親友だと思っていた人とこじれてしまった。そんな悩みを抱えるあなたへ

映画「わたしたち」ユン・ガウン監督インタビュー

教室に潜む目に見えない悪魔に、少女たちはどう向き合うのか。

現在公開中の韓国映画「わたしたち」は、10歳の女の子を主人公にいじめや家庭環境の格差など、現代の子どもたちが直面する社会問題を盛り込みつつ、人と人との関係について問いかける。

自身の幼い頃の実体験をベースにメガホンを取ったのは、本作が長編映画デビューとなるユン・ガウン監督だ。韓国芸術学校映像院の恩師である「オアシス」「シークレット・サンシャイン」のイ・チャンドン監督が企画者としてシナリオ開発からともに携わった本作は、第17回東京フィルメックスで観客賞など3つの賞に輝いた。

1対1の30分の対話によるオーディション、事前に台本を与えず内容についての綿密な説明を経て臨んだ撮影。子どもたちを徹底的に向き合い、実際の心の動きを捉えることで、見えてきたこととは――。ユン・ガウン監督に聞いた。

(C)2015 CJ E&M CORPORATION and ATO Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED

――映画の原点となった体験とは?

ユン監督:小学校5年生の時に遠くの街に転校しました。まったく未知の環境で新しく出会った友達がいたのですが、その友達が私に新しい友達をたくさん紹介してくれたんです。すごく気が合い、秘密まですべて打ち明けることができて、「本当の友達に会えた」とうれしく思っていました。ところが、その友達が小さなことで関係がこじれてしまったんです。お互いの失敗や誤解が積もり、完全にケンカみたいな状態になってしまいましした。1年ぐらいつらい思いをしました。なぜそうなったのか、今も理由はわかりません。

それは、私の人生において重要な事件の一つでした。「誰かを信じるというのはどういうことだろう。もう一度友だちを好きになれるかな」と自分に問いかけたりもしました。私にとても強烈な記憶となり、いつか長編映画を作るときには、自分にとっての長い宿題のように心に残っていたこの問いを題材にしたいと思っていたのです。

主人公は、小学校に通う10歳の少女ソン。教室でいつもひとりぼっちだったソンは夏休み直前に転校生のジアと出会い友情を築く。ところが、ジアは新学期になるとクラスのリーダー格ボラと親しくなり、ソンには手のひらを返したように冷たく当たるようになっていた。

――本作の主人公ソンに監督自身を重ねたのでしょうか。

ユン監督:はい。もともとの経験はソンに近かったです。映画を作るために脚色しているうちに私の体験とはまったく異なるストーリーに仕上がったのですが、周りから疎外され、ひどく傷ついたという点では、ソンに近いと思います。ただ、中学校・高校と成長するにつれてジアの立場になったこともあるし、ボラに似ていた時期もあったかなと思います。映画を作りながら、私の中には3人のキャラクターすべてが存在すると気づいたのです。

――映画で描かれるエピソードの数々は、誰もが自らを重られる物語だと思います。小学校の高学年は、思春期の入り口なのか、友達との関係が変化する時期なのかもしれません。

ユン監督:10歳ぐらいまでは、他人と緊密な関係を築くよりも家族が大切な時期です。そして、本当に誰かを受け入れ深い人間関係を築き始めるようになると、だんだん問題も起きてくる。この映画に描いた小学4年生ぐらいが、一番それを強烈に感じるのかもしれません。ただ、実は子どもの時が一番大変なのではなく、始まりにすぎません。大人になると、あきらめたりする部分もあるかもしれませんが、人間関係の問題はひっきりなしに起きるものですよね。

――昨年の釜山国際映画祭で「わたしたち」のティーチインを見ました。その時、「実際の子役と映画のキャラクターは、性格がかなり異なるのでは?」という印象を抱きました。例えばソンは不器用な役ですが、演じたチェ・スインは賢くて器用な感じでした。ボラはある意味いじめっ子のような役ですが、実際のイ・ソヨンはみんなに好かれる優等生タイプに見えました。3人の子役のなかで、役と実際が異なるのはどの子でしたか。

ユン監督:ボラ役のイ・ソヨンが一番違いましたね。ソヨンはいわゆるマドンナスタイルで、小さな弟がいるんです。家でもお母さんを手伝って弟の面倒を見るお姉さんです。オーディションの代わりに約30分話をしたのですが、その時は「この子はすごくいいけれど、『わたしたち』には合わない」と思いました。何でも一生懸命取り組み、とても賢くて、みんなに好かれるタイプだからです(笑)。彼女だけ年齢も少し上で背も高いし、キャスティングには合わないと思いました。

でも、2次オーディションの時に彼女のことが頭から離れず、呼ぶことにしました。即興劇をさせると役に入り込む能力に秀でていて、驚きました。自分の考えをはっきり述べる演技だったのですが、すごく説得力があったんです。「私もこの子と友達になりたい」と感じるほど、すごく説得力があったんです。演技にも信頼がおけると思い、キャスティングしました。

ボラを演じているときのソヨンは、本当に怖かったですね(笑)。でも、私はボラを悪役だと思ったことは一度もないんです。野心を持っていて、友情を表現する方法が間違ってしまうのは欠点ではあるのですが、ボラなりの理由があるので、行動に説得力があるのです。ボラをどう演じるかについては、ソヨンと何度も話し合い、私も多くの気づきを得ました。

ボラはクラスでの人気も成績もトップでいつも友だちに囲まれているが、自分が持っているものを失うことに不安を感じている。
ボラはクラスでの人気も成績もトップでいつも友だちに囲まれているが、自分が持っているものを失うことに不安を感じている。
(C)2015 CJ E&M CORPORATION and ATO Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED

