東大入試改革に寄せて

臨床研究で東京グループが京都グループに太刀打ち出来ないのもある意味で当然だ。高校の段階から、これだけ裾野が違うからだ。

今年度から東大が推薦入試を取り入れる。このことについてメディアから取材を受けることが多い。

私は「東大の入学者は昔も今も優秀。問題は教員の実力向上と関東地方の教育の底上げだ」と答えることにしている。

前者については、11月10日号『大学教授に求められること』で解説した。今回は、後者について解説したい。

意外かもしれないが、東京大学の医学研究の水準は高くない。例えば、臨床研究を例に解説しよう。PUBMEDのデータベースを用いて、09年1月から12年までの間に、大学病院に所属する医師一人当たりが発表した臨床論文の数を調べたところ、順位は以下のようだった。京大(49)、名古屋大(41)、阪大(39)、金沢大(37)、東大(34)、熊本大(30)、九大(29)、東京医科歯科大(27)、千葉大(26)。

京都グループ(京大、金沢、名古屋、阪大、神戸)から、東大、および関東の大学(千葉、東京医科歯科大)は大きく水を空けられている。

この調査は、東大医学部5年生であった伊藤祐樹君が行った。米国医学図書館のデータベースを用いて、"Core Clinical Journal"に分類される論文の発表数を調べたものだ。

私は、この格差は東京と京都の教育投資、特に高等教育の差によると考えている。例えば、県民一人あたりの国立大学運営費交付金は、京都府の約2万5000円に対し、東京都は約1万3000円、埼玉県は1000円程度だ。この三県に限らず、国立大学運営費交付金は一般的に西高東低だ。

医学や工学研究を牽引するのは国立大学だ。ノーベル賞受賞者の大半が西日本出身者で占められるのも、このような格差を知れば納得できる。東京遷都から約150年が経ち、世間では「東京一極集中」が喧伝されているにもかかわらず、少なくとも臨床研究ではそうなっていない。これは大学の遍在を考慮すれば納得できる。

日本の財産は人材だ。そして、人材育成に大学は大きな役割を果たす。

自治医大などの特殊な大学を除けば、大学入学者の大半は地元出身者で占める。東大・京大・阪大の関東、近畿出身者は6割程度。九大や名古屋大、早慶は8割くらいが地元出身者だ。

地元の名門大学を目指して高校生が勉強する。高校生の学力水準は地元の大学のレベルに依存する。ところが、その大学に大きな格差がある。当然、高校教育にも影響する。人口当たりの医学部進学者数は圧倒的な西高東低である。

このように考えると、臨床研究で東京グループが京都グループに太刀打ち出来ないのもある意味で当然だ。高校の段階から、これだけ裾野が違うからだ。

頂を高くするには、底上げが欠かせない。もし、本気で東大のレベルを高くしたいなら、埼玉や千葉、茨城、神奈川の教育投資を増やすべきだ。

残念ながら、このような意見は少ない。「東大の研究費が足りないから、もっと金をくれ」という声ばかりが聞こえてくる。このマインドは基本的に公共事業と同じだ。

確かに、東大は巨大公共事業型の研究は得意だ。政府が拠点をきめ、巨額の予算を投入するものだ。その象徴がカミオカンデである。筆者も、このような研究の重要性は否定しない。

ただ、多くの研究は、このようなものではない。山中伸弥氏や大村智氏の研究に象徴されるように、アイデアと調整力があれば、そんなにお金はかからないものが大半だ。ITが発達すれば、ますますこの傾向が強まるだろう。

このような領域で成果を出したいなら、自分で考え、行動する「タフな東大生」を育てねばならない。どうすべきか。裾野を拡げ、切磋琢磨できるような環境を整備すべきだ。関東の高等教育の底上げが必要だ。

*本文は「医療タイムス」の連載に加筆修正したものです。

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