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ある日、精神科医に言われた。「君はね、アスペルガー症候群なんだよ」

当たり前のことが、できない ーー「見えない」生きづらさを抱えた、すべての人へ

2017年11月18日 12時22分 JST | 更新 2017年11月18日 12時22分 JST

◇ 当事者の目から見えるもの

今月、私は初の著書となる『明日も、アスペルガーで生きていく。』(医療監修・西脇俊二、ワニブックス刊)という本を上梓した。この本は、アスペルガー症候群の当事者へ取材を重ね、私自身の体験を織りまぜて綴った、男女8人の「物語」である。精神科医による丁寧な解説がついており、あくまで物語を楽しみながら、アスペルガー症候群への理解を深めることができる。

アスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)とは、広汎性発達障害の一つで、先天的な脳機能の発達のアンバランスさから生じる「特性」の一つだ。いわば性格のようなものであるから、当然、見た目でわかるものではない。ゆえに、さまざまな誤解が生じてしまう。

「どうして、こんなことができないの?」「これくらい、カンタンなことでしょう!」

見えないからこそ、ときには本人ですら自覚できないような「生きづらさ」を抱えこみ、二次障害であるうつ病やパニック障害などを発症する人も多い。

かくいう私も、当事者の一人だ。14歳の夏、当時は名称すら広まっていなかったパニック発作に見舞われてからというもの、見えない不安と戦いつつ、生きてきた。漠然と、こう思いながら......。

「つらいのは、きっと私だけじゃない。いつか、同じ苦しみを抱えた人たちに『大丈夫だよ』といえる人間になろう。そのために、私は今、この苦しみと対峙していくんだ」

はたから見れば、なんと自己愛的な幻想だろう。世の中には、様々な苦悩がある。パニック発作で死ぬ思いをしたとして、本当に死ぬことはない。"普通のことが普通にできない"からといって、他人に少々迷惑をかけつつ、自己嫌悪に陥るだけだ。しかし、当時の私はまだ子どもで、そうでも思わなければ、自分がガタガタと音を立てて崩れてしまいそうだった。正体不明の不安を前に、ただただ、やるせなかった。

その頃は、もちろん自分がアスペルガー症候群(発達障害)であるとは知らない。そのような呼称すら耳にしたことはなかった。ゆえに、二次障害である体調不良に対して、単純に「パニック症というおかしな名前の病にかかってしまった」と理解していた。ぬばたまの闇のような息苦しい不安に苛まれつつも、自己愛的な "役割"を意識することで、どうにか思春期をやり過ごした。

◇ どうして、私は......

 服薬のおかげで、どうにか"ふつう"の生活を送っていた、20代も終わりのある日のこと。私はいつものように会社へ向かおうと、小走りに路地を急いでいた。突然、路地裏から飛び出してきた黒猫に驚き、思わず立ち止まった私は、ビルの裏手へ消えていった黒猫を目で追いながら、息を整えようとした。

「はあ、はあ、はあ」

小走りに道を急いでいたとはいえ、胸の鼓動は思いのほか早く、大きい。ドクンドクンと早鐘を打つ心臓が、まるで、自分のものではないような気がする。

私はその場に立ちすくんだ。心臓は、ますます早鐘を打ち続けている。うまく呼吸ができない。いつも持ち歩いていた頓服薬を噛み砕き、夫にSOSを入れようと、カバンの中に手を入れて携帯を探すが、震える手先はうまく動いてくれない......。

「たす、け、て」

その日を境に、私は突然、会社に通えなくなった。三宿の路地裏で、パニック発作を起こしてしゃがみこんだ私は、そこらじゅうにカバンの中身をぶちまけたまま、息苦しさと焦燥感で、目の前が真っ暗になった。キーンという耳鳴りの奥で、246を行き交う車の音がかすかに聞こえる。

「せっかく"ふつう"にできていたのに。どうして、私は......」

夫や両親は、しばらくすれば会社に復帰できるものだと思っていたようだが、私はその期待に応えることができないどころか、近くのコンビニに行くことすらできなくなった。夫が会社へ出かけてしまうと、一人でいるのが怖くて、実家の母親に来てもらうような有様だった。情けなくて、悔しくて、私は泣いた。「どうして、私は、当たり前のことが、当たり前にできないの......?」

いくら自分を責めたところで、状況は変わらない。傷病手当金の出る期間を過ぎた頃、私たちと飼い猫は諸事情により、引越しを余儀なくされた。そして、相変わらずの体調のまま、藁にもすがる思いで、いくつかのメンタルクリニックをまわった。薬も変えた。いつまでも引きこもってはいられないので、強い薬を飲みながら、派遣社員として働いてみたりもした。それでも、勤務は半年しか続かなかった。

◇ アスペルガー症候群

万策尽き果てたと思った時、とあるクリニックの精神科医と出会った。他の医師とは違い、私のマシンガントークを嫌がることなく、じっくりと話を聞いてくれる。調子に乗った私は、医師にうながされ、小さい時の話もたくさんした。そして、ちょうど3回目の診察の時、その精神科医は、こう言った。

「君はね、アスペルガー症候群なんだよ。パニック障害もその他の体調不良も、すべてその二次障害なんだ」と......。

すでに33歳になっていた私だが、精神科医の言っていることが、瞬時には理解できなかった。今から、7年前のことである。「アスペルガー」という言葉は聞きかじったことがあるものの、それがどういったものなのか、私にはさっぱりわからなかった。

医師に勧められるまま、ウェクスラー成人知能検査(WAIS-III)というテストも受けたが、これを終えると、担当してくれた臨床心理士と、先の精神科医は、口を揃えて「あなたは、これまでよく頑張ってきましたね」と言った。どうやら、私は発達障害という"特性"を持っているらしい。そして、その"特性"のため、人混みが苦手だったり、他人に気を遣いすぎてしまったり、するらしかった。 

私の「生きづらさ」の根底にあるものが、姿を現しつつあった。(つづく)