――ソン役のチェ・スインは、「実際にはいじめられた経験はない」と言っていましたが、仲間外れにされる役を演じるにあたり、いかがでしたか。

ユン監督:彼女は撮影を通じてすごく変わりました。とても内向的で、表現をしたくても恥ずかしくてなかなかできないタイプだったのですが、映画を撮影して自信がつき、積極的に自分を表現するようになれたんです。本人もすごく喜んでいました。

もともとおとなしい性格なので、ソンの気持ちはすぐに理解できたようでした。何度も話を重ねてわかったのは、経験はなくても、仲間外れにされた気持ちを理解することは、可能だということです。誰でも友達との小さな葛藤があったり、疎外されてしまったり時の気持ちを理解できるのではないかと思いました。親しい友達とケンカして仲直りするとき、同じような気持ちになりますよね。そんな感情について、お互いに学んでいきました。

――子どもたちも、演技を通じていつもの自分とは異なる立場について学ぶ機会になったのでは。

ユン監督:そのとおりです。撮影が終わってから子役がインタビューを受ける機会があったのですが、「映画を撮影して、すごく変わった。友達のことを理解できるようになった」とみんな話していましたね。友だちの気持ちをもっと敏感に感じ取ることができるようにになった、と。監督としては、達成感を感じるうれしい言葉でした。

――演技をつけるのではなく、台本を渡さずに子どもたちと話をしながら演出したそうですが、子どもを信じるのは、忍耐力が必要だったのでは?

ユン監督:実は、私はむしろ自分のことが信じられなかったのです。子役のことは信じていていましたが、一方で自分自身のことが不安でした。私は多感な子ども時代を過ぎてしまっているため、気づかない間に大人目線で価値を判断し、脚色しすぎている部分があるかもしれない、と。

子役たちは、今まさに映画で描いた多感な時期を生きていて、実際に学校にも通っています。私よりもずっと本当のことを知っているだろうと思いました。だから、子どもたちの感性を信じようと思ったんです。

――台本は渡さず、子どもたちの自然な表情をカメラで捉えるという撮影方法を取ったそうですね。

ユン監督:「もっと笑って!」「ここで泣いてみなさい」というのは、ぎこちない感じがします。最初に台本を渡さなかったのも、子どもたちがお決まりの表情で演技をするのを望まなかったから。役に入り込むときに自然に生まれる表情があると思ったんです。

それは私も知らない顔です。なぜなら、その瞬間、その子がどれぐらい涙を流すのか、どんな視線を投げかけるのか私も計算できない部分だからです。私はその子が環境に入り込めるよう、邪魔をしないようにしようと努力しました。

――映画を撮り終えて、監督が子どもたちから学んだこととは。

ユン監督:たくさんあります。私よりも集中力があるし、役に入り込む。率直だな、とすごく刺激を受けました。私は何度やってもダメなら戻ろうとしたり、別のことをやろうとしたりする傾向があるのですが、子どもたちは決してあきらめようとしませんでした。じっと私が待っていると本人が自らやりとげる瞬間があるんです。映画のテーマと近いのですが、やりたい心や表現したいことがあるときは、最後までやってみる方法があるんだと、私自身長いこと忘れていた気持ちを思い出しました。

――映画を見る人のなかには、友達との関係に悩んでいる子どもたちやその親もいると思います。

ユン監督:子どもが個人的な問題を抱えていると、親は守ってあげたいと思うでしょう。でも、私の子ども時代を振り返っても、親が「こうしたほうがいい」というのは、必ずしも正解ではないんです。映画を作りながら子どもたちとたくさん話したのですが、子どもたちは自分の問題を親に話すことを怖いと思っていることが多い。怒られるから怖いというのもありますが、同時に心配をかけたくないという気持ちがもっと大きいんです。

だから、子どもが自分が抱えている問題をやっとの思いで話した時、あたたかく耳を傾けてあげたらいいなと思います。親が自分の味方だと安心できれば、子どもたちは自ら考えて問題を解決していくんです。自分は間違っているというのも子供はちゃんとわかっている。親が自分の味方だと思えば、考えを変え、力を得ることができるのです。信頼することが子どもとのいい関係を築く原点ではないかと思います。

軽食屋を営むソンの母は、いつも忙しいなかでも、娘の心に寄り添おうとする。
軽食屋を営むソンの母は、いつも忙しいなかでも、娘の心に寄り添おうとする。
(C)2015 CJ E&M CORPORATION and ATO Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED

――いじめや友達との関係に苦しんでいる子どもたちへのメッセージをお願いします。

ユン監督:メッセージというと大げさで、「こんな風にして問題を解決しよう!」とは私も言うことができません。申し訳ないけれど、大人になっても子どもたちの問題を解決してあげることはできません。複雑な人間関係の問題というのは、大人になっても解決できないのです。

友達との関係でつらい思いをしている人には、苦しんでいるのはあなた一人だけじゃないと伝えたい。つらく、苦しく、どん底にいるときは、誰かに話してみるのも方法だし、誰かに助けを求めてみることもできる。そう心に留めておけば、傷ついた心も少し軽くなると思います。

――最後に、「わたしたち」というタイトルにはどんな意味を込めたのか教えてください。

ユン監督:この映画を見るすべての年齢の人、性別の人、誰もが自分たちの話だと感じていただけたらいいなと願い、「わたしたち」というタイトルをつけました。「子どもたち」ではなく「わたしたち」にした理由は、子どもたちの些細でちっぽけな物語ではなく、今を生きているわたしたちすべての物語として受け止めていいただければいいな、という気持ちがあるからです。

ーーー

映画「わたしたち」

9月23日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次ロードショー

公式サイト

注目記事