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「聖歌」と「声明」。音楽が子どもたちにひらく、未来への扉  【対談】聖歌隊CANTUS・太田美帆 × 僧侶・友光雅臣

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はるか古の時代、祈りの中から生み出されたとも言われている、「音楽」。

信仰とともにある音楽は今も各地に数多く残され、日本にも、仏教の「声明」(しょうみょう)や神道の雅楽など、古の姿を受け継ぎながら脈々と息づいています。

「ロック・ミュージック」にハード・ロックやパンク、グランジなどの様々なスタイルが生まれたように、日本に長く受け継がれてきた仏教の「声明」にも、声の出し方や音程のつけ方など、宗派による表現の違いがあるといいます。

日本人にとって比較的なじみが深いキリスト教の「聖歌」もまた、音楽のスタイルは宗派によって様々あるといい、ゴスペルのような手拍子を伴う力強い合唱もあれば、グレゴリオ聖歌のように無伴奏で単旋律を歌う形も。

軽やかに垣根を飛び越える音楽のチカラに導かれて、今年、日本の伝統文化を紹介する寺社フェス【向源】の声明公演では、「聖歌」と「声明」が共演します。

レコーディング中の女性聖歌隊【CANTUS】(カントゥス)・太田美帆さんを訪ねたのは、天台宗のお坊さんであり、寺社フェス【向源】の代表でもある、友光雅臣さん(熊野山父母報恩院 常行寺・副住職)。

天台声明とカトリック聖歌の担い手でありながら、それぞれ子どもたちのパパやママでもあるお二人の話題は、音楽や祈りだけでなく、子どもたちが暮らしていく未来の世界にも及びました。

ラテン語で「歌」を表す、cantus(カントゥス)


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グレゴリオ聖歌を始めとする教会音楽をレパートリーとしながら、坂本龍一さん・坂本美雨さん・中島ノブユキさん・haruka nakamuraさん・阿部海太郎さんほか、多くの著名アーティストと共演し、独自のスタイルで活動する女性聖歌隊【CANTUS】(カントゥス)。

そのリーダー、太田美帆さんの聖歌との出会いは小学校2年生に遡ります。

太田さん: 私は、プエリ・カントレス(カトリック系世界児童合唱連盟)の日本支部である「東京少年少女合唱隊」に参加したことで聖歌と出会いました。【CANTUS】のメンバーは、そこに所属していた幼友達です。(現メンバーは、ニューヨークに赴任中の1名を加えて、9名)

友光さん: 子どものころから一緒に聖歌を歌っていらっしゃるんですね。キリスト教の聖歌を聴いていると、「大丈夫だよ」「あなたを愛しているから安心して」というような包み込まれる感じを受けるんですけど、太田さんは、聖歌のなかで好きなフレーズって何かありますか?

太田さん: あえてこの言葉が好きっていうのをあげるのであれば、ラテン語のエテルナ(aeterna)かな。「永遠の」という意味なんですけど、聖歌によく出てくる言葉なんです。

子どものころはラテン語の意味もわからず、呪文を唱えるように聖歌を歌っていました。今でも【CANTUS】では、歌詞の意味よりも子どもの頃と同じような無垢な響きを大切にしたいと思っているんです。言葉の意味よりも、声の響き。大人の聖歌隊としては、ちょっと特殊なアプローチかもしれません。

ボーイソプラノを聴いていると、言葉の意味がわからなくてもすごく感動しちゃうじゃないですか。わたしも幼い頃そうであったように、聖歌を歌っている子どもたちって、概念を訴えようとしているわけではないと思うんですよね。

言葉の意味を深く追求するよりも、ただただ音の響きを大切に歌っている。それなのに、その無垢な響きに勝手にこっちが感動しちゃう。子どもの歌って、そういうところがあって。わたしたち【CANTUS】も、そういう音を目指しているんです。

祈りを意識して歌うというよりも、皆さんのこころに届いたとき結果的に歌が祈りとつながれば、それがわたしたちにとってはベストなことなんですよね。

友光さんは、お経のなかで好きなフレーズはあるんですか?

