医師の活動が社会から認知されるために必要なこと

「いい医療をすれば、周囲はわかってくれる」というのは、あまりにも幼稚で、独りよがりだ。
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前回、「医局は吉本興業のようなもの」と書いたところ、賛否両論、多くの方から連絡を頂いた。折角なので、今回も、この話の続きを書きたい。

私は、医学生や若き医師たちに「君たちは吉本興業のキリ芸人みたいなものだ」と言うことにしている。「キリ」とはピンキリのキリ、つまり末端ということだ。

この発言の意図は「裏方に配慮しないと、仕事が貰えない」ということである。私の周囲に集まる医学生・医師の多くは、研究マインドを持っている。特に被災地の復興、海外での医療活動など社会に対する問題意識を持つ者が多い。

このような活動を遂行するには、まず、自分自身の存在が社会から認知されなければならない。その認知の場は、学術誌やメディアだ。メディアは医療業界誌から新聞・テレビまで多岐に渡る。いずれで取り上げて頂くにも、編集部から評価されなければならない。

医療現場を対象とした研究の多くは分析的で、その評価には個人の価値観が絡む。この状況は基礎研究とは対照的だ。新規遺伝子のクローニング(発見)に査読者の価値観が絡むことは稀である。若き医師たちが、自らが行った研究を学術誌に掲載して貰いたいと願うのなら、編集長や査読者の価値観を知り、それに合わせなければならない。

情報発信の場は学術誌だけではない。社会に情報を発信したければ、何らかのメディアに取り上げて貰わねばならない。その場合、誰を使うかは、編集長やプロデューサーが「独断」で決める。つまり、学術誌のように「応募」出来ない。この場合、編集長やプロデューサーは自らが知っている人から選ぶしかない。何よりも知名度、更に使いやすさが重要になる世界である。

実は、この状況は芸能界とそっくりだ。知人の芸能界関係者は「この世界はスキャンダルすら認知度を上げるための手段です」と言う。ただ、話題作りのためのスキャンダルは、流石に相手にされない。普段、芸能界の若手がどうするかといえば、「関係者、特に裏方への気配りに留意する(前出の芸能界関係者)」そうだ。プロデューサーは裏方など色んな立場から評判を聞くらしい。石原軍団の関係者は「(石原)裕次郎さんは、このあたりが徹底していた」という。

私は、同じ事が若き医師にも必要だと考えている。「いい医療をすれば、周囲はわかってくれる」というのは、あまりにも幼稚で、独りよがりだ。

先月、『福島県南相馬発・坪倉正治先生のよくわかる放射線教室』という小冊子が発行された。相馬地方を中心に2万部が配布された。相馬市は教育委員会を通じ、小中学校に配布する。

この小冊子を発行したのは、「ベテランママの会」。その中心人物は、南相馬市で学習塾を経営する番場さち子さんだ。実は、番場さんこそ、坪倉医師をはじめ南相馬市で活動する若手の「母」とも言える存在だ。地元での放射線説明会のセッティング、地元紙への紹介などを一手に引き受け、彼らを「プロデュース」してきた。震災後、南相馬市に移り住んだ若き医師たちが、充実した活動が出来るか否かは、病院の上司以上に、番場さんたちの理解を得ることが出来るか否かにかかっている。南相馬で活動する若手医師は、番場さんたちとの付きあいを通じ、どうすれば社会が動くかを実体験する。貴重な経験だ。

病院でも社会でも医師は目立つ。芸能界で言えば「俳優」だ。「俳優」が働けるには、多くの「裏方」の支援が欠かせない。医師も全く同じだ。果たして、若者たちは、どれくらい理解しているだろうか。それを伝えるのが、私たちの仕事である。

* 本文は『医療タイムス』の連載に加筆したものです。

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