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途上国の残された40億人にAI技術で医療を届ける

2017年06月13日 16時34分 JST | 更新 2017年06月13日 16時34分 JST

「1万5千人に対して1人の医師」

人生で一度も医者にかかった事がないまま一生を終えることを想像できますか?途上国の農村で生まれると、一度も医者にかからない事も珍しくありません。

例えば、バングラデシュでは、医師の数は全国レベルで見ると住民3000人に対して1人ですが、実際は都市部と農村部では医師数に偏りが有るため、農村部では15000人に1人の割合と言われています[1]。

「現状をなんとかしたい」

私は途上国の医療の現状を改善したいと思い、2年前miup(ミュープ)という会社を設立しました。

元々、修士課程まで途上国開発の研究をしていた私は、一時は途上国開発関係の研究者を志していましたが、研究やフィールドワークを通して現地の状況を深く知るにつれ、研究だけでなく、実際にサービスを生み、現場にチェンジを起こしたいと思うようになりました。

医師がいない場所で何ができるだろう。バングラデシュでは医師が不足している一方、ジェネリック医薬品を多く生産している為(国内需要の97%は自国生産 [2])、薬は安価で簡単に入手することが可能です。

そこで農村部の多くの人々は、具合が悪くなると遠くの病院ではなく、近くの薬店に薬を買いに行きます。

本来は禁止されているもののバングラデシュの多くの人は、処方箋なしに薬店で薬を購入しているのが実態で、また薬店は、あくまで「薬を扱っている店」であり、日本の薬局の薬剤師のように多くの知識を持っている訳ではありません[2]。

結果として、誤った薬の販売や抗生物質を過剰に販売してしまい、耐性菌の問題などが表面化してきています[3]。

これまで農村の医療では、現地のNGOが農村の女性を教育してヘルスワーカーを育成し、手洗いや水のボイルの習慣化など基礎的な公衆衛生知識の啓蒙活動に取り組んできており大きな成果を上げてきました。

その一方で、より多くの知識を要する医療の分野はカバーしきれていません。小学校や中学校しか出ていない村民に多くの医療知識を学習させるのは非常に困難です。

「人工知能の活用で医療者不足を補う」

私達は、このような医師や薬剤師など知識階層が不足している地域こそ、人工知能(AI)技術が活用できるのではないかと考えており、現在、機械学習やベイズ推定などAI関連技術を用い (i)バイタル値から将来の健康リスクを計算・改善アドバイスを行う「リスクスクリーニング」システム、(ii)症状やバイタル値から罹患確率の高い疾患や適切な薬剤を示唆する「診断補助」システム(症状チェッカー)、(iii)これらをベースとした遠隔医療システムの開発を進めています。

このように医療者がいない地域でできるだけ質の高い医療をとどけるシステムを開発するほか、貧困層が未だ多くを占める途上国において、誰もが健康・医療にアクセスできるユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)を達成するには、コストを下げる事も不可欠だと考えています[4]。

我々は、予防と改善に力を入れる事で患者負担を減らしていく他、全体コストを下げる為に、ここでも機会学習(AI関連技術)を応用しようとしています。

「コスト削減にも人工知能」

例えば、全ての人に網羅的な検査をしていると毎回試薬代が大幅にかかり、医療費予算の乏しい国において貧困層にまでリーチするのは非常に困難になりますが、ある一定数以上の人々のバイタル値同士の関連性を分析・学習させて行く事で、できるだけコストのかからない検査のバイタル値から、本来であれば高額な検査を受けなければならない疾患リスクを抱えた層をスクリーニングすることが可能だと考えています。

このような高度スクリーニングは、学習データが増えるごとに精度が上昇していき、また、様々なバイタル値を分析して行く事で対象の疾患を増やして行く事も可能と思われます。

「共に闘う仲間達」

私は途上国の現状をなんとか変えたいと学生のときから思っていました。

そんな私に長年付き合ってくれ、一緒にこのプロジェクトを始めたのは、私の学生時代の同級生であり現在は東京大学医科学研究所で医療情報学や計算機統計学を専門とする長谷川助教です。

最初は二人で始めたプロジェクトでしたが、現在は、バングラデシュ現地の医師や大学教授、森田知宏氏を始めとする日本の医師、医療メーカーなど協力してくださる方々が増えてきてようやく事業の形ができてきました。

「残された40億人*に医療・健康を届けたい」

人として誰もが保障されるべき権利である医療に関して、こうして少しでも貢献できる仕事につけている事はとてもありがたいことです。

その一方、未だ世界には数十億人の人々が満足な医療アクセスがない状態にあり、少しでもなんとかできないかと日々考えています。

我々はまず、バングラデシュでモデルを確立させた後、その他多くの医療過疎の途上国に展開し、AI関連技術を活用することで少しでも多くの人々が医療・健康にアクセスできるよう尽力していきたいと思います。

<引用>

[1]Sameh El-Saharty ..ect (2015) "The Path to Universal Health Coverage in Bangladesh",World Bank Publications

[2]JETRO(2013)バングラデシュBOP実態調査レポート「薬局事情」、JETRO

[3]日本感染症学会(http://www.kansensho.or.jp/mrsa/100908ndm-2.html)

[4]世界銀行が定義する「極度の貧困層」は 1日1.9ドル未満で過ごす層

Regional aggregation using 2011 PPP and $1.9/day poverty line http://iresearch.worldbank.org/PovcalNet/povDuplicateWB.aspx (2017.5.1)

*約40億人存在すると言われる世界経済のピラミッドの底辺を構成する貧困層の事でBOP (Bottom of the pyramid)層と呼ばれる。BOP層の多くは、生活基盤の中で、水道水、衛生サービス、電気、基礎的保健医療サービスの欠如した生活を送っている。世界資源研究所国際金融公社(2007)"The next 4 billion",IFC

(2017年6月1日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)