友光さん: 法華経のなかに出てくる「我が滅度の後」かな。「我が滅度の後」は「私が悟りをひらいたあと」とか「私が死んだあと」という意味ですけど、その言葉のあとに続いていくのは、1000年・1500年・2000年先を見据えたメッセージやアドバイスなんです。

100年後には、自分の言葉に直接ふれた人はもう誰も存在しない。500年後には、物語として文字しか残らないかもしれない。1000年先には、言葉すらも変わっているかもしれないし、何も残っていないかもしれない。

でも、気の遠くなるような先の未来であっても、今と同じように悩みや苦しみ・悲しみを持つ人はいるかもしれない、そういうときにはこういう言葉をかけてあげなさいというような一節もあって。

1000年先の未来でも、人の悲しみや苦しみが変わらずにあるのなら、この話の意味にはきっと価値があるから、活かしていきなさいと。生き方について一生懸命伝えているんだと感じて、すごく心に刺さりました。

太田さん: そうなんですね。

友光さん: 僕はもともとお寺に生まれたからお坊さんになったわけではなくて。結婚しようと思った人がたまたまお寺の娘だったから、この世界に入ったんです。

要するに、仏教がどんなものなのか全然知らないままこの世界に入って、そこから一つずつ学んでいったんですけど、学びはじめて、「あれ?仏教って、想像していた宗教とは違うぞ」と。

「俺を信じろ」と言うスタンスではなくて、考え方や発想の仕方、俯瞰した視野やスケールを提示してくれているんです。仏教って、海外では宗教というより哲学と捉えられることも多くて、ブッダは、偉大な哲学者だったとも言われているんですよね。

太田さん: そうなんですか? 俺についてこいよという感じとは違う?

友光さん: そう。「信仰!信仰!」と盛りあがるっていうよりも、冷静な哲学のイメージです。そして、お釈迦さまが弟子たちに語った通り、発祥から二千年以上が経った今でも、人のこころは当時と大きく変わらずにあり続けている。現代にも通用するその想像力や発想力は、やはりすごいなと思いますね。

太田さん: キリスト教も宗派によって発想の違いはありますけど、たとえばカトリックでは、いろんな形であらわれていても大もとをたどれば神はひとつだと考えるところがあって。

アウトプットは違うけれど、仏教とも共通点を感じることもあるんです。
キリスト教は、「神さまはいつも近くにいてくださる」というスタンスですけど、仏教はそれとはちょっと違う感じなんでしょうか?

友光さん: 仏教は、「生きていくのは、お前自身だ」「悩んだときにそこから立ち上がるのも、お前自身だ」「自分でやっていくしかないんだよ」という感じですね。坐禅をしたり、修行をするのも、自分と向き合うためなんです。

話を聞いてくれたり、受け止めたり理解してくれたりしたとしても、その先に「で、お前はどうするんだ?」と聞かれる感じというか。

太田さん: 友光さんがいうと、なんだかヒップホップ調に聞こえますね(笑)。

友光さん: はははは(笑)。言い方はともあれ、そういう風に「自身の生き方」を突き詰めて考えさせてくれるのが仏教なんです。

子どもたちに残していく未来の世界


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友光さん: 太田さんも【CANTUS】の皆さんも、お子さんを持つお母さんでしたよね。

太田さん: そうです。「東京少年少女合唱隊」を卒業してからはそれぞれの道を歩んでいたんですが、2005年に再集結して【CANTUS】を結成しました。

それぞれに仕事を持ったり、育児したりするなかで、どうしても参加できないパートも出てくる。そんなときは、メンバー全員で補い合っています。

友光さん: 我が家の子どもたちは、今5歳と1歳。太田さんのところは?
歌や祈りに限らず、親になったことでかわったと感じることは何かありますか?

太田さん: うちは、4歳ともうすぐ2歳。以前は「宗教音楽というものを使ってパフォーマンスしている」という感じも強かったんですけど、子どもが生まれてから、そこは少し変わったかもしれませんね。

たとえば、ふとしたときに、マリア様の言葉などがそれまでより自分の身近に感じられる時があって。

わたし、体質的なこともあって、自分の一生のなかに子どもという存在を全く想定していなかったんですよね。

上の子を妊娠していることがわかったのは、東日本大震災の2ヶ月後。思い描いていた人生のシナリオには書かれていない出来事だったから、「まさか!」って。

とても嬉しかったけれど、とまどいも大きかったんです。「わたし、この子を生んで、ちゃんと愛せるのかな?」って

友光さん: うん、僕も似たような不安を感じましたよ。

太田さん: 生まれてみれば、それは無用な心配だったとわかりましたけどね(笑)。

子どもが生まれて、わたしも、ものすごく10年先20年先を意識するようになりました。この先もわたしがちゃんとしていないと、この子もこの状態ではいられない。わたしが食えなきゃこの子も食えないぞ、みたいな。

