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池原真佐子 Headshot

【美しく生きる人を増やすお仕事】対談 vol.1 〜「人と違う」は美しい〜

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「美しく生きる人を増やすお仕事」 対談シリーズ vol.1

<インタビュアー>
My Eyes Tokyo 徳橋功 

徳橋:「美しく生きる人を増やすお仕事」 というテーマで、MANABICIA池原さんとの対談シリーズをスタートしていきます。今回は第一回目です。

<ゲスト>
MANABICIA 池原真佐子
EDAYA 山下彩香

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(写真向かって左・右) 池原真佐子・山下彩香

徳橋:
池原さんはMANABICIAで、女性の精神的自立を促し、エンパワメントするためのメンタルレディネス(心理的準備)サポートと人材育成をされています。

そして山下さんは、フィリピン・ルソン島北部山岳先住民族の文化を世界中に届け、マイノリティの人たちと共に生きる社会を創っていくためEDAYAを通じて、ジュエリーや場作りを行っていますね。

お二人とも全く異なる分野のように思えますが、そこには「人の成長を支える」という共通点があるように思います。

池原:
私は日々ダイレクトに様々な女性たちに関わっています。特に、復職、転職、起業したい女性を対象に、彼女たちのビジョンを言葉や形にし、覚悟を決め行動に繋げるお手伝いをしています。

例えば何かを始めたいという人に対して、お金や仕組みの面での支援は整っていると思います。でも自分の中のクリエイティブな面を磨いてビジョンを明確にしていくサポートがないと感じていました。だから私が自分でやることにしたのです。私は彼女たちのやる気と才能を埋もれさせたくない。

私が目指すのは「何かに挑戦したい全ての女性であれば、ハイキャリアの方であっても、あるいは何らかの困難な状況にある方であっても、自ら前に出て行動していける仕組みづくり」です。

山下:
EDAYAでは、"マイノリティ"の文化を世界に発信するジュエリー作りの活動を筆頭に、それに関わるすべての人たちが成長していけるような場づくりも行っています。具体的にはコミュニティ作りを促すことや、その中にいる人たちがスキルを身につけられるようにするためのきっかけ作りですね。

マイノリティの方々だけではなく、関わるスタッフやインターン、そして製品を手に取ってファンになってくれた人たちによりコミュニティが生まれ、そのコミュニティの中で彼らが自分の強みを見いだしたり、何かしらのスキルが身に付いていけるように「応援」したり、その「きっかけ作り」ができる仕組みをデザインしています。

徳橋:
今回のテーマは「美しく生きる人を増やす仕事」なのですが、お二人にとって「美しく生きる」とはどのようなことなのでしょうか。

池原:
私が考える"美しさ"とは、表面的な美しさだけではなく、その裏の汚さや醜さ、直視したくない弱さなどすべてひっくるめたものです。清濁合わせ呑んだゆえに生まれる複雑さや繊細さこそに、美しさが宿ると私は思います。ネガティブな部分も全て受け止め、弱さも認めた上で生きていくことですね。

人はどこかで、周囲の期待に添って生きていることがあります。やりたいことがあっても我慢したり、見て見ぬ振りをしてきたり。だけど、誰かのためではなく、自分の希望を軸に自ら行動を起こしていけること - それが「美しく生きる」だと思います。私は自分の仕事を通じて、そのような人を日本に増やしていきたい。そしてゆくゆくは世界中に増やしていきたいと思います。

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山下:
自分の芯に紐づいている生き方は"美しい"と思います。

自分の人生は自分のものでしかないので、「ああ、この人生で良かった」と思える - そういう人たちを私は増やしたい。特に、弱さを抱えている人たちがその弱さそのものを美しいと思えたらいいですね。私は、EDAYAのジュエリーは、そのような人たちにとってのお守りのようでありたいと思っています。

ジュエリーというモノや場つくりを通じて、より多くの人にメッセージを伝えていきたいですね。

池原:
私たちの「美しく生きる」の定義、似ていますね。更に、私が彩香さんの話で共感するのは「マイノリティ」という視点です。私は小さい時に、「見た目が外人っぽい、他の日本人とは違う」という理由で、いじめられたことがあります。常に「他人と異なることはダメなことだ。大勢と同じでなければならない」と無意識に思っていました。

そこで学生時代は、移民や難民の教育研究に興味を持ったのです。彼らが「マジョリティとの違い」を乗り越え、どのように自分らしさを発揮していくかというプロセスを知りたいと思ったからです。特に、インドで訪れた難民キャンプで出会った人たちは印象的でしたね。自分たちの文化やアイデンティティに誇りを持っていました。

その時「ああ、人と違ってもいいのだ」と心から思えた気がします。

山下:
私も"片耳が聞こえない"ということが、弱者への共感の立脚点になっていますね。

「聞こえないことは周りに知られたくないし、知られないで済むようにしよう」と思っていました。しかし私の人生は確かにそのことに紐づいていて、最終的にはそのことも含め「自分のユニークである部分を美しいと思えることが大事なのだ」という思いに至りました。そうでないと、いつまでたっても自分を好きになれなくて、他人がキラキラして見えてしまいますよね。

「自分らしく生きる」という言葉は使い古されていますが、それでも自分らしさを誇りに思うことは、素晴らしいこと。そのような人たちが出会い、繋がっていくことで、良い社会は出来てゆくのだと思います。

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徳橋:
「美しく生きる」には、人と比べないということが大事だということはわかりました。ですが、どうしても他人の方が優れているように見えたり、気になってしまうことはあると思います。そのような場合はどうしますか?

