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「美味しんぼ問題」の原因は政治の機能不全にある

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週刊ビッグコミックスピリッツ連載の「美味しんぼ」で、東京電力福島第一原発事故をめぐり、主人公が鼻血を出す描写があったことについて、安倍内閣の閣僚が13日午前の記者会見で相次いで批判したとのことである。この問題では福島の自民・民主も抗議声明を出している。

それにしても、「美味しんぼ」という1漫画に鼻血を書かれたくらいで、政治家から地方自治体までうろたえるほど福島の状況に自信がないというこの現状は根本的におかしいのではないかと思う。

そもそも冷静に考えて、読者が(科学の専門家ではない作者がかいた)漫画の内容を鵜呑にするのではないかと慌てふためくほうがおかしい。放射線のことは放射線専門家の言うことに耳を傾ければよいわけなのだから。もし科学について、科学の専門家が言うことよりも非専門家の書いた漫画のほうを信じるとしたら、それは病的な事態だ。

もっとも、こうした漫画のほうを重要視する人がいても、その背景がないわけではなかろう。たとえば、「美味しんぼ」の出版を受けて、福島選出の根本匠復興相が、放射能の不安をぬぐい去るための「リスク・コミュニケーション」(リスク教育)の充実を求めたというが、リスク・コミュニケーションの目的が「放射能の不安をぬぐい去る」になっている時点で、科学的には安全だという結論ありきな姿勢が透けて見える。つまり大臣がこうした言葉を軽々しく言っているならば、そのリスク・コミュニケーションは既に失敗していると言わざるを得ない。

もし「美味しんぼ」が、(批判しているひとたちが言うような)「不適切な」効果・「風評被害」につながるのだとしたら、それは福島における放射線管理・政策・リスクコミュニケーションがうまくいっていないからだ。こう考えたとき、安倍政権の閣僚たちが過剰とも言える反応を示したことは皮肉的である。

ところで、漫画家を含む作家は、現実に存在するのに言葉になっていないことを語るの大事な役割がある。福島で鼻血の話は、私の持っている基本的な医学知識からは考えにくい(参照)。だが、3.11以来被爆にまつわるそうした健康上の恐怖が巷にあったことは確かだ(ネットを使う人ならばこうした不安が囁かれるのを誰しも一度は見たことだろう)。それならば、人々が持っていたその恐怖が漫画に描かれることに何の問題があるだろうか。公的空間から切り離されたところで、こそこそと自らの信じる「真実」を囁き合い不安を助長し合う状況があるならば、それこそ不健全である。こうした不安や恐怖が存在しているならば、それを表の空間に引っ張りだして来て、関係する様々な人々(利害関係者)が集まって科学的見地を入れて話し合い、やがては政治交渉(negotiation)によって(調査、問題の対応といった)現地での政策に反映していくべきではないか。

言葉で語られて初めて議論もできる。言葉に語られないものは存在しないも同然である。存在しないものを巡る政治交渉はありえない。つまり、言葉で語られないものは政治的に解決できない。そしてこうした真空空間が大きく存在することで社会の活力が削がれていることこそが、言論の自由に制限がある国の特徴だろう。

本来言論人は、こうした言論の真空空間を狭めるために努力し続けるべき存在だ。特に表現形式に自由がある漫画や小説などの作家がタブーに挑戦するべき理由はそこにある。そして福島における放射線問題はタブーにすらなりかけている。それゆえに全国に流通する媒体を使って、問題を表に引っ張り出すること自体は大事なことだと思う。

今や放射線問題は政治的だ。そして「美味しんぼ」は政治的だ。それは何ら責められる事柄ではなく、問題を議論の俎上にのせてより広い人々の政治的合意にむけた政治交渉を進める契機になるならば賞賛されるべきことだろう。忘れてはいけないのは、「放射能の不安をぬぐい去る」ための作品は同じくらいに政治的であるし、もっと重要なことは、これまでも政治的な漫画作品が、特定の政党(自民党)の政策にそぐうようにはるかに組織的に「原発推進」のために大量に作られて来た事実だ。しかもこちらは血税に由来する金を使って、である。 

個人の作家が信念に基づいて(強い政治権力をもっている側を)批判することに目くじらをたてて、特定の政党が多量の税金を使用して組織的に国民に偏った情報を流し続けることのほうは気にならないのだとしたら、その感覚は民主社会に生きる者としては何かが大きく欠如している。

(2014年5月18日「小野昌弘のブログ」より転載)

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