雄大なソーラーとんぼがサンフランシスコに着陸 これは遠い未来の話?

ソーラーインパルスの挑戦は科学技術の発明のためではなく、再生可能エネルギーに基づいた環境負荷が小さい持続可能な開発の転換という発想を伝播するために生み出されたのだ。

土曜日の夜、サンフランシスコ湾上空を静かに舞っていた、幅72メートルの雄大なソーラーとんぼは静かな電子音を立てながら着陸した。これはソーラー飛行機「ソーラーインパルス」といい、高機能・軽量化の新時代のシンボルというだけでなく、私たちの思考や行動のシンボルでもある。

シリコンバレーの中心部、マウンテンビュー飛行場でセルゲイ・ブリン自身が着陸後のソーラーパイロットを迎えた。ブリンはグーグルの共同創業者であり、ソーラーインパルスのパートナーの一員でもある。

たった一滴の燃料も使わずに、ソーラー飛行機は初の太平洋横断(中国―日本―ハワイ―カリフォルニア)を成し遂げた。スイス人ソーラーパイロットであるベルトラン・ピカールとアンドレ・ボシュベルゲにとって、これは異例の世界一周飛行のほんの一部にすぎない。

数ヶ月後にはこのハイテクとんぼは5区間でアメリカ、大西洋、ヨーロッパ上空を舞い、昨年9月に飛び立った地、アラブ首長国連邦の首都であるアブダビに着陸する予定なのだ。そのアブダビの地は、建築家のノーマン・フォスター氏によって都市設計されたソーラー都市、マスダールシティーであり、ここにはIRENA(国際再生可能エネルギー機関)の本部が置かれている。

アブダビからハワイにかけて、ソーラーインパルスは面積200㎡の太陽光パネルで集めた5,600キロワットの電力を使い8区間で飛行時間250時間をかけて20,000キロの飛行航路を終えた。当然のことであるが、このソーラー飛行機にはほとんどの生物同様、概日リズムが存在する。日中は機体の高度を上げてバッテリーを充電し、夜間は"休憩"し 日中に蓄えたバッテリーの電力を使い、滑空するのだ。

ベルトラン・ピカールとアンドレ・ボシュベルゲは交代で搭乗し操縦桿を握る。アンドレ・ボシュベルゲは元空軍パイロットであり、航空学的知識を持ち合わせる。一方、ベルトラン・ピカールはカリスマ的人物である。ピカール一家は三世代にわたって、スイス・フランス語で所謂 "savant-urier"(科学者・冒険家)の偉大なる一族だ。

全地球の陸・海洋が平行に探検されて以降、ピカール一家は、垂直方向に地球の空と深海を探検することに人生を捧げた。スイス連邦工科大学チューリッヒ校の物理学者であったオーギュスト・ピカール(1884-1962)は、成層圏に達する気球を考案し、1930年代には自らが設計した気球に乗り、上空17,000メートルの成層圏に到達した。そして1953年には4隻のバスチカーフ(深海調査船)のうちの1隻、FNRS-3で彼の息子であるジャックと共に地中海で深度3,150メートルに到達した。

1960年にはオーギュストの息子のジャック・ピカール(1922-2008)、つまりベルトランの父は、オーギュストのイタリア製バチスカーフ・トリエステ号に搭乗しマリアナ海溝(太平洋)で深度11,000メートルまで潜水するという記録をつくりだした。

祖父と父は地球を知るために探検をしていた一方、ベルトラン・ピカールは、地球環境保全を推進するために探検しているのだ。しかし、精神科医、ヨガ実践者、催眠術師であるベルトランは、その"外の世界"というよりはむしろ、個人と人類の両方の"内なる世界"、そしてそれらと自然との関係を探究している。

例えば、「ひっそりと静まり返った狭いコックピットの中で50~100時間を座って過ごし機体の真下に広がる海洋や大陸を眺める人間は、一体如何なる心理的変化を経験するのか」、「100億もの人類が地球環境を破壊することなく尊厳を持って生きるためには、一体どの生態系許容限界に配慮すべきであるのだろうか」ということである。

