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国政選挙論点シリーズ(3)-憲法改正「統治のための統治」

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三分ノ二


参議院選挙の最大の論点はアベノミクスの是非、その継続の是非であるというのが政権のスタンスです。これは、なかなか微妙な課題設定です。アベノミクスの三本の矢は、金融緩和、積極財政、構造改革のはずでした。何が微妙かというと、この処方箋自体は引き続き正しいけれど、それは安倍政権がやっていることなのか、という疑問が深刻化してきているからです。

経済には「勢い」や「気」の部分がありますが、デフレ脱却の機運は遠のいています。構造改革は、実はそもそもやる気がなかったのではないかとさえ思えてしまう。残ったのは、積極財政だけであると。自民党の参議院選挙公約を見ると、旧態依然としたインフラ投資がズラリ。全国区の候補者は、絵に描いたような組織候補と、賑やかしのタレント候補です。そんな中、懐かしい絶望感がよみがえってくるのは私だけでしょうか。数年前、アベノミクスによって期待が形成される以前の、漂流し続けているという閉塞感です。

アベノミクスが争点となって、期待感を取り戻すための政策を各党が競い合うのだとすれば、とてもいい選挙になるはずです。もちろん、現実はそうはなっていません。以前から指摘しているように、野党には経済運営の全体性がないからです。国民には、安倍政権を信任するか、どのくらい懲らしめるかの選択肢しかありません。「そんな55年体制的なバカな話があるか」という怒りがこみ上げてきますが、それが現実です。日本の政党状況の現実を踏まえると、経済政策を争点にすることは構造上できないわけです。

匙を投げたくなる思いをぐっとこらえたところに、しかし、かすかな希望があります。憲法です。憲法改正が今回の選挙の裏論点であるのは間違いありません。そもそも「裏」であるのは、国民の関心を喚起し、自公の間の溝を表面化させたくないからでしょうけれど。衆議院とともに、参議院でも与党と改憲勢力で三分の二を確保できるかというのはこの国の行く末を大きく左右します。単に改憲が可能となるかということだけでなく、どんな改憲が可能となるかということが決まってくるからです。それは、国民のエネルギーを動員し、民主主義を通じて決定するに足る重要な話です。

改憲をめぐる政治状況


改憲をめぐる政治状況を振り返っておきましょう。無所属議員の状況や、当選後に党や会派を移動する事態も考えられますから、どこまで厳密に捉えるかはさておき、大きな意味での数字感を持つことが重要です。

参議院の定数は242であり、改憲の発議に必要な三分の二は162です。政権与党の現有議席は136であり、改憲勢力を足し合わせると146ですから、16議席積み増さないといけない計算になります。与党+改憲勢力の改選議席で憲法改正を実現するためのマジックナンバーは78ということになります。これが安倍政権にとっての真の勝敗ラインというわけです。6年前の選挙ではもっと不利な状況下で戦ったとはいえ、現有議席をこれだけ積み増すハードルは低くはないというのは確かにそうでしょう。

ところが、国会が閉会時の会見で与党幹部は、勝敗ラインは与党で改選議席の過半数であると口を揃えるではありませんか。憲法改正から国民の意識を遠ざけ、議席が伸びなかった際の責任問題を回避し、組織の引き締めも図るという、一石三鳥の常套手段ではあるので、与党幹部がそうおっしゃるのは自由です。残念なのは、多くのメディアが無批判にその発言を垂れ流したこと。

リベラル系メディアの追及不足はもちろんのこと、仮に保守系メディアであれば、どうして堂々と改憲を目指さないのかと訴えるべきところでしょう。ここは静かにしておいた方が良いという配慮の結果なのか、それとも、自分で考えていないだけなのか。どちらをより心配するべきなのかも含めて、まことに悩ましい問題です。

憲法をめぐる各党の状況も示唆的です。自民党には当然幅広い考え方があるのでしょうが、土台となるのは2012年の改憲草案ということになるでしょう。これは、自民党が野党時代に当時の民主党との違いを際立たせるために作った草案ですから、多少は割り引いてみる必要はあるでしょう。

それでもなお、中身は「ひどい」の一言です。復古主義的な価値観に基づいて党派的な論点をちりばめた草案は、憲法を政治化するという戦後リベラルが犯してきた過ちを反対側から見事に踏襲しています。何より、よけいな条文をあれこれと入れ込んでいて、言葉としても、法としても、美しく簡潔ではありません。

公明党は、支持母体の価値観の中心線を考えれば、本音では憲法改正を望んでいないでしょう。とはいえ、ゼロ回答では自民党との連立を継続できないから、ごまかし、ごまかし進んでいるというのが実態です。自民党をチェックすると称して、出てきた案文をベースに、なるべく手続きを遅らせ、内容を穏健化していく努力をするのだろうと思います。

おおさか維新の会は、独自の改憲草案を出してきています。これが、なかなかラディカルで面白い。改憲の争点を、おおさか維新の原点である地域主権、教育の無償化、憲法裁判所の設置に絞り込んでいます。9条の問題で泥沼にはまってしまう改憲論争を、違う角度から再構成することを狙っているのでしょう。実際の改憲案を作成する際には政党間の協議になるのでしょうから、自民党と妥協しながら自らの主張も通していこうというしたたかさも感じさせます。

民進党と共産党は、事実上は改憲阻止で共闘しています。安保法制への反対をきっかけに共闘が進んだわけですから、戦後リベラル的には、最後の牙城である改憲阻止が当然の大目標になるのでしょう。興味深いのは、民進党の中に一定数存在する保守寄り勢力がどのような姿勢を取るかです。現在の自民の改憲草案であれば反対するのは当たり前として、自公と他野党で協議が行われて多少はまともな改憲草案が出てきたときに、それでも改憲阻止で固まるのかどうか。日本の民主主義が進んでいく方向性を左右する判断となるでしょう。

