更なる看護大学の新設を!少子化に逆行して高まる大卒看護師人気

大学卒の看護師が10%増えると患者の死亡率が5%減る。この米国の研究結果は私が今夏に知った衝撃的な事実の一つです。
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大学卒の看護師が10%増えると患者の死亡率が5%減る。この米国の研究結果は私が今夏に知った衝撃的な事実の一つです。この研究はLinda H. Aiken et.alが2003年にアメリカ医師会誌(JAMA)で発表したものです。さらに、同様の研究グループが欧州で追試験を行ったところ患者の死亡率が7%減るという結果も2014年に英国のLancet誌で報告されています。

これらの研究結果が日本でも通用するならば、大学卒の看護師を増やすことは医療レベルを向上させます。

確かに、我が国でも近年大卒の看護師が増えています。(平成15年度5125人→平成18年度7140人)。ところが、「急に大卒の看護師を増やしても粗製濫造になりかねない」という危惧の声も少なくありません。特に、新設された看護大学の偏差値が低いことを指摘する人が多いようです。

そこで私は、日本における看護師の大学教育の現状について調査しました。特に、入学時の学力と卒後の学力に関係性があるかを調査しました。

まず、看護学部に対する学生人気の高まりには目を見張るものがあります。大学受験予備校の大手、河合塾提供のデータによると2004年から2014年までの10年間で4年制の看護学部志願者数は、国公立と私立を合わせて29,100人から84,300人に増加しています。実に約2.9倍の伸びです。

現在の少子化が進んでいる日本においては、大学入学の年に当たる18歳人口は一旦増加しているものの、10年間通してみると193万人から119万人へと減少しています。そこで先ほどの看護学部志願者数をこの18歳人口当たりの割合で換算してみると、その伸び率は約3.1倍と更に大きくなります。

このように看護学部志願者数が大きく増加する一方で、その学生を受け入れる看護大学の定員数国公立、私立を合わせても10年間で9,806人から19,715人と約2倍に増加しているに過ぎません。2004年の段階であっても、看護学部志願者数と定員数の間のギャップが約3倍であったのが、2014年では約4.3倍と広がっていることは大きな課題です。もちろん、このギャップが直ちに日本における潜在的な医療従事者であるとはいえません。その理由としては、私立と国公立を併願している学生数によってダブつきがあることなどが挙げられます。しかし、そのような要因を鑑みてもこのギャップは大きすぎます。

現代の日本における少子化の余波は教育界に大きく影響しています。8月25日には大学受験予備校の代々木ゼミナールが全国27か所の校舎のうち実に7割にあたる20か所を閉鎖し、全国模試も廃止することが発表されました。これは必然であるのかもしれません。日本私立学校振興・共済事業団によると今春の大学入試の結果、定員割れが起きている私立大学は全私立大学中46%にも上ることが分かりました。そのような状況で看護大学の状況は異端です。志願者数が少子化に逆らって増加しているにも関わらず、養成体制が追いついていないのです。看護師不足による現場の需要、さらには看護師になりたいという学生からの要望、ともに確実なものであることから、より多くの看護大学の設立が必要だと思います。

次に看護大学の教育レベルについてです。まず、看護学部の大学入試における偏差値は他学部と比較してどのような位置づけになっているのでしょうか?河合塾の2015年度の入試難易度表を参考にすると医学部の平均は国公立、私立を合わせて66.3であり、薬学部の平均は同様の条件で56.5です。これに対して、看護学部の平均は48.5と低くなっています。

さらに看護大学の特徴を細かく調べてみました。まず、4年制の看護大学の入学時偏差値を地方ごと比較しました。看護大学を東北・北海道、関東、中部、関西、中国、四国、九州・沖縄の6つの地方に分け、比較してみると入学時の偏差値平均は関西で最も高く(51.4)、ついで関東が高くなっています(48.3)。このように東京、大阪といった大都市とその周辺地域が高い偏差値の看護大学を多く有しています。

