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【季節と日本人】節分からもう一度「今年」をはじめよう!

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SETSUBUN
Setsubun Ehou-maki | Hideki Yoshihara/Aflo via Getty Images
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いよいよ春がやってきます。

春の初日は2月4日(立春)で、その前日が冬と春を分ける日、節分です。

「鬼は外、福は内」と大声での豆撒き、年齢に1を加えた豆(または年齢の数)を食べる、ヒイラギとイワシの頭を玄関に飾る、恵方巻を食べるなど、地域によって様々な風習が知られますが、節分とは元々どんな行事で、いつから行われているのでしょう。

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昔の大みそかの行事に由来するという説が有名です。中国が秦だった頃、邪気や疫病を払う行事があり、それが日本に伝わりました。厄を払って新年を迎えようとするもので、日本で最も古い記述は七〇六年、大化の改新のわずか数十年後に見られます。今に残る伝統的行事の中でもかなり古い部類に入ります。

当初は「節分」ではなく、「追儺(ついな)」や「鬼やらい」という名前で行われ、平安時代には『源氏物語』や『蜻蛉日記』などにも書かれる知名度の高い行事でした。この日は方相氏(ほうそうし)という役が大活躍するのですが、子供たちがキャーキャーと騒ぐにぎやかな節分となっていったのに、彼がひと役かったようです。

ツノの生えた熊の皮をかぶり、黄金の4つの目の面をつけ、黒と赤からなる衣装で登場。そう、この方相氏が鬼の役!と言いたいところですが、実はそうではありません。こんな格好ながら、鬼を払う役を担いました。

当時は間違われることはなかったのでしょうか......やはりというか自然の成り行きというべきか、しばらくの後、方相氏は払う役から払われる鬼の役へと変わっていきました。伝統的行事にもヒーローからヒールへ転身することがあったんですね。

1300年以上もの歴史があれば多少の変化は起きるものです。当初、桃の弓や杖、葦の矢で悪鬼を払っていたのが、室町時代頃からは豆を撒いて払うようになりました。節分の代名詞、豆撒きは1テンポおくれて登場してきたということです。 "魔目を射る"(魔をやっつける)から、"炒った豆"を撒くという有名な話は、それだけでどことなく日本らしさを感じさせます。

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豆撒きや恵方巻など節分の風習が伝えられていますが、その核心は、厄を払って新たな季節(年)を迎えるということ。

節分は一年の始まりを仕切り直すチャンスと言えそうです。

今年のお正月に目標を設定しなかった、何か決意をしたはずだけどすでに忘れていた、決意したけどもう諦めた......そんなこともよくあることですが、始まる春を楽しみにしながら、節分は一年の始まりを仕切り直すチャンスにしてみてはいかがでしょう。

(向源編集部Yujun)


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本コラムは、日本最大級の寺社フェス!「向源」のスタッフより執筆されています。寺社フェス「向源」は、宗派や宗教を超えて、神道や仏教などを含めたさまざまな日本の伝統文化を体験できるイベント。

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詳しい実施時間は下記イベントページにてご確認ください。

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《寺社フェス「向源」写真展 Facebookイベントページ》
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