夫婦のコミュニケーションの取っ掛かりは「私」を主語にすること 吉田紫磨子さんが語るパートナーシップへの第一歩

「コミュニケーションが大事って精神論では分かるけど、その精神論を支える体がしんどすぎる」(産後セルフケアインストラクター・吉田紫磨子さん)

ラシク・インタビューvol.86

NPO法人マドレボニータ認定産後セルフケアインストラクター 吉田 紫磨子さん

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吉田紫磨子さんは産前産後ケア事業を行うNPO法人マドレボニータの認定産後セルフケアインストラクターとして、全国各地で開催される講座で妊産婦さんのサポートに携わっています。

産後ケア教室ではバランスボールを使ったエクササイズに加え、『●●ちゃんのママ』『××さんの奥さん』としてではない、「私」を主語に自分の思いを聞き手に伝える「シェアリング」というワークを実施し、夫婦間のコミュニケーションロスの解決を目指しています。

ご自身も「産後うつ」を経験し、そこから産後セルフケアインストラクターの道へ進んだ紫磨子さんは、産後の夫婦に訪れる危機の根源は「体力と言葉が失われること」だと語ります。

日々、産後ケアとともに、夫婦間のパートナーシップ、コミュニケーションの必要性について説く紫磨子さんに、長く続く子育てと仕事を心身ともに健やかに両輪で回していくために今日から何ができるか?何から始めればよいか?というお話を伺いました。

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第1子の出産後は、ワンオペ状態。「つらい」とうまく言えなくて悪循環な日々だった

編集部:紫磨子さんご自身も産後うつを経験したことをきっかけにマドレボニータに出会い、そこから産後セルフケアインストラクターになったそうですね。最初の一歩を踏み出したのはどのようなきっかけからでしょうか。

吉田紫磨子さん(以下、紫磨子さん):長女を生んだ15年前はまだ「産後うつ」という言葉がほぼ知られていなくて、自分自身も明るい性格だからうつになるわけなんてないって認められなかったんだけど、産後半年くらいのときに子どもを抱っこできなくなってしまったんです。

当時、夫は「子どもも生まれたから仕事をいっそう頑張らなきゃ」って毎晩深夜1時2時にタクシーで帰宅する日々で、私は働いていた会社をやめて専業主婦だったのでいわゆるワンオペ状態。

「夫に働いてもらってる分、私は家事育児を頑張らなきゃ」って思いもあるんだけど、大人と喋らない生活だから思っていることをうまく言葉にできなくて、態度で察してほしい、だけど伝わらないから不機嫌になって、夫婦の仲も険悪に...という悪循環でした。

そこでまず心療内科に行こうとしたんだけど、抱っこができないから心療内科に行くことすらできないんです。

マッサージに通っても腱鞘炎や腰痛が全然よくならなくて、これは体を鍛えるしかないのかなと思ったときにマドレボニータに出会いました。

マドレボニータの存在は産前から知っていたんだけど、実は私は運動が苦手で、「有酸素運動」って言葉にも拒否反応があったからどうしても行きたくなかったんです。

だけど最後の手段だと思って、最初は母に頼んでベビーカーを押してもらって、教室に行きました。

そこでエクササイズを体験してみると、全然体は動かせないんだけど「すごく気持ちいいし体が軽い!」って感じたし、びっくりしたことに抱っこもできたんです。

そこから毎週通い続けて、半年くらい経ったとき、自分に必要なものは心療内科よりも人と話したり仕事をすることなのかなって気づきました。

体が元気になったことで、夫とも向き合って話せるようになったので、仕事をしたいと思ってると打ち明けたらビックリすると同時にすごく喜んでくれたんです。

夫も私がうつになっていることは分かっていたんだけど、自分も働きすぎでもう少しでうつになってたかもしれないと言い出せなくて辛かったと、初めて話してくれました。

また、自分がうつだったときは、周りの産後女性がみんな綺麗なワーママに見えていたのに、産後クラスのシェアリングで話してみると、みんな同じようなことで悩んでいることも分かったんです。

私だけがこんなに辛くてしんどいんじゃないんだな、みんな葛藤してるんだなって分かったことは大きかったですね。

体力が落ちているところに「建設的なコミュニケーション」なんて成り立たない

編集部:夫婦間のコミュニケーションの必要性ってあらゆるところで説かれているんだけど、パートナーに思っていることを言えないって人は本当に多いんですよね。

紫磨子さん:もう、ずばり体力なんですよね。

産後クラスでのシェアリングはエクササイズでリフレッシュしてエネルギーが満ち溢れている状態だからみんな饒舌に話せるんだけど、実際パートナーが帰宅する夜9時とかって一日の疲れのピークですよね。

夕方6時くらいから赤ちゃんが黄昏泣きしたり、授乳してるから自分もお腹が空いてるのに、子供抱っこしながらご飯を作ったり、お風呂上がりにろくに体も拭けないとか必死の状態で、建設的な会話なんてまず無理なんです。

「コミュニケーションが大事」ってことも精神論では分かるんだけど、その精神論を支える体がしんどすぎる。

産後うつとか産後クライシスとか虐待の問題とかも含めて、私は出産後の女性がダメージを受けているという体の問題が結構取りこぼされているなって感じるんです

編集部:確かに、妊娠・出産って産んだらゴールと思われがちで、その後についてはあまり触れられていませんよね。産んだら終わり、スッキリ、みたいな。私も実際そう思っていました。

