SNS相談、その裏舞台で見えた課題

文部科学省の調査研究事業が予算化されれば、いくつかの自治体でSNS相談が実行されるかもしれない。
AFP/Getty Images

長野県教育委員会とLINE社が協働して行った、中学生、高校生のためのLINEを使った相談事業の実績が発表された。

相談件数は予想を越えるもので、改めてSNSを使ったコミュニケーションが中高生に浸透し、不安や悩みの相談にも大きな役割を果たすことがわかった。

LINEによる相談は、9月10~23日の2週間、実施。「ひとりで悩まないで@長野」のアカウントを開設し、県内の中高生など約12万人に案内。期間中は午後5~9時に相談を受け付け、10人の態勢で対応したという。ただ、結果的にアクセスが集中し、対応できたのは全体の約3分の1だった。

長野県教育委員会が9月、通信アプリ「LINE」を使って中高生の悩み相談を受け付けたところ、2週間で1579件のアクセスがあり、このうち547件の相談に乗れたことが分かった。県教委が10日、発表した。2016年度の1年間に電話で寄せられた相談は計259件で、LINEの方がはるかに多かった。

相談は、相談者とそれを受ける相談員、そして相談手段によって成立する。筆者は、本事業で相談を担当した関西カウンセリングセンターに伺い、実際にLINE相談の現場を見るとともに、認定NPO法人育て上げネットの職員が相談にかかわった経緯から、SNS相談の舞台裏で見えた課題について考えてみたい。

一般的な相談現場は、相談者と相談員がプライバシーに配慮された空間でコミュニケーションを交わす。そこには言語が介在し、視覚や嗅覚、聴覚などを使って相談者に寄り添うことになる。電話相談であれば声を中心に、そのトーンや"間"を感じながら相談者に寄り添っていく。

しかし、SNS相談はまったく別世界であった。大きなテーブルを囲むように相談員が座り、目の前にはSNS相談のためのシステムが実装されたノートパソコンが立ち上げられている。それ以外に、相談員をマネジメントする人間には管理者用のPCが配置されている。

時間が来て、相談が入ってくる。相談員は「出ます」と手を上げ、マネジメントが確認をする。そこからLINE相談が始まる。特に問題がなければ、相談現場に響くのはパチパチというタッチタイプの音だけである。これは一般的な相談現場では見られない光景だろう。その無音の世界に慣れるまで、しばらくの時間を要した。

その一方で、別の示唆もあった。通常の対面相談は内容を聞くことがほとんどできない。電話相談もインカムをつければ誰にも聞こえない。しかし、SNS相談は、一定程度のレスポンススピードが求められるものの、相談者が相談員を見ているわけではない。そのため、返答に迷った際、隣のカウンセラーと相談したり、マネジメントから助言を受けたりすることができる。これは非常に新鮮な光景であった。やもすると、相談支援は孤独、独力となりがちで、フィードバックを受けるには上長の陪席、相談者の許可のもとでの録音・テープ起こし・フィードバック、同じく相談者の許可のもとでの録画など、ハードルが高い。しかし、SNS相談は相談員が互いに議論したり、意見交換したりすることができる。相談者に「少し時間をくださいね」と同意を得て、検索など調べ物をすることも可能だ。

今回のSNS相談事業は、日本でもあまり例のない取り組みであり、それがゆえに注目を集めるが、カウンセラーを中心とする相談員にとって、SNSを使った相談そのものがほぼほぼ初めてのようだった。日常生活でLINEを使うことはあっても、相談の場面で使ったことはない。カウンセリングは、目の前にクライアントがいるところが基本的な想定であり、「クライアントが見えない」「声でのコミュニケーションがない」「画面の向こうに誰がいるのかはわからない」状態で相談を受けるのは高いストレスと不安が付きまとう。

SNS相談員として子どもたちを支えていこうと手を挙げた相談員の勇気とチャレンジ精神に心からの拍手を送りたい。なぜなら、情報がほとんど見えないなかで、自殺念慮やいじめの相談を受け続けることの負荷や難しさを誰よりも知っているのもまたカウンセラーという職業に就くひとたちだからである。

※ここでは「カウンセラー」と表記したが、本件の相談員を募るにあたっての相談員資格は下記のものとなっている。

〇心理カウンセラー有資格者

(関西カウンセリングセンター認定心理カウンセラー、臨床心理士、産業カウンセラー等)

