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日銀の総括的検証はどう検証されたか?

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2016年9月30日開催の経済財政諮問会議の民間議員による資料3から(内閣府HPより)

日銀が9月20、21日の金融政策決定会合で、政府との政策協定であった物価上昇目標2%に関する総括的検証と金融政策の新しい枠組みを発表した後、9月30日には「金融政策、物価等に関する集中審議」を議題に含む経済財政諮問会議が開催されました。

私は『日銀の総括的検証、何のため?・前篇』で、その政策協定では日銀の物価上昇目標を経済財政諮問会議が定期的に検証するとなっていると指摘しました。

経済財政諮問会議の反応とマイナス金利政策への転換


この時の経済財政諮問会議の議事要旨によると、そのメンバーでもある黒田日銀総裁の物価上昇目標の日銀の検証についての報告に対して、内閣府政策統括官からは特にコメントはありませんでした。その代わりに会議の民間議員である伊藤元重教授(学習院大学)が

原油価格などの変動要因を除けばデフレではない状態まで物価上昇率を押し上げた・・・短期的には原油の価格等によって物価上昇率は変動するわけだが、3年程度のトレンドで見ると明らかに物価上昇率は上がっている

と日銀を評価し、そして日銀の言う「適応的期待」を

デフレが「自己実現的」になっている

と、表現しました。これはこれまで物価が上昇しなかったので物価上昇予想も起こらず、そして物価上昇予想が起こらないから実際に経済が好転せず物価が上昇しないということでしょう。

しかし、私はこのような説明に納得していません。それは『日銀の総括的検証、何のため?・後篇』で書いたように、日銀の政策手段に「直ぐに景気が好転して物価が上昇する効果があるなら、物価上昇させるために目標を置く必要はなく、ただ実行するだけでよいはず」であり、物価を直ちに上昇させる効果のない手段しかなければ、それをいくらやったところで、「国民の皆さんはこれで目標通り物価が上昇するのを信じて下さい、というようなことで物価上昇予想が起こるとは思」わないからです。

私はまた、『日銀の総括的検証、何のため?・前篇』で、「黒田日銀は・・・人々の物価上昇予想を上げ、予想実質金利を下げることで金融政策の効果を波及させようとした」と書いたように、これまでの日銀にとって(予想)物価上昇はその政策の重要な起点の一つでした。

一方、政府の側にとっては、物価上昇は景気が回復した結果起こる「努力目標」のように思えます。例えば政府が名目GDPを600兆円にするという目標を国民はどう思ったのでしょうか?私にはそれは同じく努力目標と理解しています。

また日銀は当初、物価上昇2%に2年という期限を設定しました。その期限はとっくに過ぎていますが、黒田総裁は金融政策決定会合後の記者会見で、何度となく物価上昇目標2%の達成期限に関する質問を受けました。それに対して黒田総裁は

できるだけ早期に実現する

と繰り返すのみでした。これは物価上昇目標が日銀においても努力目標化したと考えてもよいのではないかと思います。

当初、予想インフレ率を上げることで実質金利を下げようと考えた日銀が、いまや物価上昇目標が単なる努力目標になったとすれば、それは金融緩和の考え方そのものが変わってきていることを意味するでしょう。

私は『日銀の総括的検証と金融緩和の新しい枠組み』で「マイナス金利は直接名目金利から実質金利を下げるため、期待に働きかけて物価上昇予想を起こそうとする必要はありません」と書きました。

一方、経済財政諮問会議の議事要旨では物価上昇目標にはコメントがなかった内閣府政策統括官は、その代わりにマイナス金利について

マイナス金利導入後、一段と金利低下の効果が出ている。・・・社債など、企業の資金調達コストが今年に入ってからも低下している。・・・マイナス金利導入後も金融機関の融資態度は緩和的になっている

と、その効果を好意的に指摘しています。少なくても内閣府などの政府側がマイナス金利を批判的に見ているようには思えません。

自然利子率と金融緩和


日銀はその検証の背景説明資料の中の『3.マイナス金利の効果と影響』で、自然利子率について次のように言及しています。

(2)自然利子率の動向
金融緩和の基本的なメカニズムは、伝統的金融政策、非伝統的金融政策にかかわらず、実質金利を自然利子率(景気や物価に中立的な金利)以下にすることである。わが国の自然利子率は、潜在成長率の低下などを反映して、趨勢的に低下し...概ねゼロ%近傍にあると考えられる

更に日銀の資料の補論では、より厳密に自然利子率を

経済・物価に対して引き締め的にも緩和的にも作用しない中立的な実質金利の水準である。経済理論的には、「完全雇用のもとで貯蓄と投資をバランスさせる実質金利」の水準

と説明していますが、もう少し簡単に言うと「需給ギャップが無いときの市場均衡利子率」と言ってよいと思います。そして、日銀の検証では

現在の実質金利の水準は、自然利子率を十分に下回っており、金融環境は緩和的であると判断される

としています。

しかし、金融政策で重要なことは、需給ギャップが存在する場合、現在の(短期の市場均衡)実質利子率が自然利子率より下回っているかどうかではなく、その時点の金融政策を所与とした(短期の市場均衡)実質利子率が、需給ギャップを埋めるのに十分な水準にあるかどうかです。

従って、例えばその時点の市場均衡実質利子率が自然利子率より低くても、それが需給ギャップ(デフレギャップ)を埋めるのに十分低くなければ、追加緩和措置を発動して更なる金利の低下を図る必要があるということです。

