「科学的思考」と「人道的配慮」を ~直ちにHPVワクチン接種を再開し、子宮頚がん患者の増加を防ごう~

私たちは命を守るべき医師として何をすべきでしょうか。

私は産科診療主体の周産期医療センター勤務であり、婦人科診療として子宮頚がんに関わるのは子宮頚がん検診のみです。ワクチンの合併症を声高に主張するマスコミの影響と、厚生労働省がHPVワクチンの「積極的な接種勧奨を差し控える」判断をしたことの影響で、残念ながら当院でも数年前まで普通に行っていたHPVワクチンを希望する人はいなくなり、接種する機会はほぼありません(全国的にも接種率は1%を切っています)。

この問題に関して本来は「婦人科腫瘍専門医」の発言を待ちたいところですが、「HPVワクチン薬害訴訟全国弁護団」が結成され、12人の原告が集団提訴するにあたり、この問題を放置しておくことができず、MRICに寄稿させて頂くことにしました。

産科診療主体とはいえ、妊娠12週の初期健診時に全妊婦の子宮頚がんスクリーニング(細胞診)を行っており、一定数の子宮頚部異形成や子宮頚部上皮内腫瘍の患者を診ることになります。子宮頚がん合併妊婦に遭遇すると、妊娠を継続したまま並行して治療するか、治療を優先して妊娠継続を断念するか、大きな選択を迫られます。

妊娠中に化学療法を併用しつつ、児が胎外生存可能な時期まで待ち、その時期が来たら帝王切開+広汎子宮全摘術を行う例もあります。性行為経験のある若年女性に多い子宮頚がんに妊婦健診の場で出会うことは、ある種必然でもあるのです。子供を残して若い女性が亡くなる、という意味で「マザーキラー」という言葉さえあります。

国際的にはHPVワクチンの有用性・安全性は確立されています。世界保健機関(WHO)ワクチンの安全性に関する専門委員会(GACVS)は2014年3月12日にHPVワクチンの安全性に関する声明を出し、その後も「積極的勧奨」を差し控え続ける日本の厚生労働省を国名を挙げて非難する異常事態が起きています。

他に米国疾病予防管理センター(CDC)や欧州医薬品庁(EMA)もHPVワクチンの安全声明を出し、「これまでの科学的検討から、HPVワクチンが複合性局所疼痛症候群(CRPS)や起立性調節障害(POTS)を引き起こすことを支持する知見はない」と断言しています。

唯一、統計的に示唆されているのはギランバレー症候群が1人/10万人程度増えるかもしれないという点ですが(フランスの少女200万人を対象にした統計)、ギランバレー症候群の8割は1年以内に回復し、また、残りの2割も命を落とすことはありません。

日本で年間約3000人の命を奪う子宮頚がんの脅威と比べて、ゼロではないとしても如何に小さい「副反応」であるか、ということが分かります。

しかしながら「ゼロではない」というところが問題です。

日本で340万人に接種されてきたHPVワクチンによる「被害者」が12人、訴訟の原告となりました。そのうち4人は会見に出て、実名を出した少女もいます。私の本意は、彼女たちを「科学的ではない」と批判することにはありません。彼女たちは「HPVワクチン接種後に、それぞれの後遺症を受けた」被害者です。

科学的方法とは、A→Bの順番に起こったことをそのまま「因果関係」と認めることではありません。適切な証拠、明確な結論、証拠と結論を結ぶ推論過程、並びに事象の再現性。このような条件を揃えて、科学者はある事象を(少なくともその時点での)科学的事実と捉えます。

この件に関して「日本人に多いHLA型:DPV1 05:01が"合併症"に関与しているかもしれない」と、厚生労働省「子宮頚がんワクチン接種後の神経障害に関する治療法の確立と情報提供についての研究」班(通称:池田班)が発表し、一部マスコミで「ワクチン接種推奨の差し控え」を支持するような形で報道されました。

しかしながら、この発表は学術的な方法(学会発表や論文発表)ではなくマスコミ向けに発表されたものであり、さらに「遺伝子保有率と遺伝子頻度を区別しない(少なくともマスコミは理解できなかった)」という基本的誤りを犯し、さらに「脳障害」の定義が曖昧であるという根本的問題を抱えています。

この研究班は「科学」の傘を着ているものの、全く持って科学的方法を理解していません。

繰り返しますが、私は「科学的でない」からといって「被害者」12人を批判する気はありません。「因果関係」が科学的に認められようと認められなかろうと、彼女たちが「被害」を受けたことは事実であり、それに対して「無過失補償」を行うことは必要だと考えています。最終的に因果関係が明確に否定される(あるいは「被害者」たちが納得する)日が来たら、「無過失補償」ではなく、通常のCRPSやPOTSに対する保険診療のみで対応しても良いでしょうが、まだ原告たちが納得できる社会状況にはないと考えています。

そして「因果関係」があるかどうかの議論は(国際的には決着しているにも関わらず)、日本国内では政治問題(さらに今回は司法問題)になっており、解決に時間がかかることは避けられません。その間「HPVワクチンが接種されないために増えていく子宮頚がん」に対して、誰が責任を持つのでしょう。厚生労働省や一部マスコミが、いつの日か責任を果たす、と断言するなら良いです。しかし彼らにその気は全くありません。マスコミは必ず、「ワクチン安全説もある」という形で「両論併記」して逃げ道を確保します。

しかし「見出し」の持つイメージは大きく、一般市民には「子宮頚がん(HPV)ワクチンは危ないかもしれない」という感覚が広がる一方です。そして、毎年3000人が命を落としていく子宮頚がん治療の現場がトップニュースになることは決してありません。彼女たちの「声なき声」を広く伝えるマスコミは、現在この国にはありません。

私たちは命を守るべき医師として何をすべきでしょうか。

「科学的思考」をもとに考えれば、一刻も早く「HPVワクチンの積極的勧奨差し控え」を厚生労働省に解除させなければなりません。

一方で「人道的見地」から、「被害者」12人のみならず「ワクチン接種後に後遺障害を受けた人たち」を「無過失補償」していく配慮も必要です。

その両者を速やかに進め、この国が「科学」と「人道」を大切にする国だと、若人たちに示すことが必要だと考えます。

なお、日本では「子宮頚がん(HPV)ワクチン」は女性の問題と考えられていますが、HPVは広義のSTD(性行為感染症)であり、男性にも関わる問題です。海外では少女のみならず少年男性にもHPVワクチン接種が勧められていることを申し添えて、この文章を終わります。

日本に「科学」を、そして「人道」を!

【利益相反(COI)の開示】

拙文の著者である河村真は、これまでもこれからも、HPVワクチン製造販売メーカーから何ら利益供与を受けていないことを明確にします。

【参考資料】以下のリンクに、必要な資料が提示されています。

第10回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、平成26年度第4回薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会安全対策調査会 資料

(2016年4月1日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)

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