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著作権放棄により過去の恥ずかしい作品を葬り去ることができるのか

2014年05月10日 01時37分 JST

ハフィントンポストに「泉谷しげるさん、2曲の著作権放棄を希望『ホント恥ずかしい』」なんて記事が載ってます。泉谷さんが20代に作った『自殺のすすめ』と『先天性欲情魔』という曲が、今となっては稚拙で恥ずかしいため、自作のすべてを演奏するライブシリーズで演奏したくないというところから出てきた話のようです。

当時の時代背景もあると思いますし、大人版中二病的なものもあると思いますし、一般論としてクリエイターにとって今となっては捨て去りたい過去作品があるということは理解できます。

では、このような場合、著作権法的な観点から何かできるのでしょうか?

まず、著作財産権(狭義の著作権)ですが、泉谷さんが希望するように著作権を放棄をすると、作品がパブリックドメインになってしまい、誰でも自由に利用できるようになってしまいますので、たぶん意図するところと逆方向に進んでしまうと思います。

また、著作権法上は著作権の放棄に関する規定はありません。どうすれば放棄できるかについては諸説ありますが『著作権法逐条講義』では「新聞広告による著作権放棄の意思表示が必要」とされています。しかし、こんなことをすると、上記2曲が泉谷さんの作品であることを世の中にいっそう広めてしまうことになるのでさらに逆効果ですね。

問題の2曲のJASRACとの信託契約を解除して楽曲の著作権を泉谷さん本人に戻すことによって、この曲の利用を禁止する方がまだ適切だと思います(JASRACの規定的に特定の曲だけ契約解除できるのかよくわかりませんが)。ただ、この曲を含むアルバムの販売やレンタルはどうなるか等の現実的問題が山積みだと思います。

では、著作者人格権はどうでしょうか?

公表権(18条)は、公表されていないもの(あるいは同意なしに公表されたもの)を勝手に公表することを禁止できますが、すでに自分の意思で公表されてしまったものに対しては何もできません(公表のundoはできませんので当然とも言えます)。

氏名表示権(19条)は、普通は著作者名の表示をさせる権利ですが、表示しないこととする権利も定められてはいます。

第十九条 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する(後略)

ただ、現実問題として、この権利を主張するためには、上記と同様に何らかの手段により世の中に告知しなければいけないわけで、これまた逆効果です。

同一性保持権(20条)および名誉声望保持権(113条6項)はほとんど関係ないと思います。

最後に念のために書いておくと、おそらく泉谷さん本人は「こんな曲を二度と歌いたくない」というだけの話だと思います(それは本人の自由です)。それをわざわざ著作権法的に真面目に検討してみたというのが本エントリーの趣旨ですので、泉谷さんを批判する意図はまったくありません。

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(2014年5月8日「栗原潔のIT弁理士日記」より転載)