次に、大学教育の出口であり、その大学で行われた教育の質に対する評価の指標として、看護師国家試験の合格率を用いました。看護師国家試験の合格率は全体で、89.8%(第103回)、88.8%(第102回)、90.1%(第101回)と毎年90%前後で推移しています。

同じく、看護師国家試験の合格率を地方ごとに比較しました。看護師国家試験の合格率平均は中部が最も高く(97.0%)、ついで東北・北海道が高くなっています。(96.0%)もちろん関西や関東の合格率も95.0%、95.7%と決して低いわけではなく、看護師国家試験全体の合格率(毎年90%前後)からも看護における大学教育のレベルは高いといえます。しかしながら、中部や東北・北海道といった地方は入学時の偏差値平均(47.4、46.6)に比べて高い合格率を誇っている傾向があるといえます。

以上のことから大学入試の際の偏差値と4年後の看護師国家試験の合格率には相関関係がないことが分かります。多くの看護大学では大学入試の試験科目として数学、英語、理科が中心であり、大学によってはこれらの科目のうち、1~2科目を選択するという形式をとっている大学もあります。

看護師国家試験の内容としては看護に関する知識が大半を占めますので、理科、特に生物に関係する知識が主になります。このように、大学入試の際に判断基準となる教科と看護師国家試験の科目の間に関係がなく、単純に教科に対する得意不得意が影響するという可能性も考えられます。

各地方に看護師国家試験合格率が離れて低い外れ値があります。そのような大学は各地方に点在し、さらには国公立、私立がともに含まれています。一定の傾向はなく、個別の問題といえます。3年間の経年の変化で追ってみるとその推移は様々です。合格率に15%ほどのバラつきがあり、国家試験に対するノウハウが固まっていないようにみえる大学や、3年前は突出して悪かった合格率が著しく上昇しており、大学内で教育を改善しようという各大学の努力がみえます。

前述のような教科の得意不得意という問題もあるにせよ地方に偏差値に比して合格率が高い大学が多くあることから、看護大学の教育レベルは大都市より地方の方が高いという傾向があるといえるのではないでしょうか。

この要因としては様々なことが考えられますが、その中の一つとしては、大都市と地方の人口の違いが考えられます。大都市は若者が多く集まり、優秀な学生の人数も必然的に多くなります。一方で、地方においては若者の人数自体が大都市圏に比べて相対的に少ないため、優秀な学生を確保し、大学のレベルを維持することは死活問題であると考えられます。そのため、大都市圏以外の地方においては国家試験合格率といった目に見える数字に、より力を入れることで大都市圏に比べて教育レベルが上がるといったことが起きているのではないでしょうか。

大学における看護師を取り巻く実情としては少子高齢化の現代であっても、看護師不足から発生する看護師に対する需要とそれを供給するに足る志願者数が存在するといえます。それ故に、教育機関である看護大学の更なる増設が求められます。また、看護大学の教育レベルは現状高いレベルを維持している一方で、このまま定員数が増加した場合、関西や関東といった大都市圏では教育レベルの低下が招かれる恐れがあります。地方の大学の教育制度にならい高い教育レベルを維持していくことが必要だと感じます。

高齢化によって日本における医療の需要は更に増大していくといわれています。医療レベルの向上を担う大学卒の看護師が増えることを切に願います。

参照

大卒看護師の増加:

患者死亡率の低下:

「病院で働く看護師の教育レベルと外科患者の死亡率」Linda H. Aiken et.al JAMA 2003年9月

18歳人口:

文部科学省「学校基本調査」,国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」

(平成14年1月推計)

定員割れ:

看護師志願者数の推移:

河合塾調べ

看護大学定員数:

東京大学医科学研究所 先端医療社会コミュニケーションシステム 社会連携研究部門 提供

看護大学の偏差値:

河合塾 2015年度入試難易予想ランキング表 http://www.keinet.ne.jp/rank/index.html

ただし、2次試験の偏差値がかけている大学についてはセンター得点率の同じ大学の平均とした。

看護師国家試験合格率:

ただし、第101~103回のデータが揃っていない大学については除外した。

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