そういう意味では、自分さえよければいいという生き方ではいられなくなった。

「もっと自分を抑えてでもいい人にならなきゃいけない」みたいに思うこともあって、正直なことを言えば、それは自分なのか? ってジレンマを感じる時もある。子どものためにいい人になりたいって、力が入ってしまうときがあるんですよね。

友光さん: 僕にも同じようなことがありますね。恥ずかしい自分を見せたくないとか、情けない姿でいてはいけないとか。無理していい人になろうとしちゃうんですよね。

太田さん: そうそう。

友光さん: でも、もしかしたらそれは悪いことではなのかもしれないとも思うんですよね。決してやりたくないことをさせられているわけではないし、それまでの自分を振り返るいいきっかけにもなる。

子どもにいい背中みせたいとか、ちゃんとした人になっていこうって、自分が成長することにも繋がっていくのかもしれないって。

太田さん: 確かにそうですね。

友光さん: 我が家にはじめての子どもが生まれたのは、2011年の2月。東日本大震災のまる一ヶ月前だったんです。

そのとき僕は、あの震災が来るなんて思ってもいなかったし、子どもが生まれてただただ嬉しい、という感じだった。

一ヶ月検診から帰って翌日くらいに震災がきて、福島第一原発の状況もあって、これからこの子たちが生きて行く世界は、一体どうなっていくんだろう? って。 

太田さん: そうですよね。

友光さん: 子どもが生まれて、はじめて僕は「より良い未来にするために、何か少しでも出来ることをしたい」とリアリティーを持って思うようになったんです。

僕の子どもと同じように、あの日の前後に生まれた子どもはたくさんいるし、この瞬間にも、いろんな場所で子どもたちが生まれている。たぶんその子どもたちは、僕たちよりも長く未来の世界を生きていくことになる。

そう考えたら、僕が生きて行くであろう数十年だけじゃなくて、「自分が死んだあとの世界」に対しても責任を感じるようになった。僕に何ができるだろう? 何を伝えていけるだろう? そう考えるようになったんですよね。

【向源】をスタートしたのも、それからです。そういう意味では、はじめての子どもがあの震災の一ヶ月前に生まれたというのは、僕にとって大きな転換点だったかもしれません。

ハートフルな異端たちが見出す、第一の扉


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友光さん: 今回「声明」と「聖歌」が舞台を共にすることで、見えてくる共通点みたいなものがあるんじゃないかととても楽しみにしてるんです。聴きに来てくださるかたにも、それぞれいろんな受け止め方があるだろうなと。

太田さん: 聖歌も声明も、単旋律でハーモニーを作らない時代から歴史を重ねてきた音楽。国や宗教の違いを飛び越えて今回に至ると考えると、面白いですよね。

友光さん: うん、面白い。

太田さん: たぶん、わたしも友光さんも、それぞれの業界の中ではちょっと異端なんだと思うんですよね(笑)。

「異端同士が集まってどうするの?」って言われるかもしれないけれど、それでも、友光さんもわたしも、ある意味「第一の扉」になれたらいいと思うんです。

お寺に行かないと聴けないとか、教会に行かないと聴けないとか、教えが違うから一緒には聴けないとか、そんな風にしておくのはもったいない。わたしたちが垣根を跳び越すひとつのきっかけになれたらいいですよね。

友光さん: そう思います。音楽という共通点を通せば、それぞれの違いを共に楽しむことができる。来場してくださる方々にも、音を楽しんでもらうことはもちろんですけど、今回の機会が未来や何かを考えるきっかけのひとつになったらいいですね。

【CANTUS】の皆さんとの共演、今からとても楽しみです。今日もありがとうございました。

太田さん: こちらこそ! ありがとうございました。

(取材・構成:大槻令奈)

【向源からのお知らせ】

■世界最大の寺社フェス【向源】開幕中 当日券あります!

GW4月29日(祝)より7日間にわたる今年の【向源】がスタートします。本ブログでも紹介した【CANTUS】出演の声明公演は当日券のご用意もあります。日本橋へお買い物、お散歩がてらいらっしゃいませんか?

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