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初の安倍首相の施政方針演説への代表質問・・(2)「心情倫理」と「責任倫理」

2014年02月12日 00時10分 JST | 更新 2014年04月13日 18時12分 JST

いまの政治状況では民主主義は死んでしまう――。私は、強い危機感を抱いています。先ほどふれた「一強多弱」と言われる政治状況のことです。これでは本来あるべき野党のチェック機能も働かない、与党の数を恃んだ暴走も許してしまう。

私がこのことを痛感したのは、先の臨時国会の会期末、安倍政権が強引に「特定秘密保護法案」を可決に持ち込んだ時のことでした。国の根幹である安全保障や国民の知る権利という基本的人権に関わる重要法案で、多くの問題点があるにもかかわらず、しかも、野党との協議で法案修正にむけて生産的な議論が進んでいたにもかかわらず、安倍政権は審議を打ち切って強行採決に踏み切ったのです。まさに常軌を逸した国会運営だったと言わざるを得ません。

この秘密保護法制について、米国では、国立公文書館内に設置された情報保全監察局が、国民の申し立てにより秘密の指定を解除する強制権限を持っています。実際にもこの機関は機能していて、申し立て件数の三分の一は全面公開、三分の一は一部公開、非公開は三分の一という結果になっています。

日本でも、立法府、行政府ともに、事前かつ事後の、こうしたチェック機関、第三者機関の創設が必要不可欠と考えますが、総理の見解を求めます。特に、行政府には、内閣からの独立性を有した、例えば、三条(行政)委員会を設け、その委員も国会同意人事にし、秘密指定をチェックさせれば良いでしょう。このままでは、官僚統制を強めるだけです。総理、どうお考えですか?

安倍政権はここにきて、これまで隠していた「タカ派色」を色濃く出し始めたような気がしてなりません。憲法改正や集団的自衛権の行使についての積極的な発言が、最近、目立ちます。そして、昨年末には突如、ずっと控えていた靖国神社への参拝もされました。

この、安倍総理の靖国参拝は、中国、韓国だけでなく、同盟国のアメリカですら「disappointed」(失望した)と厳しく論評し、さらにEU等からも否定的な評価が相次いでいます。

M・ウェーバーの『職業としての政治』に、「心情(信念)倫理」と「責任倫理」という言葉があります。私の理解するところ、前者は「自らの信念に基づき行動し、その結果は神にゆだねる、あらかじめ考慮はしない」という考えです。後者は「常にそれにより引き起こされるであろう結果を想定した上で行動すべきだ」という考えです。

今回の安倍総理の靖国参拝は、おそらく「心情(信念)倫理」に基づく行動だったのでしょう。安倍さんにとっては、一度ならず二度まで総理になった以上、実現できなくて「痛恨の極み」とまで表現していた靖国参拝は「信念」に基づく行動だったに違いない。

しかし、M・ウェーバーは、政治家は「心情(信念)倫理」ではなく、「責任倫理」で行動すべきだと説きます。私も総理という地位にある方に間近でお仕えしましたが、一般人や一政治家とは違い、一国の代表である総理は、自らの信念だからと何でも押し通すことは控えなければなりません。

四囲の状況を慎重に見極め、その結果起こるであろう様々な事態も総合的に勘案したうえで、この国のために、国益のために、何がベストなのかを決断しなければならないのです。

最近の安倍総理をみていると、これからの幾多の国政の課題への対処は、もう、この「心情(信念)倫理」に基づき、決断、実行していこうと考えているのではないか、とも疑ってしまいます。そこに一定の「歯止め」をかけ、それに代わりうる「対案」で国会論戦に挑み、国民の理解を求めていく。

これこそが、「責任政党」たる野党の役割だと私は考えています。総理、このM・ウェーバーの、政治家は「心情倫理」ではなく、「責任倫理」で行動すべきという考えに対するご見識をご披露ください。

(次回以降に続く)

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初の安倍首相の施政方針演説への代表質問・・・①結いの党の原点・使命

(2014年2月10日江田憲司.net「今週の直言」より転載)

「結いの党」設立記者会見