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入社3年で転勤妻として渡米。キャリアの分断を乗り越えたママが、週3だけ働く人気ライターになるまで

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ラシク・インタビューvol.67
フリーランスライター 宮本 さおりさん

転勤妻の悩みのひとつ、それは「キャリアの分断」。それまでに積み重ねてきた実績を、夫の転勤によって諦めなければならないという喪失感やジレンマを感じてしまう方が多いようです。

今回は、ご主人の海外転勤に伴って渡米し、その後も地方への帯同を経て、現在、東洋経済オンライン・AERAなど人気媒体でライターとして活躍している宮本さおりさんに、海外滞在中の生活や活動、そして帰国後のモヤモヤなど、「転勤妻」ならではの悩みから、人気の媒体でライターとして活躍するまでをお話しいただきました。 バリバリ働く新聞記者時代から一転、専業主婦に。


「なんで私こうなっちゃったんだろう...」と涙することも


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シカゴ時代の宮本さんとお子さま

LAXIC編集長 宮﨑(以下、編集部):最初の就職は新聞社でしたよね。入社当初は、結婚後もバリバリと働くつもりだったのですか?

宮本さおりさん(以下、宮本):はい、自分が寿退社するなんて全く思っていませんでした。就職氷河期と言われる2000年に地元の新聞社に入社し、3年経って徐々に仕事がのってきた頃、夫と出会い3ヶ月で婚約を決めて半年後には結婚したんです。

編集部:電撃的な出会いだったわけですね。

宮本:そうですね(笑)。当時、私の生活の大半を仕事が占めていましたし、実家暮らしだったので家事はまったくできず、仕事と家事の両立なんてできるの?と、疑問に思ったんです。ちょうど夫が海外の大学院に行くという話が出ていたこともあり、思い切って退職し専業主婦になりました。

その後、すぐに妊娠はしたのですが、産後2か月で夫が先に渡米。そこから数か月は日本で子どもと2人きりの生活で、ホルモンバランスの影響もあったのか「なんで私こうなっちゃったんだろう」とポロポロ泣いてたときもありましたね。

その後、子どもと共にアメリカ・シカゴに渡米するのですが、いざ生活が始まってみると私は英語がまったく話せないし、夫は研究にまい進しなければいけない。転勤族によくあることですが、夫にはそこにいる目的や意味があるけど、私(妻)にはないんです。

編集部:渡米後はどんな生活を?

宮本:最初は、朝起きて子どもの世話をしながら掃除をし、料理作り...と、常に次の食事のことを考える生活でした(笑) アメリカのおやつはヘルシーではないので、おやつも手作り・・・となると家事と子育てとスーパーへの移動で一日が終わるわけです。日々子どもの成長は嬉しいのですが、仕事のような新しい出会いや対外的なワクワク感はない生活。「せっかくシカゴまでに来てるのに、何かを失った感じ」を常に抱いていました。

巣篭りから脱出、留学生の妻の会をきっかけに「とにかく外に出て行った」


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当時、シカゴで住んでいたマンション前で

編集部:家庭に籠っていた生活から、一転。外に出て、記事も書くようになるとのことですが、何がきっかけだったでしょうか。

宮本:アメリカは社会人になってから大学院に行く人が多く、留学生にも家族がいるわけなんです。渡米して半年くらい経った頃、韓国人留学生の奥様が「留学生の妻の会を作りたい、だから一緒にやってくれないか」と提案してくれたんですね。私は英語がほとんどできないからと最初は渋ったのですが、「外に出たほうが絶対しゃべれるようになるから!」と、ものすごい熱い想いで巻き込んでくれたんです。

そして、13カ国の奥様たちが集まったんですね。最初はお茶をしているだけだったのですが、ある時、自国の紹介プレゼンをしようということになったんです。資料もワードやパワーポイントで作るのですが、皆さんとても優秀でポシティブ。ここは負けちゃいけないと、私にもスイッチが入りました。

「留学生の妻の会」で出会った皆さんとは、シカゴの観光地を巡ったり旅行にも行きました。待ち合わせ時間に全然来なかったり、イスラム教徒の友人からは突然「お祈りをしなければいけないから」と言われたり、異文化を肌で感じることもできました。面白かったですね。