紫磨子さん:また、体力とともに産後に失われているのが言葉なんです

大人と会話していないと、言葉が出てこないっていう自覚もなくなってしまう

「今、何カ月ですかー?」「目が離せなくて大変ですよねー」みたいなママ友トークではない、自分の思いを紡ぎだすっていうことが必要なんだけど、それを経ずにいきなり夫にぶつけても、「どうして私の気持ちを分かってくれないの?」と泣いておしまいですよね。

だけど、場を設けて、途中で口を挟んだり遮らずに聞いてくれる相手がいれば、みんな喋れるし、言語化することで、その先自分がどうしたいかも見えてくる。

エクササイズも負荷は高めだし、産後女性に人生やパートナーシップについて語らせるのは結構重いんだけど、みんなその力を持ってるって信じて、産後女性の自立支援に関わっています。

腹を割って話せる仲間が、子育てしながら仕事をする支えになってくれるはず

編集部:産後クラスで体も動かして、自分の気持ちも語ってもうバッチリって思ってもいざ職場復帰すると、子供の発熱で呼び出しとか、両立できなくて落ち込むことも多々あると思うんです。

そんな時、どうやって自分を立て直したらいいでしょうか。

紫磨子さん:産後クラスに通ってくれたみんなの心に残るのは、産後ケアの知識よりも仲間なんです。

仕事や自分自身のことを堂々と話し合える、戦友のような関係性だから、長く付き合っていけるみたいです。

復職後に会社でこんなことがあって...と落ち込んでも同じような仲間がいるんだって思うと心強いんですよね。

結局シェアリングというワークは腹を割って話すための仕組みなので、相手は誰でも可能なんです。

だから児童館とかで気が合いそうな人に出会ったら、「帰りにランチでもしませんか」とか声をかけて、自分はこんな仕事をしていて、とか切り出せば相手も腹を割って話しやすくなると思うし、保育園のママとでもできると思いますよ。

パートナーに「このままだとさみしい」と伝えることから始めて

編集部:対パートナーでは更に苦心しそうですが、建設的なコミュニケーションを築くためには何から始めたらいいでしょうか。

紫磨子さん:2人で話したいって言いだすのも難しいと思うんですけど、「このままだとさみしい」ということをパートナーに伝えて、強制的に2人になる時間を作ってほしいです。

産後女性はこわくなる、とか言われるけど、こわいの正体って「怒り」じゃなくて「さみしさ」だろうと思うんです。

2人っきりで話してみれば、赤ちゃんを抱っこしているときとはまた違う言葉が自分の中から出てくるだろうし、それがパートナーから見るとすごく意外な言葉かもしれない。

そうすれば、逆に相手の考えていることも聞き出せるんじゃないかな。

編集部:さみしいって言い出すのも改めて本音を話すのも照れくさかったりして、夫婦になると素直になるにも壁がありますね。

紫磨子さん:男性は小さいときから泣いたら「男の子でしょ」って言われてきたかもしれないし、さみしいっていう感情も感じないように麻痺してしまっているのかもしれない。

そう考えると女性に比べて「想い」に対する語彙も少ないだろうけど、夫婦が本音で話すことは恥ずかしいことでも何でもないんです。

カップル向けのクラスを開講すると、連れられてきた男性も最初は恥ずかしがってるんだけど、エクササイズで汗と醜態(笑)を晒すと、羞恥心がなくなるのか、素直にシェアリングしてくれますよ。

私も13年この仕事をしてるけど、出産する度に振り出しに戻ってました。やっぱり体力が落ちてダメージを受けてるからイライラしちゃって夫に腹が立ってしまう、その繰り返しです。

ただ、どうしてそうなるかからくりが分かってるから翻弄されなくはなりましたけどね。

その度に「あ~、有酸素運動って大事だな」って実感してましたよ(笑)

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僭越ながら、産後クラスに通う皆さんたちと一緒にレッスンを体験させてもらったこの日。

エクササイズをしながらも終始笑顔で喋り続ける紫磨子さんはまるでエネルギーの塊のような前向きなパワーに溢れていて、産後女性たちのメンター的存在であることが強くうかがえました。

そんな紫磨子さんにも産後うつで苦しんだり、周りの女性が眩しく見えていた時期があると聞くと、産後は誰もが「隣の芝生は青い」状態に陥ってしまうことが分かったような気がします。

自分の内面を見つめて「つらい」「さみしい」という状況を認めることも、それをパートナーに伝えることも恥ずかしくて臆してしまいそうですが、パートナーシップを維持していくためには、シンプルな心がけを怠ってはいけないのだなと感じるインタビューでした。

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【吉田 紫磨子さんプロフィール】

NPO法人マドレボニータ認定 産後セルフケアインストラクター

1971年東京都板橋区生まれ。慶應義塾大学仏文科卒。第1子出産後に「産後うつ」を経験。マドレボニータの産後プログラムに出合い、体を動かすこと、パートナーと対話を重ねることで回復。産後のヘルスケア、パートナーシップの必要性を感じ、インストラクターに。産後ケア教室、マタニティケア教室、産院協働クラス、父親学級、両親学級、祖父母向け産後サポート講座、大学生向け産後講座を開催。4児の母。

著書『産褥記~産んだらなんとかなりませんから』(KADOKAWA刊)

ワーママを、楽しく。LAXIC

文・インタビュー:真貝 友香

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