こうした意味で、4月22日木曜日、米ニューヨーク国連本部においてパリ協定の批准のために175カ国の首脳や閣僚らが出席した場で、潘基文国連事務総長と飛行中のピカールの間で行われたビデオ会議は重要な意味を帯びていた。

ソーラーインパルスは科学技術の結晶であり、スイス国内の様々な機関の総力の結集でもある。2000年にピカールが計画を思い描いていた時、科学技術者や産業界のリーダー達にこの計画は実現不可能であると言われていた。

それにもかかわらず、2003~2015年の彼の粘り強い努力とスイス連邦工科大学ローザンヌ校との共同研究、そして連邦政府だけでなく様々な機関と私企業の支援により、ソーラー飛行機はスイスにて計画され、製造された。

ソーラーインパルスはボーイング747よりも翼幅は広いが、重量は2.3トンと大衆車程度の重さである。搭載されている4基のエンジンのそれぞれの出力は8馬力であり、これは1903年に航空時代の幕開けとなった初の有人動力飛行機ライトフライヤー号のエンジンとほぼ同じである。

20世紀初頭まで物理的に不可能と考えられていたモーター式飛行機は、毎年何十億もの乗客と膨大な数の貨物を輸送している。過去半世紀で航空機の数は15年毎に倍増し、継続的な安全性を保ちながら、輸送客と輸送物の指数成長につながっている。しかしこれらの進歩に伴い、航空業界の総エネルギー消費量は大幅に増加し、特に化石燃料を燃やすことによって引き起こされる環境破壊も増加している。

ソーラーインパルスは新たな航空業界の持続可能な時代の幕開けとなりうるだろうか。もし今世紀が再生可能エネルギーへの転換期となるのであれば、ソーラーインパルスは地上に限らない、再生可能エネルギーの魅力的な象徴となる絶好の機会である。

知っての通り、ソーラー飛行船によるゆっくりとした輸送は真剣に議論されているが、航空機が現在の速度を保ち、人々を輸送し続けるのであれば、光起電性パネルのみで必要なエネルギーを賄うことは考えられない。

ソーラーインパルスで得られた知恵は無人飛行機を含む軽量ソーラー飛行機の発展に一役買うことができるかもしれない。これはマーク・ザッカーバーグの途上国のネット普及実現を目的とした空からのインターネットの提供という未来像を想起させる。

ソーラーインパルスの挑戦は科学技術の発明のためではなく、再生可能エネルギーに基づいた環境負荷が小さい持続可能な開発の転換という発想を伝播するために生み出されたのだ。何百万という人々の心を動かすには、世界を飛び回るソーラー飛行機以上に優れたものはないだろう。

このプロジェクトの本質的な部分となるのは、署名活動や持続可能性に関する情報と教育を目指す国際的な構想であり、そのためwww.futureisclean.orgと呼ばれている。現に同プロジェクトは、先進的なイギリス航空業界の起業家であり熱気球冒険家でもあるサー・リチャード・ブラウン、スイス環境・交通・エネルギー・通信相のドリス・ロイトハルト、ソーラーインパルスの管制室が置かれているモナコ公国の大公アルベール2世、国連環境計画の代表であるアヒム・シュタイナー、その他コフィー・アナン、ミハイル・ゴルバチョフ、ニコラ・ユロによって支援されている。

ギリシャ神話によれば、イカルスは蝋で接着した羽で太陽に近づきすぎたため、海に落ちて死んだという。それを考えると、ソーラーインパルスの冒険に名前をつけるとすれば"イカルス2.0"が最も相応しいだろう。

もしくは、フランスの小説家、アルベール・カミュのモットーを肯定的に捉えた、「頂上を目がける闘争ただそれだけで人間の心を満たすのに十分足りるのだ。いまやシーシュポスは幸福なのだと想わねばならぬ」という"幸福なイカルス"なのではないか。

翻訳:トレンチャー奈津美

注目記事