この出会いがなかったら、私の生活はただただ毎日のルーティーンで終わっていたと思います。他者と出会う喜びや大切さを改めて感じることができたし、英語力もつきました。

閉じこもらずに出て行ったということが、ファーストステップとして大きかったですね。

編集部:転勤妻の奥様の中には、閉じこもっている人も多いわけですよね。

宮本:奥さまが行き詰まって鬱になってしまい、帰国される方もいるんです。結局、家族が元気でいないと、旦那さんも家のことが気になっちゃって実力を発揮できないと思うんです。仕事などのプレッシャーに耐えるためには、帰ってきたら明るく迎え入れてあげるって、家族として一番大切なこと。それを保つためにも奥さんが生き生きできる環境は大事だと思いますね。

編集部:転勤妻を経験している宮本さんがおっしゃると説得力がありますね。旦那様の転勤のせいで私は仕事できない、と悶々と悩む人も多いと思うので。

宮本:もちろんそれはあります。でもそれ以上に、「転勤のせいで仕事ができない」という事ばかり考えていたら、そこから脱出はできないと思うんです。シカゴで専業主婦をやっていた当初は、私自身、仕事人としてはかなりスペックが落ちているのではないかという気持ちが強かった。でも、外の人と交流してみたら、「意外と私できるのでは」と思い始めたんです。

お金のためじゃなく、「仕事のカンを取り戻すためになにかをする」ことが大切


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編集部:海外転勤妻の中には、ビザの関係で仕事ができなくて悩んでいる人も多いようですね。お金を稼がなくてもなにかやったほうがいいのでしょうか?

宮本:やったほうがいいと思います。お金の問題じゃない、仕事のカンを取り戻すのが先決かなと。私はF2ビザで就労ビザがなかったので、シカゴにいたころはほぼボランティアで記事作成やインタビューを行いました。ボランティアだと万が一失敗してもやり直させてもらえますが、いきなり仕事だと許されない。だから仕事の勘を取り戻すためにはボランティアからでもいいかな、と思ったんです。

渡米後3年した頃にまずは、US新聞ドットコムという媒体で、季節に一本くらいというかなりスローペースでしたけれど、自分の子育てや生活を書きはじめました。ある時、そこの編集長から、シカゴ映画祭の日本映画出品作のインタビュー記事をやってみないかという話をいただいて、あるプロデューサーにインタビューしたんです。それがもうすっごく楽しくて!インタビューの面白さを改めて思い出した感じでしたね。その後、シカゴの総領事インタビューなどもさせてもらいました。

編集部:今の仕事にどんどん近づいてきましたね。当時、一緒に行動していた各国の留学生の妻たちも宮本さんのように色々活動されていたのですか?

宮本:当時、一緒に活動していたメンバーは、とにかく育児を全力でやっていました。ボランティア活動なども、何かしらしていたと思います。旦那さんが大学院を卒業した後に、自身も大学院に入った人もいますね。彼女たちは、育児も全力で「やり切った感」があるんです。全力でやったからこそ、「無駄な時間なんてない」という気持ちの余裕があるんですね。

編集部:「やり切った感」はすごく大事ですよね。ブランクなく、ずーっと働いてると、子育ての「やり切った感」は薄れる気がします。

宮本:そうなんですよね。でも、やっぱりキャリアが分断したときって喪失感って半端ないんですよ。この決断がよかったのか、それこそ「この人と結婚してよかったのか?」とまで思っちゃうことさえありました。

でも、思い返せばシカゴで過ごした時間は本当に意味があったと思えます。シカゴ時代がなかったら、もしかしたらペンを持つことをしていなかったかもしれない。いろいろな国の人の子育てを見てきたからこそ、依頼がくれば海外の子育て事情などの記事も「書けます!」と手を挙げられます。悶々としたこともありましたけど、得たことのほうがはるかに多かったと思います。

落ち込んでも、自分で扉は閉ざさない コツコツと積み上げてきたキャリアが認められ、人気媒体のライターに


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編集部:シカゴで5年を過ごした後は、福岡に行かれたんですよね。

宮本:はい、福岡で4年過ごしました。転勤族の方は皆さんそうだと思うんですけど、最初の1年は様子見なんです。子どもがその土地になじむか、夫が順調に仕事ができるかとか。

当時、夫が「君も35歳までになにか始めないといろいろ難しくなるよ」と言ってくれたんですが、福岡に来てすぐに2人目を授かったんです。上の子の時のように3年間がっちり子育てをしてたら、私35になっちゃう!と(笑)。下の子が6か月のときに、ある委託ライターの募集があって応募したんですね。そうすると、シカゴ時代に書いた記事が実績として役立って採用されたんです。