〇精神保健福祉士または社会福祉士

〇心理学専攻の大学院修士課程または博士課程在籍者

〇若年者支援実務経験者(ひきこもり支援・不登校支援等)

〇教員経験者

相談が始まって一時間もすると10名の相談員が全員相談状態となった。自殺念慮/希死念慮、部活や家族の悩み、性に関するものから受験の悩みなど、中高生の悩みや不安は広く深い。"身バレはない"ということを確認するような表現もあれば、「これは友人の悩みのようだが、ご本人のものではないか」と相談員が話していることもあった。

もちろん、"お試し"で入って来たと思われるものもあったが、筆者が想像していた冷やかしのようなものはほとんどなかった。むしろ、家族や友人にも相談することができず、10代の子どもたちが抱え込む問題の根深さ、ときに思春期特有の悩みまであるが、本人にとっては身もだえする、どうしたらいいのかわからずに苦しんでいるものではないか、ということを想像させる内容が多かった。

LINEを使った相談が、中高生にとって非常にアクセスしやすいことは上記記事内容からもわかった。来年度、文部科学省の調査研究事業が予算化されれば、いくつかの自治体でSNS相談が実行されるかもしれない。しかし、実際の運用に向けた課題は少なくない。

ひとつは「人材育成」だ。SNS相談を行ったことのあるカウンセラーがいない(いても稀)。有資格者であっても、おそらく、彼らが想像する以上に、SNS相談は通常の相談とは「違う」はずだ。それは現場の相談員も口をそろえて言う。まったく別物であると。つまり、予算がついて、カウンセラーなどの資格者を集めたらすぐにできるというものではなく、きっちりとした研修が必要となる。

関西カウンセリングセンターでは、アカデミックアドバイザーに京都大学の杉原保史先生が就任し、マニュアルの作成と事前研修が行われた。日本で具体的なケースが充分に積み上がっていないなか、そのクオリティーは初めての相談員の不安をやわらげ、SNS相談の軸を理解し、リスク回避手法を学ぶには十分過ぎるものであった。

今後は、このマニュアルに沿った養成研修のほか、SNS相談の特性を理解する研修、SNS相談の実際を匿名化加工した実例を通じた研修、チャットツールの操作に関する研修、チャットシステムを使ったロールプレイ研修などが必要になってくるだろう。ベテランカウンセラーとSNSを日常的に使いこなすカウンセラーが複数集うことで充実した相談支援が可能となる。

文部科学省に限らず、自治体や教育委員会などがSNS相談に乗り出すにあたって、人材育成や事前研修に十分な時間と予算を割くことなく運用を始めた場合、大きな混乱が現場で起こり得る。ここはしっかり提起しておく。

ふたつ目は、SNS相談の専門家/スペシャリストの身分保障だ。自治体がやるにせよ、学校がやるにせよ、民間に出すにせよ、単年度予算で継続性が担保されなければ、専門家の身分保障ができず、ひいては数年かけてのスペシャリスト育成には着手しづらい。この未知の領域において、これまでの「対人支援」「相談支援」の現場における不安定就労状態を回避するためにも、運用にあたっては身分保障の議論をしなければならない。

最後は、どこまでSNS相談でできるのかを決めることだ。SNS相談は、子どもたちにとってのアクセスビリティが非常に高いことがわかった。しかし、相談で解決できることには限界がある。また、SNS相談から電話相談や対面相談につないでいくことも、また実効性が見えていない。子どもたちの悩みや不安を受け止めるファーストドアとしての役割は十分に担えそうだが、これですべてを解決することはまだできそうもない。つまり、電話相談や対面相談を含めて、既存の相談が子どもたちに合っていないのではなく、ファースとドアとしてのミスマッチがあっただけだ。

SNS相談は今後進んでいくだろう。その際、数値的にあがっていないという理由から電話相談や対面相談の予算を削ってSNS相談を初めても、ファーストドアをくぐった子どもたちの受け皿がなければ、子どもたちの課題を解決することができないのだ。本当に幅広い悩みや相談が一気に入ってくる様子を垣間見て、子どもたちの抱えていることを受け止めて解決していくにあたって、SNS相談のみならず、それを含めた包摂的なシステムを構築することこそが、予防の観点でも、社会的投資の観点でも有効であると考える。

(2017年10月12日Yahoo個人より転載)

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