BLOG

「それって個性じゃないの?」母は、アスペルガーの娘に言った。

70歳の母が「発達障害」について思うこと

2017年11月30日 15時50分 JST | 更新 2017年11月30日 17時15分 JST

◇ お母さん、あたし「発達障害」ってやつなの

先日、私は『明日も、アスペルガーで生きていく。』(医療監修・西脇俊二、ワニブックス刊)という本を上梓した。

はじめての著書となるこの本を、私は「生きづらさを抱え、一人ぼっちで悩んでいる人々に、どうか届き至りますように」との想いを込めて、つづった。はじめて書いた文章は稚拙かもしれないが、誰に恥じることもない内容だと思っている。

しかし、そんな私が唯一ためらったことがある。それは、両親をはじめとする親族に、この仕事をどう伝えるか? ということだ。

タイトルは、編集者の提案を受けて決めたが、なにせ『明日も、アスペルガーで生きていく。』である。この本を書いた著書であるということは、「私、アスペルガーです!」と宣言しながら歩くようなものだ。私自身はそこに何ら問題を感じていなくとも、それに巻き込まれる家族が存在する。

7年前、アスペルガー症候群という診断がおりた頃から、母親には「ねえ、発達障害って知ってる?」「アスペルガーは?」などと、それとなく話を持ちかけるようにしていた。一生懸命に説明をしても、会話は要領をえない。相手に「発達障害」という"概念"がないので、当たり前といえば当たり前だ。

それでも私はたたみかけた。「お母さん、あたし、その、"発達障害"ってやつなの」。すると、母は言う。「うーん。それって、個性じゃいけないの? 私はそう思うんだけど」

◇ 歯を食いしばって、娘を育てあげた母

「母は強し」......。よく聞くフレーズだが、これはまさに自分の母のためにある言葉だと、常々思ってきた。自身が一児の母となった今でも、母には到底かなわない。

しかし、誰もが生まれながらに「母は強し」なはずがない。「強くならざるをえなかった」からこそ、このような言葉が生まれたのだろうと、以前、子どものいる友人と話したことがある。

そう、母親は好きで強くなるわけではない。強くならざるをえないのだ。もちろん、父親も然りである。

私の母は、小さい娘が(今思えば)アスペルガー的な言動ゆえに失敗をすることがあっても、周囲から笑われても、ある場面では黙って頭を下げ、ある場面では「あなたは悪くないわ」と私にささやいた。

今の世の中であれば、グレーゾーンの発達障害児として支援を受ける可能性もあったかもしれない。しかし、私の小さい頃は、それほど詳細なカテゴライズはされていなかった。

それでも、当時流行していたと思われる「シュタイナー教育」に関連する本を熱心に読んでいたし、ベストセラーになった『窓際のトットちゃん』を引き合いに出しては、「あなたはトットちゃんみたいね」とよく言った。

だから、我が子に何かしらの違和感のようなもの、を感じていたことは確かである。ただそれを、なるべくポジティブに捉えようと、母なりに奮闘していたのだ。

母の場合、「母は強し」に、いくらか戦後世代特有の「ハングリー精神」が加わっているかもしれない。私の知らないところで、涙を流す場面もたくさんあったはずだ。娘のことでプライドを傷つけられるようなことを言われたことも、数多くあったと思う。

それでも、彼女の「負けてたまるものか!」という基本姿勢は揺るがない。歯を食いしばって娘を育てあげた私の母は、70歳を迎えても、そのスタンスを崩さなかった。

「あなたはちょっとユニークなだけでしょ。個性よ、個性!」

◇ NHK「あさイチ」の効用

その後も、「アスペルガー」「発達障害」「自閉症スペクトラム」などという単語を出すと、母の表情は歪んだ。

自分は、少しユニークな娘を、どうにか歯を食いしばって育てあげたのだ。どうして今さら、そんな診断を受けなければいけないのか......。おそらくは、そういうことだろうと思う。

母の気持ちが、わからないではない。私も自分が「アスペルガー」「発達障害」という言葉を用いることで、逆に、それらをマイノリティとして認めてしまうような気持ちになることがあるからだ。

本当は、マジョリティもマイノリティもない世の中になればいいと、願っているにもかかわらず......。

それでも、私は33歳の時に受けた「診断」があったからこそ、自分の得意なこと不得意なことを再確認することができたし、何より、それまでの体調不良に「理由」があったということで、疲れ切った私の心はやさしく解きほぐされた。

だからこそ、もっとも迷惑をかけてきたであろう母親には、その経緯を理解してもらいたかったのである。

障害を個性と捉える人もいれば、それは全くの別物だと主張する人もいる。障害自体にも個性があるし、「生きづらさ」の度合いもそれぞれだ。発言者のスタンスによるところも大きい。

とにかく、私の「発達障害、アスペルガーという"特性"があることは認めてほしい」という気持ちと、母の「診断など必要あるの? 個性でいいじゃない」という気持ちは、いまだに平行線のままだ。

ところがある日、出しぬけに母が言う。「ねえ、今日の『あさイチ』で特集していたわよ!」「なんだか、いろいろ大変らしいわね」......。

「あさイチ」とは、NHKの朝の情報番組で、幅広い年代の主婦層が見ている。そこで、どうも発達障害の特集が組まれていたらしいのだ。それまで私がいくら説明しても「うーん」と納得しなかったにもかかわらず、たまたま数十分のテレビの特集を見ただけで、「発達障害」という"概念"が、ストンと腑に落ちたらしい。

さすが、NHK。さすが、人気情報番組。私の苦労や、いまいずこ......。

明日も、アスペルガーで生きていく。
明日も、アスペルガーで生きていく。