編集部:そして、働きながら子育てをする生活がスタートするわけですね。

宮本:はい、当時子どもはまだ1歳未満だったのですが、子連れだからって諦めなくてもいいのではと、一時保育を利用しながら、可能な限り打ち合わせや取材に連れて行きました。とはいえ、はじめは取材に出たのは月に2日くらいでしたけど。福岡で仕事がのってきて満三歳児保育で幼稚園も決まり、「やった!来年からもっと仕事ができる」と思ったら、次は夫が東京転勤になったんですよ(笑) 

やっと福岡で「やるぞ」スイッチが入ったところだったので、正直「えー!また転勤!?」と思いました。東京に来た1年はやっぱり悶々としましたね。何度引っ越しを経験しても、相変わらず一度は落ち込むんです。

東京では、息子の幼稚園も保育園も一時保育もない状況だし、「東京はライターさんも編プロもあふれるほどいて、私なんかおよびじゃない」とまた自分自身で扉を閉めかけていました。そんな時、ある雑誌でライター募集の記事を見て、応募したら採用されたんです。シカゴ・福岡時代の実績がまた評価されたんですよね。そして現在は、東洋経済オンラインやAERA、ハレタルなどで執筆させて頂いています。

バリキャリでもゆるキャリでもない、「ナチュラルキャリア」でありたい


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編集部:今はどのくらいのペースで働かれていますか?

宮本:働くのは週3日で、平日の2日間は仕事をしないと決めています。もちろん仕事を多くは受けられず悶々するときもありますし、繁忙期の時は週3以上仕事をすることもあります。でも、仕事がつまりすぎると家族がギスギスしてくるので、繁忙期の翌週はまったく仕事は入れないなどバランスを取るようにしています。

編集部:仕事のない週2日はどのように過ごされているんですか?

宮本:子どもをお友達と公園で遊ばせたりしています。仕事をする週3日は延長保育を使っているんですが、週2日お休みすることで、子どももガス抜きできているようです。

編集部:バランスの取れた働き方をされていますね。

宮本:そうですね。でも最近よく言われている「ゆるキャリ」ではないと思っているんです。私自身は、「ゆるキャリ」「バリキャリ」という線引きが嫌いで。それよりも私は「ナチュラルキャリア」だと言いたいんです。別に誰でもできる仕事をしているとも思わないし、スペックが低くなっているとも思っていません。

自分のスペックを保っていても、時間の制約によって「できることとできないこと」が出てくると思うんですが、でもそれは子どもが手を離れていくに従って、いつかはやれるようになる。仕事も子育ても中身の濃さで選んだほうがいいと思っています。

でも、ナチュラルに自分らしい仕事を選択していくためには、それまでなにもしてなかったっていうのでは、あまりにもハードルが高すぎる。だからこそ、ボランティアでもいいし地域交流でもいいからなにかしらしたほうがいいと思います。

編集部のようなところはバリキャリの人が多いので、そういう人たちが私の働き方を応援してくれたり、「宮本さんだからこそ書いてほしい記事がある」と言ってもらうこともあります。ナチュラルキャリアやゆるキャリが、バリキャリの人たちから「この人にやってほしい」と思われることって大事だと思うんですよね。

「あの人バリキャリだから」「あの人ゆるキャリだから」と言い合うのではなく、バリとゆる・ナチュラルが互いにできることはあると思うし、もっと認め合っていいと思うんです。

「与えられた場所で、やれることをやる、それがたとえどんな小さなことでも」それを少しずつ積み重ねて今の「ナチュラルキャリア」を築いた宮本さん。仕事を手放し、知らない土地で暮らすことになれば、挫折感を味わってしまうのは当然のことだと思います。でも、そこで得るもの、財産になることは必ずあると少しずつでも行動に移すことが、自分を、家族をハッピーにする原動力になるのかもしれません。

【宮本 さおりさんプロフィール】
2000年に地方新聞社に報道部記者として入社。修行のような日々の中電撃結婚で渡米。ママ友に助けられながらなんとか生活する中、子連れで留学生妻の会に参加、そこから少しずつ書く仕事の世界を広げていく。帰国後『AERA』、『AERA with Baby』、『ハレタル』など、その他多数執筆。昨年、元記者女性ライターズユニット「Smart Sense」を立ち上げ、副代表に。プライベートでは2児の母。
HP:http://smartsense-press.com/

文・インタビュー:インタビュー(宮﨑晴美)・文(田崎美穂子)

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ワーママを、楽しく。LAXIC
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