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アカデミー賞に向けて盛り上がるアワードシーズン(1)権威ある賞の存在意義

数々の権威ある賞が存在することは、映画界を盛り上げ、今後の映画作品の質を向上する大切な役割があると感じます。

2018年01月29日 17時42分 JST | 更新 2018年01月29日 17時42分 JST

(ハリウッドのお土産屋さんに溢れるオスカー像。筆者撮影。)

米アカデミー賞(通称:オスカー)のノミネーションが公式に発表されましたね。

毎年、年末から翌年の3月までは「アワードシーズン」と呼ばれ、数々の権威ある賞のノミネーションや受賞が、時期を見計らった絶妙なタイミングで次から次へと発表され、アメリカの映画界、テレビ界は活気にあふれます。そのトリを飾るのが、皆様もご存知のアカデミー賞。

こうした流れのおかげで、それ以前に発表されるゴールデングローブ賞や全米製作者組合(PGA)賞などは、それ自体に権威があると同時に、「オスカー」を頂点とした賞レースにおける前哨戦と呼ばれて注目されています。

このように数々の権威ある賞が存在することは、映画界を盛り上げ、今後の映画作品の質を向上する大切な役割があると感じます。

アメリカは資本主義。権威ある賞が存在しなければ、映画は観客数や興行成績などの数字で評価されてしまいます。すなわち、「売れた映画」のみが注目され、「売れる映画」のみが制作されるようになるでしょう。

エンターテイメントも「ビジネス」ですから、売れるためのプロモーション要素は大切です。しかし、映画などの映像作品は一種の芸術であることを考えると、ストーリー、脚本、監督、演技、編集、美術、音楽など、作品としてのクオリティよりも「売れるかどうか」がまず優先されてしまうような環境では、良い作品は生まれないのではないでしょうか。

多大な予算をかけて、超人気監督に依頼し、超人気俳優を起用し、巷で大ヒットした原作を映画化すれば、多くの観客が映画館に足を運ぶことでしょう。しかしながら、「低予算の映画」「超人気監督も超人気俳優もいない映画」「人気の原作がない、またはオリジナル脚本の映画」など、プロモーション要素が比較的弱い映画でも、素晴らしい作品であれば、世界中に数々の賞が存在するおかげで、多くの人の目に触れるきっかけを得ることができます。

もちろん、「良い映画」の定義は、条件、状況、観る人それぞれよって異なりますので、賞をとる映画=良い映画だと一概には言えません。そもそも製作者たちが魂を削って生み出した芸術作品に優劣をつけるのはナンセンスです。

とはいえ、数々の権威ある賞が存在し、観客数や興行成績とは別の基準で映画を批評できるシステムが整っていることが、映画作品全体のクオリティ向上に貢献するという点はやはり見逃せません。

作品が世に出るきっかけとなるだけではありません。権威ある賞の存在が、受賞者の今後のキャリアアップに多大なインパクトを与え、さらに、受賞によって得られる名声や誇り、他人からの尊敬が、より良い作品を生み出そうというモチベーションや努力に繋がります。

努力して生み出した作品が評価され、その評価が本人や周りに影響を与えてさらに良い作品が生まれ、というポジティブな連鎖が、明日の映画界を支えていきます。

次回は、アワードシーズンでも注目されている賞のひとつ、先週末に発表されたサグ・アワード(SAG Awards)について、さらに2017年にリリースされた映画への個人的な感想を書きたいと思います。

「気まマホ日記」1月25日付の投稿から抜粋