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HIV感染を知った母『一番期待して産んだ子なのに、同性愛者だったなんて』

2015年11月25日 16時05分 JST | 更新 2016年11月23日 19時12分 JST

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(前回までのあらすじ)

HIVに感染したことが判明した私と恋人Y。精神的に不安定だったYがある日、『オーロラが見える場所に行ってきます』とブログに投稿していたのを不審に思い、急遽Yに会いに自宅へ。そこにいたのは...首を吊って息絶えていたYだった。この事件をきっかけに、私は母に同性愛者であること、HIVに感染していることを伝えるのだが...

警察からの聴取後

僕は部屋に戻りました。再度横になっているYさんに触れるも、やはり冷たくなっており、呼びかけても話しかけてもYさんは答えません。いつもの優しい笑顔も向けられることはなく、静かに横たわっているだけでした。暫くしてからYさんは運ばれていきました。

僕は思い出のあるこの部屋から離れたくなかったのですが、両親はすでに引き払うように手筈を取っており、僕は両親と実家に帰ることになりました。同時にショックからなのか、声があまりでなくなり、当時勤めていた会社も退職することとなってしまいました。

母親との確執

実家に戻った僕は母親から実家の鍵を返すよう言われ、質問攻めに合いました。まず聞かれたのは亡くなった彼は誰なのか?ということでした。

僕は同性愛者であり、Yさんは直前までお付き合いをしていた方で一緒に住んでいたと説明しました。母親は僕が購入していたBL本をこっそりといない間に見つけていたようで、うすうす気づいていたようでした。

『一番期待して産んだ子なのに、同性愛者だなんて』

そう、母親に言い放たれました。次に聞かれたのはHIVへの感染経緯でした。亡くなったYさんから感染したこと、HIVは日常生活では感染しないこと。今持っている知識で話をしましたが、母親は理解をしておらず

『期待したのに』『こんなことになるなんて』『育て方を間違えたんだ』

と言うばかりで、昔からそうでしたが、僕の言葉など耳には届いていないようでした。母親は僕が実家にいる間、僕が触れたものや歩いた場所をアルコールで除菌をするようになり、僕はどんどんノイローゼになっていきました。そんな生活にうんざりした僕はそれをやめるように母親に伝えましたが、母親はやめずにいました。

『あんたなんか、産まなきゃよかった』

そう母親に言われました。僕は全てに落胆しました。それならば、死ねばいんじゃないか。そう思った僕は台所から包丁を取り出し

『それなら、死ねばいいよね。産まれなくてよかったんだから。』

そう伝え、僕は包丁を腹部に突き付けて死のうとしました。が、父親に殴られて止められました。

『そんなことをするんじゃない!お前もそんなことを言うんじゃない!』

殴られた僕は、意気消沈し、部屋に閉じこもり眠りました。

家族会議

久しぶりに囲む家族揃っての食卓はとても静かでとても重苦しいものでした。母親は相変わらず僕の触れたところは全てアルコールで拭いていた為、兄がそれに対して怒りを露わにしました。

『どうしてそんなことしてんだよ!ちゃんと話聞いたのかよ!』

そういい、兄は部屋からインターネットで調べたHIVに関する書類を持ってきました。兄は話を聞いてから出来ることはないか考えてくれていたようで、母親に説明をし続けました。妹も味方になって話をしてくれましたが、母親が結局受け入れてくれることはありませんでした。

僕は実家にいることが耐え切れなくなり、Yさんのお葬式の件もあったことから、Yさんのご実家に連絡を取り、暫く居させてもらうことになり僕は実家を飛びだしました。

つづく

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