理念と統治の間


とはいえ、改憲の方向性を握っているのは自民党であり、安倍政権です。そこには、自民党の歴代政権がたどってきたものと同様の諸力が働いています。それは、憲法と他の政策分野の推進をどのようにバランスするかということであり、理念と統治に対してどのような優先順位を置くかという相克です。

自民党という政党を誕生させる大義名分は、社会党の勢力伸長の中で危機感を抱いた保守勢力の結集を図ることでした。政策的には、赤化を防ぐことが最優先であり、改憲は結党の時点からの党是でした。しかし、自民党の歴代総裁は、改憲を先送りし続けてきました。保守の理念を脇において、政権維持と統治を優先したのです。それは、融通無碍な自民党の真骨頂であり、各国にはほとんど例を見ない一党優位体制を築いた自民党の強さの源泉でもありました。

改憲を本気で目指していた最後の自民党総裁は岸首相ではないでしょうか。より喫緊の課題であった安保改定を優先し、国民の不満が高まって退陣するも、晩年まで改憲をあきらめていなかったように見えます。後継の池田内閣は、低姿勢と経済優先で復興に軸足を移し、左側にウイングを広げる自民党の基礎を作りました。以後も、宏池会系の総裁が総理の座にあるときには、改憲は実質的には政権のアジェンダからは外されます。

国会の勢力図を踏まえた現実性はともかくとして、強い総裁として改憲を目指すことができたはずなのに、目指さなかった総裁が中曽根首相と小泉首相です。両者は、ともに自民党内の保守勢力を代表しており、改憲の理念も有していたはずなのに自身の政権では改憲を目指さなかった。むしろ、改憲を積極的に封印することで勢力伸長を図ったといえます。

改憲を目指すことで生じる、左からの警戒感に水を差すことで中道勢力を取り込み、彼らが一番やりたかった経済改革を実現したのです。中曽根内閣にとっては行革や国鉄民営化であり、小泉内閣にとっては道路公団や郵政の民営化でした。いずれも、自民党内にも反対の多い改革案件であり、自民党外の無党派層に働きかけることで政権の求心力を維持する必要があったのです。

安倍政権は、数字の上では自民党の歴代の有力政権と肩を並べつつあります。問われているのは、数字に表れる権力を何に使うのかということです。保守の理念をとにかく優先して憲法改正まで突っ走るのか、憲法改正をダシに使って支持基盤を満足させながら必要な経済改革を進めるのか。どちらの方向にも一定の大義名分があると思います。危惧するのは、双方が中途半端になる方向に進んでいるのではないかということです。

あくまで憲法改正を目指すという立場を取る場合には、どのような理念に基づく改憲なのかということが重要です。憲法制定時に占領下にあったことや、翻訳調の現憲法の存在そのものを疑問視する保守イデオロギーに基づく改憲ということであれば、求心力は生まれないでしょう。仮に、農村と高齢者という自民党の支持基盤に一定程度の支持があったとしても、改憲に必要な国民の過半数に到達する支持は得られないでしょう。

改憲を目指すのであれば、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という現憲法の理念は肯定しながら、問題のある条文の変更を目指すべきです。加えて、国民をごまかすのもいただけない。いまさら指摘するまでもなく、改憲の最大の論点は9条です。9条改憲はハードルが高いから、やりやすいところからやりましょう、というのはいかにも姑息です。私の持論は、9条2項、つまり「戦力の不保持」を単純に削除することですが、それ以外にも平和主義の理念と安全保障の現実を両立させる方法はあるはずです。

保守政権の政策メニュー


私は、日本の有権者の構造と国際社会の現実を踏まえたとき、求められるのは保守系二大政党制であると申し上げてきました。それは、保守系二大政党制が望ましいという価値判断であるとともに、保守系二大政党制にしかリアリティーがないという分析に基づいています。

自民党が保守の一翼を担っているわけですから、現在の政治状況を前提とする限り、もう一翼はおおさか維新の会や民進党の一部ということにならざるを得ません。ここでいう保守系というのは広い意味で使っています。その根幹は、国家の存立と繁栄に関心があり、経済運営の全体性を提示しうる能力を持っているということです。

私は、安倍政権が並べている政策メニューが間違っているとは思いません。第一に経済の活性化であり、第二に少子高齢化への対応であり、第三に安全保障と憲法にかかわる政策です。経済の活性化なくしては、国民の生活も、プライドも、改革の原資さえ確保できません。少子高齢化への対応なくしては、長期的には国家の存立すら危うくなります。そして、国際社会の変化によって日本を取り巻く安全保障環境が厳しくなる時代を迎えようとしているからです。

問題は、必要な政策を実行する意思があるのかということです。デフレ脱却もできない、構造改革にはチャレンジすらしない、結果として憲法改正も実現できない。それでも、なんとか東京オリンピックまで政権を延命して花道としたい。宴の後には避けがたい不況と混乱が待っていることは皆わかっているけれど、音楽が続いている間は踊り続けるというのでは、さすがにまずいでしょう。

一強他弱の政治状況は健全ではないけれど、一強他弱な状況が続くのであればやるべきことやらないといけません。そうでなければ、それは統治のための統治でしかない。日本国家にも保守主義にも残された時間は少ないと思うのです。

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(2016年6月9日「山猫日記」より転載)