そして、自然利子率がゼロ%近傍でデフレギャップが存在する時、デフレギャップを埋めるのに必要な短期の名目金利あるいは政策金利は、恐らくより深いマイナス水準であろう、ということなのです。

また、日銀の資料では以上に続いて、

同時に、構造改革や成長力強化に向けた取り組みによって、自然利子率を高めていくことも重要である

とありました。日銀は自然利子率が「潜在成長率の低下などを反映」すると説明していますが、これに対して経済財政諮問会議の民間議員4人の連名による会議資料3『デフレ脱却、経済再生に向けて~政府・日本銀行の連携~』には

デフレ脱却、経済再生の実現のためには、働き方改革、規制・制度改革、成長戦略、財政政策により潜在成長力を引き上げていくべき。

これにより、自然利子率(実体経済の実力で決まる金利)が上昇、金融政策の効果がより一層発揮(自然利子率と実質金利の差が拡大、金融環境がより緩和的に。)

とあります。

自然利子率の根幹は資本の収益です。資本あるいは新規投資の収益率が高ければ、比較的高い市場利子率の下でも投資が起きます。逆に自然利子率が低ければ、市場利子率を十分下げない限り投資が起きないでしょう。日銀は金融政策で金利の方を下げますが、政府は潜在成長力を引き上げることで、投資の収益率を上げるということのようです。

そのために政府は「働き方改革、規制・制度改革、成長戦略、財政政策」を挙げていますが、可能であるなら一刻も早く具体的な政策を打ち出して実行すべきでしょう。

しかし、潜在成長率を上げる政策がこれから打ち出せるとしても、その効果が(あるとしても)出るまでには、かなり時間が掛かることでしょう。

自然利子率と実際の利子率の差を広げてデフレギャップを埋めるのが政策目的であれば、そのために最も迅速に実行できるのは、日銀がマイナス金利を拡大することです。予想物価上昇が起きるのを待つのもそうでしたが、何故そんなに時間が掛かるやり方を優先しようとするのか、私には理解できません。

デフレ脱却と賃金上昇


また、先の民間議員4人の会議資料には、「政府の役割」として

継続的な賃金引上げを促進し、 物価上昇につなげていく

とあります。この会議の議事要旨にも、これに関連した次のような発言がありました。

伊藤議員(民間議員)「他の国の賃金の改定の動きを見ると・・・ある程度高い物価上昇率、賃金上昇率を過去にも見ていることがあるため・・・物価が上がっていくという見込みがあれば・・・賃金が上がっていく」
「賃金が上がっていかない限りは物価も上がっていかないため、賃金と物価が一緒に上がっていくことが重要」

新浪議員(民間議員)「継続的な賃金の上昇が、脱デフレの要」

安倍議長(内閣総理大臣)「経済界全体に賃上げの動きが広がり、デフレ脱却につながることを期待」

賃金と物価が伴に上昇することが望ましいということですが、しかしこれには実質と名目の区別をはっきりさせる必要があります。重要なのは物価の変化を考慮した実質賃金ですが、物価と賃金が同率で上がれば実質賃金は不変です。これについて

麻生議員(副総理兼財務大臣)「生産性が上昇しない限りは、給料は絶対に上がらない」

という意見がありました。実質賃金が上がるには生産性の向上は重要です。生産性の上昇とはこの場合、同じ労働投入量でより多く生産するか、同じ生産量に対してより少ない労働で済むことです。更に

内閣府統括官「働き方改革は、第三の矢、構造改革の柱であること、労働生産性を改善するための最良の手段」

世耕議員(経済産業大臣)「「成長戦略」と「働き方改革」の両輪による生産性の向上こそが、最重要課題」

という意見がありました。政府はそのために「働き方改革」を推進するようですが、それが具体的に生産性をどう上昇させるのかは全く分かりません。一方、

塩崎臨時議員(厚生労働大臣)「少子高齢化、労働人口減少の下で、経済成長実現のためには、投資促進に加えて労働参加の拡大と生産性の向上が重要」「生産性向上を図るためには、AIなど、技術革新を最大限活用したイノベーション改革の達成が必要」

のように、生産性の上昇に対して「投資促進」と「イノベーション」、これらこそが本質的であると考えます。これらによって生産性が上昇するのであり、その結果それに成功した企業はより高い賃金を払うことができるようになります。そしてそれが総需要を更に拡大させることで新たな労働需要が起き、労働市場全体で賃金が上昇するでしょう。

景気が良くなって生産が増えれば、生産の増加から派生して需要が増える労働の賃金は上がります。また、賃金が上がることが景気に良い循環をもたらすことも事実でしょう。

しかし、無理に賃金を先に上げることができたとしても、それで景気が良くなる保証はありません。第一、政策としてまず賃金を上げようとするのは、それに有効な手段がなければ無理なことです。

マイナス金利を拡大して投資を増やすことは需給ギャップを埋め、やがて経済の生産性を向上させる理に適ったものです。それに対して賃金を上げてデフレを脱却し景気を回復させるという考えは、経済のメカニズムを無視して因果関係の逆転を信じるようなことであり、また容易にはほとんどできないことを政策目標に掲げるような話です。

そして、黒田日銀が始めに掲げた、予想物価が上がれば実際の物価が上がって実質金利を下げるという考えもまさにそのようなものでした。黒田日銀は方針の転換を余儀なくされましたが、正しい判断に基づかない政策は、結局は失敗に終わってしまうでしょう。