進するための財源を確保しやすくなります。これが「成長と分配の好循環」とされるものです。

国民一人一人が活躍できる社会をつくることを目標に、「ニッポン一億総活躍プラン」が策定されており、その内容は、骨太の方針2016にも反映されています。以上のような安倍政権の経済政策の関係をまとめたのが図表1です。

Q2. GDP600兆円の実現に向けてどのような政策が実施されるのですか?

日本の名目GDPは、1997年度の521.3兆円がピークであり、その後は2007年度にかけて変動はあるものの、横ばい圏で推移していたと言えます。2008年度、2009年度にはリーマン・ショックの影響により減少したものの、その後は持ち直して2015年度には500.3兆円となっています。安倍政権が目指す3%の名目成長率が実現できれば、2021年度には600兆円に近づくことになります(図表2)。

もっとも、今後、労働供給が減少していくと見込まれる中で、600兆円を実現するためには、生産性を上昇させることが不可欠です。

骨太の方針2016では、生産性の向上を目指して、生産性革命に向けた取り組みを加速させるとしています。そのため、たえとば、IoT、ビッグデータ、人工知能に関する研究開発投資を推進し、2020年までに官民合わせた研究開発投資の対GDP比を4%以上とし、このうち政府の研究開発投資は、対GDP比1%にすることを目指しています。

このほか、成長戦略である「日本再興戦略2016」に取り組むとしています。日本再興戦略では、生産性革命を実現する規制・制度改革や、GDP600兆円に向けた「官民戦略プロジェクト10」などが掲げられています。このプロジェクトの中には、IoT、ビッグデータ、人工知能・ロボットといった第4次産業革命の実現、GDPの7割を占めるサービス産業の生産性向上、訪日外国人旅行者数を2020年に4000万人、訪日外国人旅行消費額を2020年に8兆円とする目標に向けて、観光の基幹産業化(観光立国の実現)などが含まれています(図表3)。

Q3. 「ニッポン一億総活躍プラン」とはどのようなものですか?

一億総活躍社会とは、「女性も男性も、お年寄りも若者も、一度失敗を経験した人も、障害や難病のある人も、家庭で、職場で、地域で、誰もが活躍できる全員参加型の社会」とされています。こうした社会の実現に向けて、働き方改革に取り組むこととなっています(図表4)。

日本の労働者の約4割は非正規雇用であり、パートタイム労働者の賃金は正規労働者と比べると4割低い状況です。このような賃金格差は、欧州では2割であり、日本は大きいと言えます。安倍政権は、こうした状況を改善するために、雇用形態にかかわらず、同一の労働に対しては同一の賃金を支給する「同一労働同一賃金」の実現に向けて、どのような待遇差が不合理であるかというガイドラインを策定するとしています。また、最低賃金を引き上げていき、全国加重平均で1000円にすることを目指すとしています。

このほか、長時間労働は、「仕事と子育てなどの家庭生活の両立を困難にし、少子化の原因や、女性のキャリア形成を阻む要因、男性の家庭参画を阻む原因となっている」ことから、長時間労働の是正を進める方針です。さらには、高齢者の7割近くが65歳を超えても働きたいという希望を持っていることを踏まえ、高齢者の就労促進に向けて、65歳以降の継続雇用延長や65歳までの定年延長を行う企業に対する支援などを実施していく方針です。

「希望出生率1.8」の実現に向けては、保育の受け皿を整備することが必要であり、保育人材を確保することが不可欠です。このため、保育士の月給を2%引き上げるとともに、保育士としての技能・経験を積んだ職員については、全産業平均の女性労働者との賃金格差(4万円程度)を解消すべく、追加的な処遇改善を行うとしています。こうしたことにより、9万人の保育人材を確保し、待機児童解消を実現するとしています。

このほか、共働き家庭などが抱える「小1の壁」といった問題に対応するため、2019年度末までに放課後児童クラブで30万人の追加的な受け皿整備を進めるとしています。また、家庭の経済事情に関係なく、希望すれば誰でも大学などに進学できるよう、奨学金制度の充実を図るとされています。

「介護離職ゼロ」の実現に向けて、鍵を握るのは人材の確保です。高齢化の進展を背景に介護サービスへの需要の増加が続く一方、介護人材の賃金は他の産業と比べると低いことなどから、人手不足の状況が続いています。このため、人材の確保に向けて、2017年度からキャリアアップの仕組みを構築し、月額平均1万円相当の改善を行うほか、多様な介護人材の確保に向けて、離職した介護職員が再び介護職に就く場合の20万円の再就職準備貸付制度などのさらなる充実や、高齢人材の活用を図るとしています。こうした取り組みにより、25万人の介護人材を確保することを目指します。

保育、介護ともに処遇改善を通じて、必要な人材を確保しようとしていますが、非製造業を中心に人手不足感が強い中、実際に人材を確保できるかが課題となります。

Q4. 社会保障を充実させるための財源はどうなっていますか?

社会保障を充実させる政策に対して、安定財源を確保することは、財政赤字を拡大させないという点だけでなく、政策の持続性という点でも重要と考えられます。安定的な財源の裏付けがない政策は、財源の確保が難しくなった時点で、政策の規模が縮小される可能性があるからです。

ニッポン一億総活躍プランに盛り込まれた、保育人材、介護人材の報酬の改善には2000億円の財源が必要とみられているようです。骨太の方針2016では、子育て支援・家族支援等の充実といった歳出の増加を伴う政策については、適切な安定財源を確保するとしていますが、具体的な財源が明記されているわけではありません。

安倍首相は、議長としてとりまとめた伊勢志摩サミットの首脳宣言の中の、世界経済の危機を回避するために財政政策を機動的に実施するという方針に基づき、消費税率の10%への引き上げ時期を2017年4月から2019年10月に延期すること、今年秋に「総合的かつ大胆な経済対策」を実施することを表明しました。消費税率の10%への引き上げは、安倍首相の判断によって2015年10月から2017年4月に延期されていましたので、当初の予定からは4年延期されることになります。

消費税率引き上げによる増収分は、低所得の年金受給者への年6万円の福祉的給付金の支給など、社会保障の安定や充実に使われることになっていました。しかし、消費税率の引き上げ時期の延期により、そのための財源を確保することができなくなります。

骨太の方針2016では、財政健全化に関して、2020年度までに国と地方の基礎的財政収支を黒字化させる目標が引き続き掲げられていますが、内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(2016年1月)によると、達成は難しい状況です(図表5)。

消費税率の引き上げの延期が表明された中、安定的な財源を確保できないまま、社会保障を充実させる政策を実施しようとすれば、他の政策経費を削減しないかぎり、財政赤字が拡大する可能性が高くなります。消費税率引き上げによる増収を財源に実施する予定だった社会保障の充実のための政策の実施時期をはじめ、歳出、歳入の見通しを再検討したうえで、財政健全化に向けた道筋を明らかにする必要があると考えられます。

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