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竹内健 Headshot

若さとは将来に期待すること、自分がまだ成長できる、何かをなす事ができると信じられること

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40代で電機業界にいると、同世代や上の世代の人の現状は悲喜こもごもです。自らの意思で会社を辞めた人も多いし、リストラや早期退職で会社を辞めざるをえなくなった人も多い。

好奇心を失わずに、新しいことに挑戦し続けている人もいれば、昔身に付けたスキルで逃げようと守りに入っている人も。

大学(院)を卒業して入社した時は似たような感じだったのが、驚くほど差ができてしまう。

残酷なことに、両者の差は年々広がるばかりです。

以前のように終身雇用が守られていた時には、両者は待遇という面ではさして違わなかったと思います。

ところが、自分の力で第2、第3の人生を切り開かなければ行けない今では、差は歴然とします。

この差はなぜ生まれたのだろうか?と考えてしまいます。

よく好奇心が若さと言いますが、技術者の場合は、将来に期待すること、自分がまだ成長できる、何かをなす事ができると信じられること、と言い換えられるかもしれません。

自らやりたいことがある、と言っても良いでしょう。

研究や開発はリスクがあるのが当然です。

ひょっとしたら失敗するかもしれないし、難しいからこそ今まで誰も成功していないわけです。

そんな時に、将来の社会をこうやって変えていきたい、それに少しでも自分も貢献したい、どうしてもやり切りたい、という思い・志がなければ、リスクの高い研究などできません。

研究や開発には挫折がつきものですが、守りに入っている人はちょっとした失敗でも、「どうせできないや」と腰砕けになって諦めてしまうのです。

大学の研究室の主体は学生です。学生は否が応でも自分で未来を作っていかなければいけない立場。また、守るべきものもありません。

ですから、若い世代の人たちは、自然と前向きになれるのだと思います。

一方、中高年になると、自分で余程の覚悟がないと、前向きになることは難しいのかもしれません。

これ以上新しいことを学ばなくとも、過去身に付けたスキルで逃げ切れるのではないか、という誘惑に負けてしまう人も多い。

30代までは輝いていたのに、時間が止まったように何も新しいことをしようとせず、40代からいわば「過去の人」になってしまった人もいます。

その人が輝いていた時代を知っているだけに、「過去の人」になってしまった姿を見るのはつらいものがあります。

大学だけでなく企業でも良く見られることでしょうが、守りに入って逃げ切ろうとする中高年を、知識は未熟な若い世代がいとも簡単に追い越していく。

人生は思ったよりも長いし、競争環境は急激に変わります。

いかに過去成功した経験があったとしても、逃げ切りなんて、簡単にはできないのだなと実感しています。

攻撃は最大の防御、ではないですが、自分の身を守るためには何歳になっても自分を変え、挑戦し続けるしかない。

成長すること、自分を期待することを諦めたり、「これまでの知識の貯金で食いつなごう」などと思った瞬間に、自分のコモディティ化が始まるのでしょう。

結局のところ、逃げ切りなど考えもしない人が実際には逃げ切ることができ、逃げ切ろうとした人には居場所がなくなる、という皮肉な結末になりがちです。

難しいことを考えなくても、これは当たり前ですよね。

いかにしてサボるか・楽してお金を貰おうとする人、言われたことしかやらない人よりも、前向きに自ら困難な仕事に挑戦する人の方が、一緒に仕事をしていて楽しいですから。

ベテランの方が転職をする時は、アピールする材料として過去の実績を語るのが一般的でしょうが、技術・知識の陳腐化が早い時代には、過去の実績だけでは、これから仕事ができるかどうかわかりません。

むしろ、自分の過去を語るのか、これから自分が作りたい未来を語るのかで、その人の技術者・研究者としての本質を見ることができるのではないでしょうか。

過去の栄光にすがるのか、未来を自ら作ろうとする意思があるのか。

過去しか語らない人は、その実績がいかに素晴らしくとも、技術者・研究者としてはもはや使い物にならない、賞味期限が切れている、という厳しい現実があります。

逆に、ファイティングポーズを取り続ける人には、何歳になってもチャンスがあるのだと思います。

(2016年6月11日「竹内研究室の日記」より転載)