池原:
私も他者からの評価に縛られ、他者と比較して自己評価を下げてしまうことはあります。キラキラして見える人たちの成功ストーリーって、とにかく眩しいですから。そのようなものを目にしては、自分に足りないことばかりを数え、その欠けている部分を補うことに必死でした。

自分への駄目出しと自己分析ばかりして、その結果、会社員時代にINSEADでのコーチング・臨床組織論のマスターコースまで行き、人の心の分野を突き詰めてようとしました(笑)そこでの学びや出会いは人生の宝物ですが、でもある時ふと気づいたのです。「自分の内側ばかり見つめている時は苦しく、自由になれないものなのだ」と。

物理的な意味でもっと外に目を向ける。歩いている時に風を感じる。良い音楽に無心で身を委ねる。素敵だと思う服を着て、一番きれいに見えるメイクをしてみる。自己分析や心の世界は、全て忘れる。そうすると不思議と、心の重荷が無くなっていくんですね。

内側ばかり見つめて苦しい場合には、外側に意識を向けること。外側から自分をケアして、大切に扱うこと。これは私のクライアントにも勧めています。

山下:
どうしても他者が気になることはありますよね。

私は今でこそ行動派で、やりたいことが明確にあります。それでも人の目は気になる。もうずっと、ずっとです(笑)今でも「ああいう風になれたら」とは思いますが、でも昔の私とは違うということもはっきり分かります。それは「きちんと自分の足で立っている。行動している」という実感が自分自身にあってそんな自分を好きになれているからです。

ちなみに、今の活動を始める前の私は、どちらかというと行動できない人でした。うじうじ悩んで、何がやりたいのかも分からず、ビジョンや夢が見えませんでした。そこで半年間、徹底的に自分と向き合い、自分を見つめ直してみることにしたのです。その結果、EDAYAの原型となるものを見出し、私は行動を始めました。

いざ動いてみると、そこに人が付いてきてくれて、いつの間にかコミュニティが出来上がってきたんです。私たちはこれを「ウィズダム・ジャンクション」(叡智の連結・結合・交流地点)と呼んでいます。

少しずつ様々な人が出会い、交流し、成長していける場となってきています。しかもこれは自分が始めたことなので、やり遂げたいとも思います。それが私の自信にもなり、人の目が前ほど気にならなくなっている理由です。動き出せなかった頃のほうが苦しかったし、人の目に縛られていました。

徳橋:
私たちが「美しく生きる」ことができるように、最後に読者のみなさんにメッセージをお願いします。

池原:
「キラキラした目標や壮大なビジョンは、急に降ってこないものなのだ」と知ることは大事だと思います。自分のやりたいことは、もがいたり、立ち止まったり、苦しみながら、ようやく少しずつ見えてくるものではないでしょうか。もがきながらも、一歩踏み出す、行動してみる、失敗してみる。

そう、失敗を恐れないことが本当に大切です。挑戦して失敗する...それで失うものは何でしょうか?命さえ無事で生かされている限り、私たちは失敗を糧にしていけるはずです。

また、精神世界や内側ばかりに囚われ過ぎず、自身の外側にも意識を向け、ケアすることも大切です。特に女性であれば、ちょっと口紅を塗ったり、いい香りを纏ったり、好きなものを食べて、背筋を伸ばしてみる。それだけでなぜか自信が沸き、自分を好きになれるものです。一歩前に踏み出せる気力が涌いてきます。その一歩こそが、美しい。そう思います。

行動していくこと、自分の人生の一歩を自分で踏み出していくこと。ゴールが不明瞭で見えなくなっても、これまでを振り返り「ここまで来たんだ、大丈夫」と自分に言い聞かせ、次の一歩をまず出すこと。たとえその道が人と違っていても、違うからこそ美しいと思います。新しい景色を自分で探り、見ていくことを誇りに思いたい。

山下:
自分の中にあって、本当はその存在に気づいている。でもそこに目を向けて良いのかわからず、目を背けてきてしまっている"しこり"のような何か。あるいは心に残り続けているけれど、日々の忙しさに追われて、無かったことにしてしまっている、自分の心が真に躍る何か。数十年生きていれば、誰の中にもそういった、今の自分を確かに形作っているはずなのに、きちんと向き合えて来なかったことが、きっとあると思います。

私は、美しく生きることの第一歩は、そのような「自分の奥深くにしまってきたものに目を向けてみること」なのかなと思います。そうすれば、どんなに途中で迷っても、また絶対に自分が立ち返ってくることができると思います。

自分の中にあるルーツにしっかり目を向けて、それを個性としてポジティブに自分らしい生き方の歩みに組み込んでいく - そのような生き方は、周りの人をインスパイアできる強さも持ちうることでしょう。私自身もまだまだですが、そんな芯のある美しい生き方を、していきたいなと思います。

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