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遠藤真美 Headshot

「多様な生き方があっていい」の裏側に感じること #YoungVoice

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18歳から23歳の若者が、ハフポスト日本版とともに国会議員や自治体の首長らを訪ね、率直に質問をぶつける企画「Young Voice」。遠藤真美さんは、吉良佳子・参院議員にインタビューした。

◇            ◇

「もし、LGBTであることをカミングアウトされたらどう思いますか?」

今回、政治家の皆さんに聞いたこの質問。これに対し、政治家の皆さんは口々に、多様な生き方があってもいい、多様さは大切だ、などと言っていた。しかし、こういったコメントを聞くたびに、私はいつも違和感を覚える。「何かが違う」と。

・多様性を「認める」って?


私たちは誰一人として同じではない。だから生き方や考え方が多様になるのは必然のことだ。なのに、なぜ、多様な生き方を「認める」のだろう。そこには、LGBTを筆頭とした「多様な生き方」を、自分とは関係ないものとして考えているような距離を感じさせる。

例えば、LGBTに代表される性的少数者は、そんなに珍しい存在なのだろうか。電通の調査によると、2015年度の日本におけるLGBT層の比率は7.6%だという。分布にばらつきはあると思うが、人口の約13人に1人がLGBT層だ。

もちろん、自分の肉体のセクシュアリティーと、精神のセクシュアリティーが一致している人が多数派だということは事実だ。しかし、決して少なくない人々が、自分の身体や精神を必ずしも「男」と「女」の2つに線引きしているわけではないことがわかる。

・「I'm here.」


LGBTとそうでない人々のギャップについて考える時、私はいつも友人の話を思い出す。その友人はトランスジェンダーで、LGBTQ(編注:Qは"Queer"もしくは"Questioning"の頭文字で、LGBTではない性的マイノリティを指す)への理解をもっと広めるため、自分の経験をもとに、大学で特別講義を行っている。その彼が講義の中で何度も問題視していたことが、当事者とそうでない人の間にある「壁」や「距離感」だった。

「本来は、どの人にも自分独自のセクシュアリティーがあると思うんです。みんなそれに気付かずにいるだけ。だから、"LGBTQ"なんて自分には関係ないと思っちゃうし、当事者として特別視してしまう。セクシュアリティーは個性のひとつに過ぎないのに......」

LGBTQとそれ以外の人々を隔てる壁の原因は「無関心」だと、彼は言う。「多様性? いいと思いますよ」という人たちは多い。一見、寛容にも見える。しかし、その中には、「なんだかよくわからないし、面倒そうだから、関わらないでおこう」という思いが隠れていることも多いのではないだろうか。そういった、実感の伴わない多様性への支持が、「多様性を認める」という台詞に反映されているように感じる。

彼は、講義をいつもこう締めくくっている。「Maybe you think LGBTQ is not on your business. But I am here. (あなたたちはもしかしたら、LGBTQなんて自分には関係ないと思っているかもしれない。でも、私はここにいるんです)」興味関心のない人たちをどう巻き込んでいくか考え抜いた末に出した、彼の結論なのだと思う。

・無関心の根源は「見えない」、「知らない」


「もっと皆さんの生の声が聴きたいんです。今の状態じゃ全然足りなくて」

今回、吉良よし子議員の話を聞き、実感したことがある。LGBTだけではない。新しく選挙権を得る若者の声、就活や雇用問題であえぐ人の声など、もっと社会に伝わっていくべき人たちの声が、全然政治家に届いていない、ということだ。

吉良議員をはじめ、政治家の皆さんは、もちろん努力をしていると思う。街頭演説をしたり、休日の度に地元に帰って後援会をしたりと、パワフルに休みなく働いている。しかし、それでも得られるのは、支持者からの要望や、ほんのわずかな現場の声だ。なぜなら、本当に困窮している人たちは、声を上げる余裕すらないからだ。

こうして、存在しているにも関わらず「見えない」人々が増えていく。不可視化された彼らの抱えている困難は、「見えない」から「知らない」ことになり、「なかったこと」として無視されてしまう。無関心の壁が生まれてしまうのだ。

・ちょっとした気付きが変えること


「不可視化」されていく人々の声を、もっと多くの人に届け、可視化していかなければならない。なぜなら、「保育園落ちた日本死ね!」のブログでも明らかになったように、不可視化された問題や人々が抱える困難こそが、今の社会が抱える問題を体現しているからだ。そして、そのような問題点を知り、理解していくことで、多様な生き方が可能になり、私たちはより暮らしやすい社会を目指していくことができる。

また、人々の声が今よりももっと政治家に届けば、私たちが本当に必要としている政策を実行することができるだろう。人々の声を社会に届け、問題を可視化していくことは、当事者とそうでない人の距離を埋め、多様な生き方を実現するためのへの第一歩だ。

可視化の切り口は、ひとつではないと思う。もちろん、新聞やTVで取り上げられれば、多くの人に伝えられるかもしれない。講演会やイベントも効果的だ。しかし、気付いたことをブログやSNSなどに投稿したり、家族で話題にしたりと、小さいけれど、誰にでもできる方法はたくさんある。自分の意見や主張を、友達と話し合うことでもいい。

そうした、「ちょっとした気付き」の発信は、地道なことかもしれない。でも、確実に現場と社会をつないでいく。そして、私たち一人ひとりに「当事者」であるという意識が芽生えたとき、初めて有意義な選挙ができるのだと思う。


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